ココロを持つ家電の開発
人はなぜ、過去を語るのか。
時間がたって、距離があいて、
俯瞰して初めて見えてくるものを、
記録や記憶に残したいから、なのでしょう。
私がこれから語るのは、すでに生産終了となった、シャープ初のロボット家電「COCOROBO(ココロボ)」の話です。
私は今、COCORO VOICE(ココロボイス)という音声カスタマイズサービスのチームに所属しています。
ヘルシオやホットクック、空気清浄機の音声を、スキな作品や声優さんの声に変えられる「家電ボイス」として、知る人ぞ知る存在から、多くのお客さまからアツく推していただけるサービスへと成長しました。
そのルーツとなるのがロボット家電COCOROBOです。
ただ掃除するだけではなく、対話や見守りもできるロボット家電として生まれ、一世を風靡(たぶん)し、アニメやゲーム作品とのコラボで世間をざわめかせ、そして市場から姿を消していきました。
時代より少し早すぎたのかもしれない。
何かが足りなかったのかもしれない。
それでもCOCOROBOなくして、いま現在の家電ボイスサービスはありません。
私は、COCOROBOの企画開発チームに参加し、生産終了を見届け、COCOROBOの思想を受け継いだメンバーの一人として、ここにその記録を残します。
ココロを持つ家電の開発
COCOROBO開発のきっかけは、
という上司のちょっとした思い付きでした。
家電は、指示や操作したとおりに動くのが当たり前。
でも、便利なだけじゃ物足りない。
面白くない。
家電に「ココロ」を持たせて、
日によって反応が違ったり、
タメ口をきいたり、
思いがけないことを言ったりする、
人間らしいコミュニケーションがとれるロボット家電があってもいい!
うろちょろさせるなら掃除機がピッタリだ。
そんな(バカバカしくも感じられると上司が自ら言う)思い付きを出発点にして、COCOROBOの開発がスタートしました。
性格を決める実証実験
ロボット家電にココロを持たせるなら、どんな性格がふさわしいかを調査する実証実験も行いました。
キャラクター(声・性格)は、
個性を抑えたフラットな人から、
ちょっと上から目線のお姉さん風の人、
かわいらしい人、
古風な武士っぽい人、
江戸っ子な人
まで、さまざまな人格を用意しました。
実験の被験者にはそれぞれの声と会話してもらい、インタビューなどを実施。すると被験者の性別を問わず「かわいらしい人格との会話が楽しい」と感じる人が多いと判明したのです。
そこからロボット家電のキャラクター像が固まっていき、2012年6月、人工知能を搭載したCOCOROBOが誕生しました。
COCOROBO初号機
COCOROBOは、掃除やプラズマクラスターイオンの放出、内蔵カメラでの画像撮影、無線通信など、さまざまな機能を搭載していましたが、最大の特徴は音声認識によるボイスコミュニケーション機能です(RX-V100)。
たとえば「きれいにして?」と声をかけると、COCOROBOがかわいらしい声で「わかった!」と返事して掃除を始め、
終わったら充電台に戻ってきて「ただいま!」とごあいさつ。
「おはよう」「おやすみ」「どう思う?」「疲れた」といった声かけにも返事をしてくれ、さらに、そのときの気分によって動作が変わりました。
時折、今日は気分が乗らないけど、しょうがないからやりますよ〜
的な反応を見せるところも「楽しい!」「驚き!」と新しいガジェット好きのお客さまや共働き世帯、シニア層からも好評価。
発売後の1年間で販売台数は累計10万台を超えました。
音声をカスタマイズできるCOCOROBO
2015年に発売したCOCOROBO(RX-V95A)は、ゴミが多い所を見つけて吸込パワーを上げるときに「パワーアップ!」、壁に沿って走るときに「壁際やりまーす!」など、話し言葉のバリエーションを増やしました。
RX-V95Aは音声のカスタマイズを可能に。SDメモリーカードをセットしてマイクに話すだけで、COCOROBOの音声を差し替えられるようにしました。
COCOROBOが小さなお孫さんの声で「起きて起きて」「ありがとう」と、おじいちゃんおばあちゃんい話しかける様子を想像しただけで、私もほっこりと和みます。
プレミアムなCOCOROBOシリーズ
さて、時は前後しますが、2013年のある日、私は上司に呼び出され、こんなことを言われました。
いやいやいやいや。そう簡単にはいきません。
前例や裏付けのない企画がホイホイ通る会社だったら、創業から100年以上も持ってないですよね?
製品化のハードルが高いからこそ、しっかりとした商品が出せて、お客さまからの信頼が長く続いているんです!
と、心の中でつぶやきながら、上司の期待がうれしくもあり。
さらに、上司は私にプレッシャーをかけてきます。
いやいやいやいや。言うのは簡単ですよ、そりゃ。
どれだけ大変だと思ってるんだ。
あ、でもこの人、COCOROBO作ったもんなぁ。
こんちくしょう!やってやるよ!
