1分で読める短編:集団性夢遊病

 この東京を包み込む灰色の湿気に毒されて、現代を生きる人々は病に侵されてしまった。朝の通勤ラッシュ時に、まるでおもちゃ屋に並んでるクマのぬいぐるみみたいに無理やり電車に押し込まれる連中の目を見たことがあるか?

 あいつらの世界には色がない。モノクロの日々を生きている。電車の中で急に怒鳴りだす老人がいてもさして気にも留めず、昼に食った飯の味もはっきり覚えていないまま自分のベッドに帰るために息をしている。そしてベッドに戻ると、明日もここから出なきゃいけないのかという憂鬱のうちに眠りにつくのさ。

 俺に言わせてみれば、こいつらは全員深刻な「集団性夢遊病」患者だ。いわゆる「夢遊病」患者が眠っている間に意識のないままフラフラ彷徨うように、ベッドから出てベッドに戻るまでの時間をフラフラと過ごしているだけの哀れな病人ども。

 こいつらを救ってやるには、どうすりゃいいと思う?普通の夢遊病患者は頬でもひっぱたいてやればハッと目覚めてベッドに帰り、安心したような顔で深い眠りにつく。でもこいつらは、きっと頬を叩かれたくらいじゃ何にも感じないで会社なりに向かって歩き続けるだけだろう。こいつらに安息の時が訪れるのは、一体いつになるんだ?

 俺は考えた。考えて、考えて、考え続けた末もう何にもわからなくなった。気付いたら鞄にナイフを忍ばせて電車に乗っていた。ラッシュの時間帯は過ぎたあとだったが、周りの座席は俯いたままのサラリーマンで埋まっている。

 俺は叫んだ。叫んで、叫んで、叫び散らした。そんな俺を気味悪く思った奴らが席を立ったあとで、俯いて座ったままの奴らを刺して起こしてやった。

 

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