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非道徳超人が生まれるまで『カイケツ小池さん』/ヘンテコスーパーマン①

少し前に、モラルを失った人間がスーパーマンになったことによる悲喜劇を描いた『ウルトラ・スーパー・デラックスマン』について、詳細な記事を書いた。できればこちらを流し読みでもしてもらうと話は早い。

藤子F先生の世界では「パーマン」「エスパー魔美」など、超能力を得た人間は、基本的に力を他人に見せびらかしたり、悪用したりはしない。仮にしようと思っても、踏みとどまる。道徳心が埋め込まれたヒーロー、ヒロインたちである。

しかし藤子F先生は、そうした正義のヒーローマンガを描く傍らで、全くその性格と異なる変わり種のヒーローをたくさん登場させている。今回は、そうしたヘンテコスーパーマンたちを3回に渡って取り上げていきたいと思う。

第一回目として、『ウルトラ・スーパー・デラックスマン』の前日譚のような位置づけの作品、『カイケツ小池さん』を取り上げる。


『カイケツ小池さん』
「ビックコミック」1970年4月25日号/大全集1巻

『カイケツ小池さん』は、『ウルトラ・スーパー・デラックスマン』(以後USD)の6年前に発表した作品となる。内容は重なる部分も多いが、USDのエピソード0と考えて貰ってよいだろう。

本作は、USDで回想として語られていた部分ー「なぜUSDとなったのか」、「ヒーローとしての初期の活躍」、に焦点が当たったお話となっている。

大きな違いとしては、主人公の名前が本作では小池さんとなっていること(注:見た目は変わらない)。小池さんは、藤子不二雄の両先生(F&A)の作品双方に登場するスーパーキャラクターで、モデルはトキワ荘仲間でアニメーターの鈴木伸一氏。オバQなどでラーメン好きとして描かれることで有名である(注:本作でも食べている)。

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正義感だけは人一倍強い小池さん。毎日、何かしらに腹を立てて、自分なりの抗議行動を行っている。

朝刊を読むと、世の中不正だらけ。朝から怒りながらアパートを出ると、ボールをぶつけられて、ますますご立腹。そこに、作業中のバキュームカー(注:死語?)を見かけて、そこに書かれた東京都のマークにドキンとする。

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タバコ屋の公衆電話から、東京都に電話して「都のマークがワイセツなので、早く変えろ」と抗議し、美濃部都知事(注:70年当時の革新系の東京都知事)に伝えるよう言い残す。

電話のやりとりを聞いていたタバコ屋のおばあさんは、小池さんをおちょくる。「小池さんは真面目、酒もタバコもこれ(注:小指)もやらず。何が楽しくて生きてんだかね」と。

それに対して小池さんは、

「僕の力はね、そりゃ小さいよ。でもその小さな力がだね、少しでも世を正し得たと感じた時、ぼかァ生きがいを感じるんだなァ。おかげで正義屋なんてあだ名がついちゃって。」

と自尊する。

おばあさんは、それを聞いて大笑い。「いい趣味じゃない、元手もかからなしね」と小池を馬鹿にするのであった。

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会社では業務中に朝目新聞の投書欄に送る手紙を仕上げている。それを見た上司は、

「正義屋くん。社会浄化のためゴカツヤクご苦労様です! お手すきの折には、会社の仕事もやっていただけますでしょうか」

とバカにされて、社員中の笑いものとなる。


課長に対してイライラしながら帰宅の途につくと、家の近くの暗い路地で、女性が男に襲われそうになっている。女性を救おうと近づいていくと、襲っている男に凄まれ、そのまま通過

・・・と、偶然警察官が通りかかり、女性の救出に成功する。

女性の名前は富士野雪子。清楚な感じの美人で、小池に対して正義漢ねと感謝し、「遊びにいらして」と声を掛ける。小池は「ほんとスか!?」と中二のような喜びよう。

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ご機嫌となって部屋に帰り、ラーメンを食べながらテレビを見ていると、深夜放送のエッチな番組が流れ出す。またまた義憤に駆られた小池は、電話でTV局へ猛抗議。しかし大声を出したもので、アパートの住民からは静かにしろと注意される。

小池は布団に横になりながら思う。世の中乱れている。けれど自分は非力である。もしも僕に超人の力があれば・・・。スーパーマンとなった夢をみる小池。

翌朝。朝からラーメンを食べていると、急に力が覚醒する!