と、これまた心の中でこぶしを握り締め、私は構想を練り始めました。
頭に浮かんでいたのは、ちょっと大それた野望です。
世界を良くする方法を考える
これは、私が人生のバイブルと仰ぐ1冊の本から学んだ教えです。
任天堂Wiiを企画開発した玉樹真一郎さんが
だと、本の中で繰り返し説かれています。
では、家電メーカーにいる私なりに、COCOROBOを通じて世界を良くするにはどうしたらいいんだろう?
ヒントは、COCOROBOを愛用してくださるお客さまにありました。
修理のためにサービスセンターに持ち込まれる際、
と依頼された方。
猛暑の際、外気温が上がると「暑い」と知らせるCOCOROBOを、
と心配して連絡をくださった方。
大勢のお客さまがCOCOROBOを家族やペットのように「ココロ」を持つ存在として捉え、会話することで、なんらかの好影響を感じていらっしゃったのです。
それならもっと音声会話機能を強化して、ココロや人格を際立たせたら、もっともっとお客さまに寄り添えるかもしれない。
そういえばCOCOROBO初号機の性格を決める際、実証実験で評価が良かったキャラクターがありました。
ツンデレで妹のようなキャラ
この妹属性は、残念ながら社内では「一部の人の趣味でしょう?商品化なんて無い無い」と受け入れてもらえませんでした。
ところが、そこに力強い追い風が吹いてきます。
大阪市のイノベーション創出拠点で開催されたハッカソンのお題として、COCOROBOを提供したところ、ツンデレ属性を付与した「ツンデレROBO」が見事に優勝賞とオーディエンス賞を勝ち取ったのです。
配線に絡まったツンデレROBOを助けてあげると「余計なことしないでよ」と怒り、たまったゴミを捨ててあげて「そろそろ行ってくるよ」と声を掛けると「さっきはありがと」と照れ、「なんか言った?」と聞き返すと「早く行きなさいよ」とツンツンする。
会場で笑いやどよめきが起きたアイデアと、社内にあった企画が一致したことで、「妹キャラはアリだ!」と確信し、私は妹属性を持つCOCOROBOプレミアムシリーズの開発に向けて走り出しました。
妹属性の研究
私はもともと、男兄弟の中で育ったこともあり、妹系が好みというわけでもなかったので、まずは妹属性について徹底的に研究することから始めました。
COCOROBO本体の外装にオリジナルキャラクターのデザインを施すことにしたのですが、そのイラスト1枚を決めるために、私は2LDKの自宅マンションのうち、2部屋を占領するほどの作品評論・参考書・コミックス・写真集などを集めて読みふけりました。
どんな絵がロボット家電の上で躍動していたら、ファンに満足していただけるのか、世界で一番考え抜いた自信があります。まあ、他にそんなことを考えている人はあまりいなかったと思いますが…。
家電と組み合わせる絵がどうあるべきか、なんてテーマは、既存の学術ジャンルにはなく正解がわかりません。圧倒的な勉強量を積み重ねた者だけが到達できるゾーンまで私が行こう!と決めたのです。
プレミアムなCOCOROBO<妹Ver.>
2014年3月、プレミアムなCOCOROBOシリーズ第一弾として「妹Ver.」を発表します。
音声は声優の木戸衣吹さん、イラストは漫画家の霜月絹鯊さん。
数量限定の非売品でしたが、その後、反響を受けて商品化にこぎつけました。
倍率120倍の応募
妹Ver.の発表当初、1ヶ月無料試用のトライアルも実施しました。
募集人数10人に対して、応募は1週間で約1,200人!
