テレビが魔法の箱だった時代『テレビからお客様』/単行本未収録幼児向けドラえもん⑤
昨日、とあるコーヒーチェーン店で作業をしていると、近くの席で若いご夫婦がくつろいでいて、向かいのソファ席では、まだ小学校入学前と思しき女の子がスマホ片手に寝転がっていた。
チラリと様子を伺うと、夫婦が歓談している間に、女の子はスマホでYouTubeなどの動画を熱心に見ているのであった。
子守り役としてスマホを渡しているのだが、ふと我に返って驚いたのは、こうした状況を見ても、もう何も感じなくなっているという事実である。
何年も前から子供の憧れの職業に「ユーチューバー」がランクしているが、子供たちはスマホを大人から借りて(もしくは大人の側から渡されて)、動画を見ることが当たり前となっていることが影響しているように思われる。
もっとも、そうした子供たちがスマホで動画を楽しんでいることについて、別に悪いこととは思わない。自分の子も少しは見ているし、何より50歳近いおっさん(=自分)ですら、暇さえあればYouTubeを開いてしまうからである。
別の記事でも書いたことがあるのだが、もし藤子F先生がこの時代に「ドラえもん」を書いていたとすれば、きっとYouTubeなどの動画をテーマとしたお話を考えただろうし、簡単にユーチューバーになれる道具を作り出したと思う。
藤子先生は長年、子供たちの気持ちを汲み続けた作家であるので、その時々の子供たちの好みを把握し、彼ら彼女らが求める作品を描きたのである。
そんな藤子先生の最盛期は、ちょうどテレビがお茶の間に浸透し、子供たちのエンタメの中心となった時代を重なる。子供たちの興味関心をテーマとする藤子先生は、当然テレビを題材としたお話を何本も描いている。
そして、単純にテレビをお話に出して満足ではない。さすがは藤子先生、子供たちがテレビに夢中になる根本的理由に立ち返って、テレビの機能からさらに一歩先の「夢」「憧れ」を捉えた作品を作り上げている。
それでは、テレビに夢中になる根本的理由とは何か。
子供たちは、テレビを通じて、自分たちが住む世界では見ることのできない映像を知覚している。未知なるものを映し出すテレビを、子供たちはまるで魔法の箱のように感じる。だから、子供はテレビに夢中になるのである。
つまり、テレビ自体が既に子供たちにとっての「ひみつ道具」であるわけだが、SF作家である藤子先生は、既に魔法の箱と認知されているテレビを使って、さらなる「未来」を描くのである。
そのアイディアの一つが、テレビの中の世界とお茶の間とがボーダーレスとなるというものである。
具体的に、テレビの中からキャラクターや商品が、自分のたちの部屋に入ってくるというものである。「リング」の貞子は、きっと藤子作品を模倣したに違いない。
その一例として、以下に記事化している二作品を上げておくので、是非とも確認していただきたい。
「てぶくろてっちゃん」/「たのしい三年生」1962年3月号
「とびだせミクロ」/「小学一年生」1964年2月号
この後紹介する「ドラえもん」の幼児向け作品『テレビからお客様』(1970年5月)も、上の二作と同根のアイディアを使っている。それはさらにブラッシュアップされ、『テレビとりもち』(1981年11月)として結実することになる。
テレビを見ていたのび太くん。アイドルと思しき可愛らしい女の子が写し出されると、「あの子とお友だちになりたい」と無茶なことを言い出す。
もちろん、未来から来たお世話ロボットのドラえもんに、無茶ぶりという言葉は無い。小さいドアを二枚取り出し、ブラウン管の両側に扉のようにくっ付けると、テレビの中から女の子が出てくるようになるという。
初期ドラではありがちだが、例のごとく、このドアには正式名称は付いていないが、テレビの中の世界とテレビを見ている世界を繋げる道具であるようだ。
さっそく、「こんにちは」と女の子がテレビの中から飛び出してくる。のび太が「何かご馳走したいんだけど」とさらにドラえもんに注文すると、テレビで不二家ならぬ不三家のケーキのコマーシャルが流れ出し、それを取り出す。
取り出し方はきちんと描かれいないが、テレビとりもちのような道具は使わずに、手掴みで取り出しているように思える。
続けておもちゃのコマーシャルが流れて、おもちゃを取り出すのだが、そこでCMが明けて怪獣映画が始まってしまい、「ぎゃおお」と「ガメラ」に出てくるギャオスのような怪獣が、テレビから出てきてしまう。
ドラえもんは、扇風機を取り出して「かえれっ」と怪獣に強風を浴びせると、そのままブラウン管の中へと飛ばしてしまう。この扇風機が未来の道具なのか、家庭にある普通の扇風機なのかは不明である。
怪獣がテレビの中に戻ったのは良かったが、ここで事件発生。のび太もギャオスと一緒に吹き飛ばしてしまい、テレビの中に閉じ込められてしまったのである。
なお、最初に出てきた女の子の姿も部屋には見えないので、先ほどの怪獣やのび太と共にテレビの世界に戻ったようである。
子供たちの娯楽の中心だった魔法の箱・テレビをテーマに、その一歩先を行く未来感・不思議感を付与しての作品作り。同じテーマの使い回しの作品という側面もあるが、気に入ったネタは何度も使うのが藤子F流なのである。
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