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「のび太の日本誕生」パイロット版?『石器時代のホテル』/石器時代の物語②

文明が発達して、人間社会が高度化していくと、当然全体的には生活レベルも上がって暮らしが豊かになっていくわけだが、その一方で、負の側面も目立ってくる。

例えば貧富の格差の問題、それに端を発する教育格差の問題、資源の枯渇などの環境問題なども引き起こす。

また、競争社会になっていくので、基本的に生活が忙しくなる。忙しいと心の余裕もなくなるし、メンタルの問題なども発生してくる。

そんな時に、ふと私たちは考える。昔は良かったなあと


本稿では、「ドラえもん」の『石器時代のホテル』という作品を紹介していくが、本作の雑誌掲載時のタイトルは『昔はよかったなあ』であった。文明が発達したからこその不便さを感じたのび太たちが、昔の暮らしに憧れることから、石器時代の生活を体験しようとするお話である。

今の暮らしと石器時代の暮らし、果たしてどちらの世界が良いのか。石器時代を体験したのび太たちは、どんな学びを得るのか。そのあたりにご注目してもらいたい。

なお、「石器時代」をテーマにした別の作品を記事にしてあるので、こちらもご参照下さい。


『石器時代のホテル』(初出:昔はよかったなあ)
「小学三年生」1982年10月号/大全集13巻

のび太が机に向かいながら愚痴をこぼす。宿題・勉強・学校・・・、世界中の罪のない子供たちが苦しんでいると言うのである。ドラえもんは「大事なものばっかり」と反応するが、のび太は昔はなかったはずだと反論する。

そこへ外を歩いているジャイアンとスネ夫の声が聞こえてくる。空き地での野球を咎められたらしく、昔は空き地だらけで良かったのに、こちらも愚痴っている。

のび太が君たちもそう思うか、と二人に合流。するとしずちゃんが憂鬱そうな表情で歩いている。事情を聞くと、ピアノのレッスンが嫌で逃げてきたのだと言う。昔はピアノなんかなかったと、スネ夫が感想を述べる。

かくして、昔は良かったと言うことで四人は意気投合。例えば石器時代などは、寝たい時に寝て、食べたい時に食べて、好きな所で思いっきり遊べたはずだと口々に言う。


そんなのび太たちの会話を聞いていたドラえもん。昔に行きたいと自分に頼んでくる流れを察知して、あらかじめ未来へと電話を掛ける。タイミング良く、のび太の部屋に4人が入ってくると、すかさず「予約が取れたから行こうか」と声を掛ける。

ドラえもんが予約したのは、石器時代のホテルであった。「タイムマシン」での時間旅行者向けに、各時代各場所にホテルが建設してあるというのである。

のび太たちはホテルという点に不満を述べるが、石器時代は厳しい世界だと告げるドラえもん。ホテルが嫌なら連れて行けないと拒絶する。・・・そういうことで、ドラえもんも加わって5人で石器時代のホテルを目指すことになる。


タイムマシンに乗って、二万年前に向かう。この時ジャイアンとスネ夫アが、「久しぶりだなあ、タイムマシンに乗るの。今度は故障しないだろうね」と口にしている。

この発言は、本作の二年半前に書かれた大長編「のび太の恐竜」を踏まえてのもの。有名な話なので詳細は省くが、のび太たちは恐竜時代にタイムマシンで向かったものの、故障したことで現代に帰れなくなってしまったのである。

大長編と通常の短編とは基本的に絡まない形になっているので、非常に珍しいセリフではないかと思う。

なお、ここまでの展開で、ドラえもん通の方であれば、本作が同じく大長編の「のび太の日本誕生」とほぼ同じような導入であることがわかるはず。本作との比較は別の記事に譲るが、昔が良かったと4人(+ドラえもんも)が石器時代へ「家出」することから始まる大冒険となっている。


さて、今回は無事に石器時代に到着。広々とした自然が広がっていて、空気も美味しく感じられる。ホテルは洞穴の中にあるというが、そこはどう見てもただの洞穴。しかし、それっぽく作りこんだホテルであった。

具体的には、床は土ではなく絨毯だし、岩はクッション。本物の毛皮のような服も用意されており、石槍や石斧はスポンジでできている。ここは、あたかも石器時代をテーマとしたアトラクション施設なのである。