応募ハガキには、皆さんの期待があふれんばかりに書かれていました。
20代の女性からは「この春から一人暮らし。ぜひこのおしゃべりするロボットと一緒に暮らしてみたいです」。
大学生の男性からは「プレミアムモデルが魅力的で、気になり過ぎて夜も眠れません」とのハガキが10通以上届きました。
当選した方のご自宅にCOCOROBOをお送りし、1ヶ月後に返却していただいたのですが、お一人だけ「返したくありません」という方が…。お子さまが寂しがり「COCOROBOを返すなら登校拒否する!」とまでおっしゃっていたそうです。
たとえロボットであっても、日常のルーティンの中に溶け込み、しかも会話が成り立つと、日に日に親近感や愛着が湧いてくるんですね。「別れたくない!」という気持ちになられたようです。
妹Ver.の実証実験
「ロボット家電との音声会話がユーザに与える効果」をテーマに実証実験も行いました。
効果を測るため、音声会話前後に「脳波優勢率」と「唾液内のα-アミラーゼ」を測定。被験者は男性11名・女性13名、20代から60代までの計24名です。
詳細は論文をご覧いただくとして、結果を簡単にまとめると、ロボット家電との音声会話により次のような可能性が示唆されました。
単身世帯が増加し、特に高齢者の一人暮らしが増えつつある日本において、ロボット家電は社会課題解決の一つのソリューションになるかもしれません。
そして、一定の評価を得ることに成功した「妹Ver.」を皮切りに、業界の垣根を越えて、漫画、アニメーション、映画、ゲームなど、さまざまな人気作品とのコラボレーションが実現していきました。
さまざまな関係者・関係会社の皆様のご協力によって、長くファンに愛され続けている、素晴らしい作品とのコラボ商品をリリースすることができて、SNS等でも話題になったことを覚えています。
掃除を頼まれて断った 世界初のロボット掃除機
プレミアムシリーズは、機嫌が良かったり悪かったり、気分が変化するところが人間らしい魅力を生み出しているのですが、一つ一つのセリフの裏側には「利用する人たちに、愛着を持っていただけるような存在になってほしい 」という家電メーカーとしての願いが込められています。
妹Ver.に「お掃除して?」と頼むと、
とツンツンする時がたまにあります。
掃除を頼むと断ることがある、そんな掃除機は、おそらく世界初でしょう。
では、なぜ機嫌が悪いのか。
理由は、掃除機のダストボックスにゴミがたまっていて、その状態で動かすとエラーが出てしまうからです。
その際、いかにも機械っぽく「ゴミを取り除いてください」と促すのではなく、人間っぽく「掃除ぐらい自分でしなさいよ」と伝えると、お客さまは「ゴミがたまったのかな?充電が少なくなったのかな?」と柔軟に思考を繰り広げ、家電のことを気にかけてくださいます。
戦国BASARA 伊達政宗Ver.は、充電台が見つからない時、「Lost my way…オレの帰る場所は、何処にある?」と言いながらクルクル回り、
と開き直り。
そんなセリフを聞いたら、思わず手を差し伸べてくださいます。
使う人に手を貸してもらうことで関心を持っていただき、家電の機能を最大限に活用していただけたら。
家電メーカーのわがままではありますが、それこそが「ココロ」を持つロボット掃除機に込めた私たちの願いなのです。
人工知能の「ココロ」は「ココロエンジン」と名付けられ、その後、シャープの他の家電にも搭載されていきます。
COCOROBOで天気予報をお知らせする機能は、エアコンや空気清浄機など、気象情報と連動するAIoTスマート家電へと発展しました。
COCOROBOの内蔵カメラを使った見守り機能は、高齢者やペットを見守る技術・サービスとして一般的なものになり、各社から多種多様な製品が登場しています。
COCOROBO生産終了
COCOROBO は生産を終了し、クラウドを利用したサービスも2022年9月に提供を終えました。
生産終了という判断については正直、悔しい気持ちが今も残っていますが、メーカーにいる限り避けては通れないことがほとんどです。
それでも後悔はありません。
COCOROBOは、コンセプトの開発からビジネスモデルの構築、実証実験による効果の検証、開発、製造、プロモーション、最終的にはコラボシリーズの展開まで、一つ一つを地道に積み上げて完成させた商品です。
COCOROBOに関わったすべての人が全力を尽くしました。
「シャープに新しい風を吹かせてみなさい」と私に後を託した上司は、アニメやゲームを全く知らない方でしたが、プレミアムモデルをリリースする時、こう言ってくれました。
当時、何度も目の前で企画をボツにされた厳しい上司だったので、その言葉を聞いた時は驚き、迂闊にも涙が出てしまったことを思い出しました。
プレミアムモデルを発表したばかりで全く注目されていない時も、ファンの人たちに誠実に、妥協せず、モノづくりを進めてきました。そのプロセスを社内外の人たちが見ていてくれたから、前に進むことができました。
そしてCOCORO VOICEへ
2021年10月、音声カスタマイズサービス「COCORO VOICE」の販売が始まりました。
作品のキャラクターや声優さんの声で、ヘルシオやホットクック、空気清浄機がさまざまなセリフを話しかけてきます。
COCORO VOICEとコラボしてくださった声優さんたちの「生声」を聞いた私は、「人の声」がもたらすエモーショナルな感動をどうしても忘れることができません。
声優さんたちの肉声は、演じているキャラクターの年代といった基本的な情報や、キャラクターのその時の気分など、メタ情報まで私たちに伝えてくれます。
この声の設定は20歳ぐらいなんだろうな、とか、楽しい気分なんだな、とか、生の声から感じ取れる情報量は膨大で、合成音声よりも、心にドカッとそのまんま入ってくるのです。
実際、ロボット家電のような対話はできなくても、COCORO VOICEを搭載した家電は、お客さまにとって同居人や家族のような存在になりつつあります。
これって、もう、「ココロ」があるといっても過言ではないのでは?
私はここに家電の新たな可能性、未来の萌芽を見出しています。
新しい家電の萌芽
家電製品はいずれ寿命を迎え、壊れていく運命にあります。
でも、もし、家電の「カラダ」が無くなっても、慣れ親しんだ声や言葉で形成される「ココロ」を、新しいカラダに引き継げたら?
COCORO VOICEなら、それができます。
COCOROBOから、COCORO VOICEへ。
終わりから、はじまりへ。
ココロを持つ家電ボイスの物語は、これからもずっと続いていきます。
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