・透視能力で、隣の部屋が見える。(X線眼)
・ちゃぶ台を一叩きで壊す。(怪力)
・空を飛べる。(飛行力)

小池は、突然、夢にまで願ったスーパーマンとなったのである。この能力はUSDと全く一緒である。

「神が僕に社会を正せと、力を与えたもうたのだ」

超人となった小池は、まず雪子さんに報告に行く。ところが、透視能力でトイレに入ろうとする雪子さんを見かけて、自制する。部屋へと戻り、ノゾキを肯定しようとした自分を恥じる。

「力は人間を堕落させる」

小池は自戒を込めるが、雪子さんの姿が頭から消えていかない。

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翌日から、小池のヒーロー活動が始まる。シンナー遊びのグループ、暴走族、汚職政治家、そして痴漢。

痴漢は、以前雪子さんを襲った男で、小池は倒すのに思わず力が入り、体の原形を留めないほどにギタギタにしてしまう。さすがにやり過ぎた、と怖くなる小池だったが、すぐに自分の行動を肯定する。

「フン!なんだってんだ!あんなやつが死んだからって、社会が少しでも被害を被るか?ダニは潰すべし!神に代わって裁きを下すのだ。GOD!」

と、小池さんがUSDへと変貌を遂げるのだった。暗黒面に落ちたジュダイのような有様である。


完全に開き直った小池は、翌日会社に辞表を提出。怒る課長に対して、「くたばれ!!」と指をさすと、心臓マヒで倒れて死んでしまう。小池の超能力は、もはや念じるだけで人を殺すこともできるようになったのだ。

こうなるともう止まらない。

相変わらず嫌味なタバコ屋のおばあさんを呪い殺した後は、毎日誰かを念じて殺していく。汚職大臣、Hな番組に出演した女性、ラーメンを値上げした乾物屋のオヤジ、自分に噛みついた犬・・・。

モラルは失われ、自ら危惧していた「力によって堕落した人間」となっていく。

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血まみれの生活となった小池は、心を洗うべく、雪子さんの元へと飛んでいく。以前はノゾキを自重していたが、もはや自分を止められない。透視を使って、雪子さんがシャワーを浴びるために裸になっていく様子をじっくりと見守る。

裸を見て感激しているその最中、お客さんがやってくる。禿げたオヤジで、雪子のダンナのようだ。

「パパー、会いたかったわ~~ン」

と裸のまま、猫なで声で抱きついていく雪子。

その姿にショックを受けた小池は、怒りに打ち震える。

「虫けらども!あんまり俺様をイライラさせるなよ。その気になれば世界を破滅させることだってできるんだぞォ!」

内気な正義屋が過剰な力を持ち、自制心が利かなくなって暴走する。何ともやり切れない物語である。

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本作は、大人向けのSF短編としては最初の頃の作品で、「ドラえもん」の連載が始まったあたりで発表している。

この道徳心のないヒーローというテーマは、本作では語り切れず、6年後にこの続編を書いたということだろう。呪い殺すという力は消えたようだが、小池は全て自分の都合の良いように「正義」を解釈して、世界を牛耳るダークヒーローとなっていく。

その後の世界の荒廃と、小池の意外な最期については、『ウルトラ・スーパー・デラックスマン』で語られている。『カイケツ小池さん』と合わせて読むことで、USD小池の物語を堪能できることだろう。



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