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これこそがオリンピック精神だ!『ロケット・オリンピック』/藤子F世界の金メダル①

ついに始まる東京オリンピック。

始まってしまうというべきだろうか。


ときに、先週放送されたアニメ「ドラえもん」は、オリンピックを題材にしたテレビオリジナルの作品だった。明らかにオリンピックをイメージしたスポーツ大会をテーマとしていたが、作中では「オリンピック」という言葉や、五輪のマークは使われなかった。

同じような例で、GWに公開された「名探偵コナン」の劇場版でも、オリンピックの開会式が舞台の一部となっていたが、そこでもオリンピックという言葉は使われていない。

これはどういうことかと言うと、「オリンピック」という言葉だったり、五輪のマークは、関係者以外は使ってはいけない不可侵領域にあるということである。スポンサーやIOCの利権の手中にあると言い換えてもいいだろう。

平和なスポーツの祭典の象徴として、長年世界中で愛され使われてきた「オリンピック」は、いつの間にか、私たちの手から奪われているのだ。市民の愛するスポーツ大会が、商業的な、政治的なイベントに成り下がった事実は、しっかりと心に刻んでおきたい。


今回から2回に渡って、藤子Fワールドのオリンピック・エピソードを2本紹介する。この2本とも、当然ながら「オリンピック」という言葉がばっちりと使われている。スポーツの祭典が、まだまだ庶民の手の中にあった、古き良き時代のお話である・・。


「海の王子」『ロケット・オリンピック』
「別冊少年サンデー」1960年夏季号

本作が発表されたのが1960年の夏、ちょうどローマオリンピックの開催直前だった。確認できなかったが、掲載誌の「別冊少年サンデー」でオリンピック特集が組まれて、本作の原稿依頼があったのかも知れない。

既に4年後の東京オリンピックの開催も決まっており、世の中のオリンピック熱が高まった中での作品という点をまず押さえておきたい。


次に本作の「海の王子」について、よく知らない方も多いと思うので、概要を知りたい方は、以下の記事を先にご一読下さい。

「海の王子」のストーリーラインは、世界の平和を揺るがす強敵たちに、海の王子と妹のチマが愛機・はやぶさ号とともに、立ち向かうというもの。

本作は藤本・安孫子のコンビ「藤子不二雄」の共作として執筆された初めての週刊連載作品である。メインの掲載誌である「週刊少年サンデー」では、2年半の連載の中で、10組の強敵と死闘を繰り広げた。上の記事では、海の王子10大バトルと称して、その模様をダイジェストしている。

今回のエピソードは、「別冊少年サンデー」掲載の、言わば番外編のような作品となっている。悪者は登場するが、いつものシリーズのような巨悪と対峙すると言った深刻さは感じられない。オリンピックに引っかけたある種のお祭り的作品であると言えよう。


本作のテーマは、タイトル通り「ロケット・オリンピック」である。世界各国代表のパイロットが集結し、どの国のロケットが一番優れているかを競う大会のお話である。

競技は、世界中に特殊な電波を発する玉が10個ばら撒かれており、これを多く集めて帰還してきたロケットが優勝となる。

優勝候補はアメリカ代表・エイハブ機長の白鯨号と、ソ連代表・ラスプーチン機長の赤熊号、そしてわれらが日本代表の海の王子が乗るはやぶさ号である。

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一応補足しておくと、アメリカ代表選手については、アメリカ文学の金字塔・メルヴィルの「白鯨」と作中で足を失ってしまうエイハブ船長から名前が採られている。ちなみに藤子Aこと安孫子先生の「ビック1」という作品があるが、これは「白鯨」を青春漫画に翻案した傑作となっている。

ソ連のラスプーチンは、帝政ロシアで暗躍したとされる僧侶の名前からいただいている。現ロシアのプーチン大統領とは関係がない。

あと、海の王子は、海の底にあるカイン王国のれっきとした王子であり、日本代表として出場することには大いに疑問が残る・・。


本作のヴィランとなるのは、スケルトン帝国の黒豹号である。あらゆる卑怯な手段を使って、大会の優勝を狙ってくる。パイロットを鼓舞するスケルトン帝国の「総統」という人物が出てくるが、ヒットラーを意識したキャラクターとなっている。