さっそく着替えて石器時代の草原へと飛び出して行く。と、いきなりマンモス登場で恐怖するのび太だったが、ホテルがお客のために飼いならしたマンモスであった。

マンモスの背に乗って移動、湖では貸し丸船が準備されている。ヤシの木型の自動販売機に石のコインを入れるとランチカプセルが入手できる。原始人のように手掴みで食べる仕組みとなっている。至れり尽くせりの楽園なのである。


と、大体において、この手の冒険ものは、序盤は楽しい時間が続くもの。それが、一転事件に巻き込まれて、死ぬような思いをする。これが定番のパターンである。

急にマンモスが狂ったように走って行ってしまうと、ふもとにホテルのあった山が突然大噴火を起こす。火山灰が大量に降ってきて視界を悪くし、噴石が降ってきて、溶岩も流れ込んでくる。それによって、タイムマシンの出入り口も埋もれてしまう

タイムマシンは壊れなかったが、タイムマシンの出入り口が失われてしまい、この時代から帰れなくなってしまう。この状況を受けて、スネ夫とジャイアンは「そ~ら始まった、いつもこうなんだ」とドラえもんに猛抗議。これも「のび太の恐竜」を踏まえてのもの。

今度は故障じゃないと反論するドラえもん。「今度は」という部分も「のび太の恐竜」を指している。


さらに悪いことに、タケコプターなどの道具はみんな置いてきてしまったことも発覚し、皆は大騒ぎ。ドラえもんも「ほんとに原始人みたいに暮らしたいと言ったから」と無理めなことを言いながら泣き叫ぶ。

しずちゃんだけが冷静で、「喧嘩してる場合じゃない」と諫めて、「何とかしてこの世界で生きることを考えなくちゃ」と、前向きなことを言い出す。その根拠と言えば、「石器時代の人々はちゃんと生き抜いた」からである。

そして、その流れで大演説を始める。

「電灯も車もスーパーマーケットも便利な物が一つもなかった時代でも、人類はちゃあんと暮らしてきたのよ、それも何万年ものあいだ・・・。あたしたちはそんな時代に憧れて、ここへ来たんじゃない!?」

この感動的なスピーチで、「力を合わせて生き抜こう」と5人は結束するのであった。


しかしその決意も虚しく、便利さに肩まで浸かった生活するのび太たちが、この環境に耐えうるわけがない。

石器時代だから、石器を作ろうということになるが、石で石を砕くのは容易ではない。木の実を見つけるが、毒々しい色をしていて食べるのを躊躇する。

さらにこの時代は実は氷河期で、ホテルの近くだけ暖房で暖めていたことが発覚。ホテルも溶岩に埋まってしまったので、このまま夜になれば凍え死んでしまう。

吹雪になり日も暮れる最悪な展開。木と木をこすって火を起こそうとするも、全くうまくいかない。さらには闇夜からサーベルタイガーが襲い掛かってくる。過酷な環境に、まさしく踏んだり蹴ったりである。


のび太がサーベルタイガーに狙われて、食べられそうになるのだが、突然背後から電気ショックがタイガーを襲い、間一髪、九死に一生を得る。電気ショック光線を出したのは、「のび太の恐竜」でもお馴染みのT・P(タイムパトロール)であった。

T・Pによれば、手違いで噴火情報がホテルに届かなかったとのこと。本気で死ぬ思いをしたわけで、手違いで済まされるような問題ではなさそうだが・・・。


ということで、T・Pの大型タイムマシンで現代に戻る5人。道すがら、「昔むかしもいいことばかりじゃなかったんだね」と回想する。そうして得た結論は以下だ。

「今の時代が気に入らないとこぼしてるだけじゃ、何にもならない。僕らの住んでるこの時代を少しでも良くするため頑張らなくちゃ」

極めて真っ当な学びであり、拳を振り上げるのび太の顔つきも立派に見える。しかし、そんなのび太に、「その前に宿題をやりなさい」と叱るママなのであった。


終わってみれば「昔が良かった」とは言い切れないという、まともな結論。ここではないどこか、ではなく、今の場所で花を咲かそうというものである。

この結論は、前回の記事の『石器時代のおうさまに』とほぼ似たものだが、本作ではその学びをのび太が頭に入れたという点にある。なかなかの良作であり、石器時代という舞台設定もユニーク。

まだまだこの辺のテーマは広げられると考えた藤子先生は、本作から6年後、大長編ドラえもん「のび太の日本誕生」にバージョンアップさせることになるのであった。




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