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絶体絶命のピンチ『魔美が主演女優!?』/藤子F・ザ・ムービー③

藤子先生が映画が大好きだったということもあり、F作品には、映画撮影の裏側を題材にしたものが数多く存在する。「藤子F・ザ・ムービー」と題してこれまで二回の記事で8本の「映画」ネタ作品を見てきた。

この中で、「オバケのQ太郎」では、「自主映画」ネタ「商業映画」ネタの複数作品を描き分けていたことを指摘したが、「エスパー魔美」においても、同じ2パターンで「映画」作品が発表されている。


「自主映画」タイプが、『魔美が主演女優!?』という作品で、「商業映画」タイプが『リアリズム殺人事件』である。

後者については、「モノづくりにおけるリアリティとは?」という非常に深いテーマを含んでいる作品で、映画のバックヤードもの、という括りにはできないドラマが描かれている。これについては、改めて考察記事を残したいと考えている。

今回は、前者、エスパー魔美における「自主映画」のお話を、詳しく見ていくことにする。


『魔美が主演女優!?』
「少年ビックコミック」1979年10号/大全集4巻

「マンガくん」という雑誌の創刊から連載がスタートした「エスパー魔美」だが、40本発表された後に一度ブランクが空き、雑誌名が「少年ビックコミック」と改称されたところで、不定期連載として再スタートを切った。本作はその第一弾という位置付けとなる。

冒頭、新展開の幕開けとして、新超能力である「念写」のシーンから始まる。ポラロイドカメラに念じると、3年生の有原という男とのツーショット写真が出てくる。この見知らぬ人物は、魔美が憧れている先輩のようだ。

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そこへ高畑が映画を誘いにやってくる。特撮が凝っているという「透明フランケン」を見たいというが、魔美はゲテ物だと言って興味が湧かない。

魔美は、映画研究会が発行しているという「キネトスコープ」という会誌を持ち出してきて、部長有原の推薦する「イノセント」に行こうと言い出す。「イノセント」は作中語られるように、ルキノ・ヴィスコンティ監督の遺作で、本作が描かれた直前の1976年3月に公開されている。

魔美が念写していた有原は、映研の部長であったのだ。しかし有原の映評は、高畑曰く「週刊朝日」での白井さんの批評と同じであるという。偶然だと気にしない魔美だが、読者としてはこの時点で有原のうさん臭さが刷り込まれるようになっている。なお、この白井さんとは、キネマ旬報の編集長をしていた白井佳夫氏のことだと思われる。

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翌日、映研の前で魔美は、有原に声を掛けられる。「画家の佐倉十郎のお嬢さんでは?」と呼び止められ、「父をご存じなんですか?」と喜ぶ魔美。有原は「素晴らしい絵だった」と感想を述べ、折り入って話があると部室へと誘われる。

有原は生徒会から予算を認められて映画を撮ることになったので、魔美に出演ほしいのだという。驚く魔美。

この話を聞いた高畑は、「どういうつもりなのか」と疑問を呈するが、魔美は「美貌に目を付けられたのだ」と自信満々。帰宅後、パパに話すと、「それは喜劇映画かね?」と反応する。いずれにしても、魔美を出演させる意図が不明なのだ。

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次の日。映研のスタッフ会議に呼ばれる魔美。ところが、魔美が会議に参加する前に、部員たちは「有原独裁体制に反対」と声を上げ、集団で辞めてしまう。有原はやはりクセのある人物であるようだ。

そこへ魔美が現れるのだが、そんな魔美を見てカワイイと思った部員の黒沢は、映研を辞めるのをやめることにする。有原は、「黒沢は8ミリの経験が長く、カメラマンとして欲しい人材だった」と厚遇する。

魔美と黒沢に対し、有原は今回の映画のシナリオということで「透明ドラキュラ」の決定稿を渡す。高畑の行きたがっていた「透明フランケン」のパクリそのものだが、有原は「三流ゲテ物と一緒にするな」と憤る。そして、作品に込めた思いを発露する。

「ドラキュラは、既成道徳を内部から崩壊させんとする改革者の象徴だ。透明化することは、日常のあらゆる束縛からの解放を意味しているのだ!!」

と、かなり胡散臭い講釈なのだが、それを聞いた魔美は「かっこいい!わかんないけど!!」とたいそう感心した様子。

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部活からの帰り道、背の低い黒沢は名前が「黒沢庄平」で、こう見えても3年生であると自己紹介する。名前は、黒澤明と今村昌平から取られているのだろうか? この黒沢は、本作含め数回に渡って登場するのだが、こちらも相当な曲者。魔美の正体に最も迫った男となる。黒沢は、「有原部長は見かけはギンギラギンだが、中身は空っぽだ」と評する。

