F的に幽霊はいるのか、いないのか?『しかしユーレイは出た』/しかしユーレイはいない①
SF(少し不思議)作家の藤子F先生は、UMAや超能力など超常現象に関する話が非常に多く、極端な話、不思議ではない作品を探す方が大変なくらいである。
作中で、UMAやUFOなど、一般的に存在しないとされている類のものについて、「本当にいるのか、いないのか」という議論が起こるパターンがある。この場合、大概「いる」という結論になるのがF作品の特徴である。
その代表的な話が「ドラえもん」の『ネッシーがくる』や、「パーマン」の『エベレスト決死行』などである。藤子Fワールドでは、ネッシーやイエティが世界の隅っこでひっそりと存在しているのだ。
ところが、藤子作品を見渡した時に、「幽霊」の存在だけは、いつもいると言い切れない微妙な存在であることに気がつく。『なくな!ゆうれい』など、幽霊ががっつり出てくる作品もあるにはあるが、数は少ないのである。
藤子先生の晩年、小学館版「ムー」と呼ばれた「ワンダーライフ」という雑誌で「藤子・F・不二雄の異説クラブ入門」というSF語り尽くしを連載していたのだが、その7回目に「幽霊現象研究」という項がある。
ここではF先生は、「幽霊」と「お化け」を分類して、「お化け」はUMAなども含まれる広範な定義だとして、「幽霊」のみを語っている。
その中でF先生は、幽霊の根幹ともなる「霊魂」の存在については懐疑的だと述べている。人間の体と精神をPCのハードとソフトに当てはめると、霊魂だけ残るというのは、PCが壊れてもソフトだけ残っている状況と言える。ハードが壊れてソフトだけ動くことは考えずらい、というのがF先生の見解なのだ。
先ほど、F作品には幽霊ががっつり出てくる作品は少ないと書いたが、幽霊がテーマとなっている作品自体は、かなりの数が存在している。しかしそれらは、「幽霊がいるかも」と思わせておいて、「幽霊はいない」と結論づけられる作品ばかりなのである。
つまり、
★藤子F先生の超常現象の見解
UMA・UFO → 存在する
幽霊(魂) → 存在しない
という頭の中が想像されるのである。
そこで今回から数回に渡って、「しかしユーレイはいない」と題して、「結局、幽霊はいなかった」と結ばれるお話を見ていく。なぜ幽霊だけが藤子ワールドの異端となってしまうのか、そのあたりを解明したい。
「ドラえもん」
『しかしユーレイは出た』(初出『記憶を消すワスレンボー』)
「小学五年生」1982年8月号/大全集11巻
まずは、「幽霊いるかも」→「やっぱいない」という典型的な作品を見ていきたい。
本作は扉を含めて21ぺージの大作となっており、話も少々複雑な構成となっている。いつもの仲間で、田舎のジャイアンの親戚のお寺に泊まりに行くという夏休み気分を満喫できる一本となっている。
冒頭、珍しくジャイアンから、親戚のお寺に行くことを誘われて大喜びののび太だったが、ママに0点の答案を見つかって激怒され、許しが出ない。
そこでドラえもんが「ワスレンボー」というメーターが付いた棒状のひみつ道具を出す。タイマーを30分とセットして、この棒で触ると、その人の記憶が30分間無くなるという、強制的に記憶喪失させる道具である。
いかにも使い方を誤ったら危なそうな道具だが、これを使ってのび太のママから0点答案の記憶を消すと、田舎に遊びに行くことを喜んで許可してくれるのであった。
ジャイアンのおじさんのお寺は、想像以上に山深い所にあって、バスを乗り継ぎ、急階段を登ったりして、ようやくたどり着く。かなり人里離れた場所のようだ。
いかにもオバケが出そうな不気味な雰囲気があるのだが、中に入るとおじさんの置き手紙が残されており、それによると、葬式で出かけていて今晩は帰らないのだという。人気のない山奥のお寺にのび太たち5人だけ。いかにも何かが起こりそうなシチュエーションである。
ご飯はしずちゃんが受け持ち、のび太とドラえもんは風呂焚きを担当させられる。のび太たちは、こんな時のために、声を掛けられていたのである。
田舎の風呂焚きは難作業である。風呂に水を張って、薪を割って、火にくべてお湯を沸かさなくてはならない。個人的な話だが、自分の田舎も薪で風呂を焚いていて、薪を割ったりしたこともあるが、すぐにやれと言って簡単にできるようなものではない。
ドラえもんが薪割り、のび太が井戸から水くみと分担するが、気づくとドラえもんがトンボを追ったりして遊んでいる(この遊んでいる姿は珍しい)。聞いてみると、「変身ロボット」という命令すれば何にでも化けてくれる道具を使って、代わりに薪割りをさせていたのだ。
ただし一体しかないので貸せないと言われると、ドラえもんの道具を使って悪知恵を働かせたら右に出るものはいないのび太は、代わりに「ワスレンボー」を出してくれと頼む。
何をするのか、と訝しげに貸すと、ワスレンボーを使ってドラえもんの記憶を飛ばし、「変身ロボット」を取り上げる。記憶を失ったドラえもんに薪割りを続けさせ、のび太は水くみをロボットにさせるのだった。
その頃、仕事を皆にやらせてのんびりしているジャイアンとスネ夫。テレビも漫画もなく退屈だ、ということで、何やら悪戯を思いつく。
