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君の物語を絶やすな~2022.8.17「スルメが丘は花の匂い」@東海市芸術劇場


「スルメが丘は花の匂い」
作・演出:岩崎う大
出演:吉岡里帆 / 伊藤あさひ、鞘師里保 / 岩崎う大、牧野莉佳、もりももこ、小椋大輔 / ふせえり

お笑いコンビかもめんたるとして活動以外にも2015年から劇団かもめんたるという演劇に特化した作品発表の場を設けてきた岩崎う大。公式パンフレットによれば『一旦自分の中での集大成みたいなものが書けたら』という思いで今回の「スルメが丘は花の匂い」に取り組んだのだという。何といってもパルコプロデュース、東京のみならず大阪・福岡・広島・高知・愛知・福島での全国ツアーが敢行されるということで間違いなく最大規模のう大作品。


結論から述べるとすれば本当に素晴らしい作品だった。彼が得意とする"どうしようもなく笑いに結びついていくグロテスクさや不快感"は控え目で、むしろ他の現代口語演劇の中でもとりわけポップでストレートな冒険譚。だけれどもワードにキレのある台詞回しとクセのある魅力的なキャラクターでちゃんと岩崎う大の筆致がある。すごく見やすくて誰にでも薦められるのに、しっかりと作家性がこもっている、外部仕事として理想的な一本だろう。

あらすじ
空前のブームを巻き起こしている草ソフトボールの練習中に縁緑[えにしみどり](吉岡里帆)が謎の穴に落ち、スルメの匂いが漂う「スルメが丘」に迷い込む。この世界は住人たちが何らかの"物語"の登場人物として生きる世界。そこで緑は親切な少女クロエ(鞘師里保)と出会う。その家族や風変わりな住人たちと交流する中、クロエがある物語の主人公ではないか?と町中から期待されていることを知る。そして緑にもとある物語が待ち受けていた。


物語の世界に迷い込むという比較的オーソドックスなファンタジー世界。その設定もちょっとメタ的だったり、物語に有名無名があったりとう大らしい毒気が散りばめられている。また登場人物、特にう大自身が演じているクロエの父親にはしっかりと"人の醜さ"が宿り、その他の登場人物も粗野さや横柄さや疎通の取れなさにコミカルなズレがある。皮肉の効いた寓話としての作りがう大の本来の作家性と強くリンクして違和感なく溶け合っている。


そして話の軸は“自分の物語を生きる”ことへの眼差しだというのも唸った。メッセージ性とまではいかないまでも、書かずにはいられないことがある人なのだ、と確信する。そしてここまで創作に命を懸けてきた人にしか描き出せないものがあると思った。ネタや戯曲ごとにその世界に息づいている登場人物たち。その(少しもしくは大いに妙な)1人1人に圧倒的な説得力を持たせているのがう大の脚本力である。彼がこういう温かな目線で、その人物たちを見つめていると思うと何だかどんなコントも演劇も愛おしく思えてくる。

興味深かったのが、"他者の人生を物語として消費すること"への言及が入っていたことだ。大家族モノだったり恋愛リアリティーショーだったり、そうでなくてもアイドルの苦しむ姿や芸能人の死をエンタメ化することが当たり前で在り続けているこの世の中。あくまで架空の物語の登場人物だと思っていた人と実際に出会い話すことがあるのだとしたら、、という構造を持つこの物語が与えてくれる視座はかなり鋭い。視野が広い、と言うべきか。



そして鑑賞している我々もまた誰かの決めた物語を歩まされているような気持ちに苛まれた記憶が呼び覚まされるかもしれない。はたまた何の物語もないことが苦しみになっていることを思い出すかもしれない。そんな我々にもこの作品が1時間45分積み上げて伝えてくる『あなたの物語を生きて』はきっと届いていく。醜く、ずるく、滑稽で、情けない人々を描いてきたこれまでのう大作品のエネルギーも搭載し、影をも飲み込む輝きを放っていた。


踏み込んだ感想にはなってしまうが、作品中に同性愛についての言及がなされるシーンで笑いが起きていたことは少し世界のやるせなさを憂いてしまった。しかしそこから緑が"私たちの世界は同性同士が結婚できる世界"だと高らかに叫ぶ場面がやってくる。まだ今は祈りに近い台詞かもしれないがとても痛快に思えた。観客席も突き刺し、気持ちをひっくり返してくれた。



加えてそんな物語に息を吹き込んでいた役者陣の素晴らしさも書きたい。吉岡里帆の巻き込まれ感は見事。やり過ぎない精緻な面白い台詞運び、最高。鞘師里保はアイドル経験があるからこそ、な本人の実感が伴う役柄でとても良かった。伊藤あさひはなぜか最もかもめんたるワールドによく馴染んでいたように思う。牧野莉佳は他の作品を覗いてみてここでの演技の振り切りっぷりに驚いた。そして劇団かもめんたるのメンバーであるもりももこと小椋大輔は抜群のコントロール力で人物を体現していた。大好きなふせえりさんをこの目で観れたのも至上だった。思い描くふせえり像の全てがあった。ヒキガエル、可愛すぎる。あとこんな温かな物語の中でもう大さんの詰め寄りが躍動してて嬉しかった。彼がずっと真摯におかしくある姿が好きすぎる。


このnoteのタイトルにつけた《君の物語を絶やすな》はROTH BART BARON「極彩 | I G L (S)」の一節。コロナ禍によって足止めを食らったミュージシャンがリスナーをも鼓舞するように刻んだ生命の賛歌だ。エンターテイメントが、ポップカルチャーが、物語が、自分の人生へと注がれ活力になる感覚を覚えて、鑑賞中の終盤はずっと頭の中でこの曲が流れていた。毒も皮肉も飲み込んで、この時代にう大がこの祈りを選んだ理由を噛み締めたいと思う。





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