魔美はパパのモデルの仕事も断ってシナリオを読み込むが、難解らしく「筋があるのかしら?」と悩んでしまう。


翌日、さっそくクランク・イン。魔美はただ歩くだけのシーンだが、緊張してぎこちない。スタッフの女性たちに失笑されるが、有原はその演技を絶賛する。そのセリフが以下。

「虚飾に身を包んだ現代人の愚かさを、見事にカリカチュアライズして、完璧に表現してくれたね!」

誰もがはてなマークの褒め方なのである。

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その調子で、魔美の猿芝居が続き、一方で他の女性スタッフへのダメ出しは厳しい。明らかに有原は魔美に対してえこひいきをしているのがわかる。

そんな様子に頭にきた女性スタッフが、透明ドラキュラの上着を魔美にぶつけようとするのだが、魔美はこれをテレキネシスで逃れる。そして、その様子を撮っていた黒沢は、上着の動き方が不自然だと怪しむ。

続けて翌日、寝坊してテレポーテーションで現場に急に現れた魔美を、黒沢が目撃する。驚く黒沢だったが、そこへ激怒した有原が現われてうやむやになる。

有原の怒りの原因は、女性スタッフが、全員辞めてしまったことであった。男性からも女性からも総スカンの有原・・・。あと少しでクランク・アップということで、魔美は何とか3人交代でカメラを回して撮影続行を提案する。そして、シナリオを手直しの上、何とかラストシーンを残すのみまで漕ぎつける。


ラストシーンは、風が強い日を待って、ショッキングなクライマックスを盛り上げるつもりらしい。そして、人影もほとんどない荒涼たるロケーションを見つけて、大風の日を選んで最終日を迎える。

いくつかのシーンを撮って、いよいよラストカット。そこで、有原のこれまでの魔美への態度の訳が明らかになる。

「赤フィルターをかけてくれ。赤一色の世界の中で逃げる女は吸血鬼となり、ドラキュラとともに踊り狂うのだ。踊りながら女は、身につけた物を、一枚、また一枚と脱いでいく! 風に乗って散乱する女の衣類!!」

なんと、有原は魔美を脱がそうとしていたのである。「シナリオには書き忘れた」と悪びれず、絵で見た魔美のヌードを絶賛する。全ては魔美の裸ありきで、この映画は作られていたのである。

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拒絶する魔美に、有原はこれまで同様、虚飾に満ちた言葉で説得をしてくる。脇でそれを聞いている黒沢は、スケベ心を隠さず煽っている。魔美はようやく気がつく。

「目当てはそれだったのね…、あたしを主役に選んだほんとの目的は…」

泣き出してしまう魔美。そして説得を諦めた有原は、怒り狂い、もう意欲を失ったと言い捨てて、去っていってしまう。後を追う黒沢。

一人残された魔美は、テレキネシスを使って、大風が吹く中ドラキュラの上着を空中に舞わせて、それをカメラに収めていく。そこに戻ってくる黒沢。魔美は超能力を見られてしまう

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黒沢は魔美をエスパーだと決め付ける。自分だけには打ち明けろと迫る。惚ける魔美に、フィルムが証拠だと付きつける。最悪な展開となってしまう。

魔美の心は暗く沈んでいく。その表情の曇らせ方、体に力が入らない様子は、胸に迫るものがある。そんな魔美が頼れる相手はただひとり。

魔美は学校の帰り道、高畑に声を掛ける。「ずいぶん久しぶりみたいな気がするね」と優しい高畑に、魔美は背中から抱きつく。

「夢中だったのよ。あたしの責任で映画が未完成になると思って…」

魔美は、偉い子なんです。

黒沢に試写に誘われており、エスパーの噂が広まることを考えると死ぬたくなるという魔美。高畑は、そこで思いつく。「念写」がある、と。

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試写に向かう魔美。「やはり来たね」と嫌らしく迎える黒沢。魔美は黒沢から一瞬フィルムを借りて、そこで念写を吹き込む。「これを公開するかは君次第」と脅しをかけてくる黒沢。そして問題のシーンが流れ始めるのだが・・・、そこは黒沢が格好悪く上着を操っているシーンに差し替えられているのだった。

大慌ての黒沢とガッツポーズの魔美。魔美の危機は脱し、映研は解散となるのだった。

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本作は、魔美を主演に映画を撮る、という単純な話である。しかしそこに、芸術家気取りの有原という監督が、魔美のヌード撮影を目論むお話を加えて、さらに黒沢という嫌らしい男にエスパーの秘密を見抜かれ、それを「念写」で解決するというエピソードも並立させる。

全35ページというボリュームに相応しい傑作である。

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「エスパー魔美」の考察たくさんやってます。どうぞ目次から!


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