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小林賢太郎『回廊』/繰り返せど繰り返す繰り返し

2020年にステージパフォーマーとして引退して以降、作・演出としても劇場での新作公演を行ってこなかった小林賢太郎。今年に入り、オンライン上に架空の劇場「シアターコントロニカ」をオープンし、配信コントはいくつか発表してきたが、この度待望の劇場コント公演が配信されることになった。

神奈川芸術劇場KAAT大スタジオで収録された有観客ライブを編集して仕上げられた今回の配信公演。出演者に小林はいないが、久ヶ沢徹、竹井亮介、辻本耕志という馴染み深いメンツから南大介、高崎拓郎、松本亮といった新しい顔ぶれを揃えた、久しぶりの正真正銘・小林賢太郎コント公演となった。



ライブタイトルは「回廊」と名付けられた。キービジュアルにもあしらわれたエッシャー風の騙し絵が示す通り、ぐるぐると回ってもどこに辿り着かないイメージが「回廊」という言葉には漂っている。そして上演されたコントにはどれも"繰り返し"や”そこで回り続けること"のモチーフが溢れていた。

たとえば謎の回覧板、リビングとトイレだけで起こるSF的時間往復、奇妙な能力を繰り返し鍛える武道。舞台上に、とあるものが回遊し続けているコントもあった。頭を回転させないようにするコントもあったし、終わらない双六を描くコントも、何度繰り返してもソバを食べられないコントもあった。


繰り返すしつこさがもたらす笑いはやはり小林賢太郎の得意技と言える。5本目のコントでは南大介を久ケ沢徹の動きの反復でしつこく追い詰め、役者の身体制御をその場で取っ払って爆発的なくだらなさを生んでいたし、7本目のコントはやたら凝ったカメラワークで終わらない食事を演出していた。

そして同時に、同じことを繰り返し行き場を失うという不気味さも小林作品の持ち味と言える。その極点として、「人生すごろく」というコントが描くメビウスの輪のような世界は圧巻の怖さを誇っていた。削ぎ落された要素の中、モチーフが徐々に浮かび上がるコント哲学は全編に貫かれている。


そして辿り着く最後のコント。誰から頼まれるでもなく、ぐるぐると同じ場所を廻り続ける男と、そこにやってくる男たちのコントだ。やってもやらなくてもいいはずのことをずっとやり続けている。なぜやっているのかも、なぜやらなくならないのかも分からなくなっていることをやり続けている。

これはまさしく、小林賢太郎の創作に対するメタファーであると受け取った。絶え間なく続けてきた営みの全てを否定されたかのような出来事もこの数年のうちにあった。しかしそれでも彼はぐるぐると頭を回し、誰に頼まれるでもなく面白いものを生み出し続け、この「回廊」へと辿り着いた。

繰り返せど繰り返せど繰り返す。その繰り返しのほんの一瞬なのかもしれないが、ふんわりと何かが伝わり、何かが変わるのかもしれない。そんな結末を迎えるこの公演は小林賢太郎というストイックな作家の、まるでセルフセラピーのような柔らかな内省に満ちた復帰作だったと言えるだろう。これからもその思考が巡り続けるままに新しい面白さを届けてくれることを願う。



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