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好きなものは好きといえる気持ち抱きしめてたい、って誰が?|ひよこ家の読書交換日記④

ひよこ家のなぶり合い交換読書記。先週、妻はさっそく遅延ペナルティを発動したが、私は絶対に期限は守る。この週末は土曜・日曜・月曜と妻に飲みに連れ出されたが、負けてなるものか。(今夜も妻に飲みに誘われているが屈しない。誘いには全部乗って書き上げるのが私のポリシーだ)

▼前回の記事(妻ターン)

課題図書②の感想の感想

▼課題図書②

情報に対しては、立ち止まって考える、という癖が必要だ。あの方の言ったことだから正しいに違いない、あいつの言うことだから信用ならない、といった態度はいけない。人や組織は(時に意図的に)誤りを起こすし、今この時点では正しくても、のちのち誤りだった、ということもある。
というか、善悪どころか、正誤の二元論で語れることすら、世の中に一握りもないのではないか。

この本は「立ち止まって考える」の重要性を説いた本だ。世の中の風潮に起きている矛盾を、データを元に指摘しているが、おそらくこの本の主張でさえも素直に受け取れない部分はある。
例えば「モノの安全性」などは科学的・論理的に示されるはずだが、ヒトは実際に自分が使う段になれば、安全なのかは周りを見て判断する。周りが何事もなく使っていれば安心して使うし、何か不安な噂が立っていれば使うときは不安だ。だから周りの人に意見を聞いたり、口コミをあてにしたりする。議論は、科学的・論理的正当性はもちろんのことだが、その他に、社会的や心理的な印象・直感も織り込んでおかないと、多くの人に賛同・共感を得られないのだ。

というように、この本をすら「立ち止まって考えて」、妻は穿った形で読めただろうか。私を「悔しいけどマイ識者認定」している場合ではないよ!

課題図書③の感想

主人公のツキコが、行きつけの居酒屋で再会した、高校時代の国語の”センセイ”とのやり取りをつづった物語。主に二人が酒を飲みながら軽妙に話をしている情景が中心で、純文学というより、純米吟醸文学だ。右脳で読めと妻に言われたが、これは舌で呑む文学だ。

主人公のツキコさんには、少し不思議なところがある。センセイと酒を酌み交わす描写は極めて詳細だ。例えばセンセイが日本酒を手酌するところは、こんな風に描かれている。

一合徳利をほんのちょっと傾け、とくとくと音をたててつぐ。杯すれすれに徳利を傾けるのではなく、卓上に置いた杯よりもずいぶん高い場所に徳利をもち、傾ける。酒は細い流れをつくって杯に吸い込まれるように落ちてゆく。
川上弘美「センセイの鞄」新潮文庫 2001 25p

「手酌」の二文字で終わることを、こと細かに観察して、日本酒が杯に注がれる様を描いている。こんなに繊細なものの見方をするツキコさんなのだから、さぞや普段は丁寧な暮らしをしているのだろうと思って読み進めると、この話にはツキコさんの自宅の生活や仕事の話がほとんど出てこない。自室でリンゴを剥いたり、風呂上がりに炭酸水を飲むというくらいの話以外は、行きつけの飲み屋と、センセイとお出かけする”逢瀬”の場しかほぼ出てこないのだ。
酒と肴と会話という、とても日常に近いものを取り扱う物語なのに、ツキコの日ごろの描写がほとんどない。これはどういうことだろう。

ここに一つ仮説を立ててみよう。ツキコはあらゆるものに鋭敏で繊細なのではなく、「自分の興味あるモノはつぶさに観察し感じとって、素直な感情を露わにするが、興味のないものには完全に無頓着」なのではないか。お酒・肴が好き、話が好き、センセイが好き。でもそれ以外の身の回りは特に興味がない。だから描写もほとんどないのだ。途中、他の登場人物も出てきて、彼らもいろいろツキコさんに絡んでくるものの、ツキコさんの心には大して響かず、どんな顔か、どんな格好をしているかすら曖昧だ。

こういう人をごく身近に知っている。妻だ。妻は、酒や食器や服や本など、好きなものについては、自分なりの論理的な考え方や、直感的な好き嫌いの感性がしっかりあって、その基準に見合う価値があるかを見定める観察力がある。その一方で、目の前の看板の文字が全然頭に入っていなかったり、他人の顔と名前が覚えられなかったり、ドラッグストアで目当ての消臭スプレーが見つけられなかったり、眼中にないものは文字通り見えていないのだ。

つまり、妻はこの本を読んでこう思ったに違いない。「ツキコは私だ」と。この話は、私が主人公で、年上でロマンスグレーの素敵なセンセイと酒を交えて恋に落ちる、私の別の世界線で起きた恋愛私小説なのだ、と。

妻が一番好きな本である理由がよーくわかる、そんな小説であった。ふふふ。

課題図書④

前回は遅延のペナルティが発生したので、今回はちょっと手加減をしようと思う。ボリュームの少ない短編で、私の好きな小説だ。

この文庫の中から「藪の中」だけを課題図書とする。映画羅生門のベースとなった二転三転のミステリー。ご賞味あれ。

(追記)最初に課題図書④として選んだ夏目漱石「夢十夜」は、妻が既読した本だったため、変更しました。

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