「海の王子」は、基本的に悪役を安孫子先生が描かれているが、氏の傑作「シルバークロス」に連なるキャラクター設定と言えるだろう。

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本作が発表された1960年は、米ソの冷戦が激化していった年でもある。翌年にベルリンの壁が建設され、その翌年にはキューバ危機も起こる。2つの大国が、一触即発の時代だった。

本作では、米ソの代表は、お互いに健闘を称えあう仲として描かれており、政治と競技は別物という、まさしくオリンピック精神に適う描写がされている。架空の悪者国家を出す展開は、同じく冷戦下のスパイ活動を描いた「007」などでも使われる手法である。


さて、前置きは以上として、物語をざっと見ていく。

いよいよ世界を股に掛けた玉集めが始まる。はやぶさ号に搭乗するのは、海の王子とチマとハナさん。ハナさんは新聞記者だが、どんな経緯で日本代表となったのだろうか。

スタートすると、さっそく黒豹号に後れをとってハナさんが腹を立てるが、チマは諭すように、

「オリンピックの精神は、勝敗より参加することよ」

と、正論を言う。この当たり前のセリフが、今となっては嘘くさく思えてくるほど、現代オリンピックは勝敗重視の風潮である

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出発して、さっそく海底から電波を傍受し、白鯨号と取り合いになるが、黒豹号が脇からさらってしまう。別の電波を追うと、今度は赤熊号に先を越されてしまう。そうこうしているうちに、白鯨号が2個、黒豹号が3個集めてしまい、残り4つを全部取らないと優勝できない状況に追い込まれる。

ヒマラヤ山中から電波反応があり、急行するはやぶさ号。追ってきた黒豹号が妨害電波を出して邪魔するのだが、磁石柱を使って一気に2個の玉をゲットする。これで残るは2つ。

はやぶさ号に出し抜かれた黒豹号は、総統から何としても優勝しろと命じられる。そこで、試合の玉と同じ電波を発する爆弾を設置し、はやぶさ号を爆破する計略を練る。

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ところが、はやぶさ号内で、レーダーが反応しないのに当たり散らしたハナさんがメーターを壊してしまい、黒豹号が用意した爆弾をスルーして飛んで行ってしまう。はやぶさ号にとっては、不幸中の幸いであったが、代わりに白鯨号がこの爆弾を取り込んでしまい、大破してしまう。

はやぶさ号は、北極でもう1個手に入れ、黒豹号と3対3に並ぶ。残された玉はあと一つ。すると、先ほどの爆弾で破壊された白鯨号を見つけ、迷わず救助に向かう海の王子。ハナさんは「玉を探そう」と言うが、チマに制される。勝負よりも大事なことがあるのだ。

エイハブ機長を助けていると、偶然近くに最後の玉が埋まっていた。黒豹号は爆弾を設置するのに気を取られて、玉探しを疎かにしてしまったのだ。まさしく皮肉な取り合わせ。

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4個の玉をゲットしたはやぶさ号は、あとはゴールするだけ。逆に追い詰められた黒豹号は、ついに実力行使とばかりに、はやぶさ号に機銃で攻撃を仕掛けてくる。それに対して海の王子は、

「オリンピックは喧嘩じゃないよ。相手になるのはよそう」

と、これまたIOCに言ってやりたい名ゼリフを吐く。

それでもしつこく攻撃してくる黒豹号に「卑怯者め!」とぶつかってくるロケットがある。ラスプーチン指揮する赤熊号である。ライバルに助けられて、はやぶさ号は、無事ゴール地点へと向かい、「優勝だ」の歓声の中に包まれていく。

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ライバルを思う心、スポーツマンシップ、今や失われつつあるオリンピック精神を強く感じさせるお話ではないかと、心から思うのであった。

次稿では、本作から8年後に発表された、スポーツマンシップとはかけ離れた別のオリンピック作品を紹介したい。


色んなテーマで藤子作品の解説してます。是非こちらから。


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