暗くなって、ようやくお風呂が沸く。「のび太が沸かしたので、先に入って良い」と優しくジャイアンたちに言われて、五右衛門風呂に一人入っていると、風が出てきて竹林が揺れたりして、不気味な雰囲気が漂ってくる。
と、外に待機していたスネ夫が「うらめしや・・」と声を出す。それを聞いたのび太は、素っ裸のまま「ギャー」と飛び出して、料理中のしずちゃんにフルヌードを見せつける。
当然、幽霊の存在を否定されるのび太。しずちゃんのおいしい夕食を皆で食べていると、のび太がソワソワと落ち着かない様子。おしっこをしたくなったのだが、怖くて一人でトイレに行きたくないのだ。
でも仕方なく、一人薄暗いトイレに行くのび太。様子を見てくるといって、ジャイアンが後からついてきて、トイレの外で「う~ら~め~」と声を出すと、のび太は、「デター」と言いながら、トイレを飛び出し、おしっこを飛ばしながら居間へと戻る。怖がりにもほどがある。
ジャイアン・スネ夫にはいい加減にしろ、と怒られ、しずちゃんには「本当に憶病ね」と軽蔑される。
外は風雨が強くなって、ますます気味が悪い。しずちゃん、スネ夫・ジャイアン、のび太・ドラえもんの3部屋に分かれて寝ることになる。
ドラえもんがトイレに行くというので、のび太はついていくのだが、さっき派手にしたばかりなので、なかなかおしっこが出ない。ドラえもんが先に部屋に戻ってしまい、後から慌ててのび太が部屋に戻るのだが、途中ジャイアンたちの部屋から声が聞こえてくる。
様子を伺うと、「今度はシーツを被ってのび太を脅そう」と相談している。のび太は、二人の悪戯だったとわかり、しずちゃんにも軽蔑されたことを恨んで激怒する。
ようし見てろ、とのび太はどこかへ向かうのだが・・・
不思議なことに・・・・ここでのび太の記憶がしばらく途切れる
と、珍しい「ドラえもん」でのナレーション。
どこで何をしていたか思い出せず、ボーっとしながらのび太が部屋へと戻ると、ドラえもんが「遅い」と怒っている。だいぶ時間が経っているらしい。と、外の風雨が強まったせいで、停電となってしまう。
すると、遠くからギャーという大きな悲鳴が聞こえてくる。「非常灯」を点けて廊下に出ると、叫び声を聞いたしずちゃんも合流してくる。スネ夫の部屋に行くと、ジャイアンの脅かしだと思っているスネ夫は、猫の喧嘩だと言って相手にしない。
ここでのび太が、無邪気にしずちゃんにセクハラトーク。
「気持ち悪いなあ。一緒に寝ない?」
「やあよ!」と拒否(当たり前)。
ジャイアンの戻りが遅いが、今度はスネ夫がのび太を脅かすべくシーツを被って廊下へと歩き出す。すると、廊下の奥に何やら人影が・・・。恐れつつ、「ジャイアンだろ」と近づいているスネ夫。
・・・・・
「ギャーツ」と、再び叫び声。「あれはネコなんかじゃない」と、ドラえもんは様子を見に行き、しずちゃんと再び合流。怖くて仕方のないのび太は布団を被って動かない。
風雨強まる中、ドラえもんとしずちゃんはお寺の本堂に行くのだが、部屋の片隅にいかにも幽霊なシルエットが見える。恐怖で表情の壊れるドラえもん。
勇気を出して近づくと…。
布団を被っているのび太、そこに三度(みたび)ギャーという叫び声! 風雨はどんどん強まっていく。ドラえもんは帰ってこない。すると、何かの物音が聞こえてくる。ギシギシという足音である。そしてのび太の部屋の前に立ち止まると・・・、スウ~っと襖が開いて、・・・幽霊の姿が!!
「助けてえ!」と布団から飛び起きるのび太。すると、この幽霊、何か様子が変である。
「アノ、コンドハ、ナニヲシタライデスカ?」
とのび太に従順な幽霊なのである。
ここで壮大な種明かし。時は遡り・・・、ジャイアンたちに脅かされていたと知ったのび太は、物置に隠してあった「変身ロボット」を幽霊の姿に変えて、仕返しをしようと画策したのであった。
ところが変身した幽霊の姿がリアルで怖いので、「僕を脅かすんじゃないよ」と逃げ出した拍子に、同じく物置に置いておいた「ワスレンボー」を自分の頭に当ててしまい、幽霊への指示だしの記憶を失ってしまう。
ドラえもんたちは、みんなこの幽霊を見て失神してしまい、ロボットが物置に寝かしていた。のび太は、自分の仕業だとわかると怒られると思い、一芝居打つことにする。皆が起きだしたら、目の前でのび太が幽霊を追い払う姿を見せようというのだ。
かくして、八百長感丸出しの一幕が開く。
「たちされユーレイ!!」
「キャー、ノビ太サマニハトテモカマワナイ」
こんなので、みんなの疑いは晴れるんでしょうか??
本作は「ワスレンボー」と「変身ロボット」という二大アイテムを使って、田舎のお寺の一夜の怪談噺を作り上げた秀作である。幽霊がいるのかいないのか、嵐となった外の描写を巧みに重ね合わせて、不穏な空気を作り上げ、ジャーンと幽霊を出して見せるカットまでの盛り上げが秀逸である。
脅かそうと思った方が逆に脅かされたり、ドラえもんまでも幽霊を見てパニックを起こしたりと、読み応えのある話で、是非映像で見たいタイプの作品ではないかと思う。
さて、本作は「しかしユーレイはいない」シリーズのほんの序の口。様々な切り口で凝った怪談噺(ユーレイはいない)を発表しているので、それらを丁寧に見ていきたいと思う。
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