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映画『オール・アバウト・マイ・マザー』 クィア的視点で綴られる女性たちへの讃歌


あらすじ

舞台はスペイン。マドリードで臓器移植のコーディネーターとして働くマヌエラ(セシリア・ロス)は、ある理由から夫と別れ、作家志望の息子エステバン(エロイ・アソリン)と二人暮らしをしています。
エステバンは、かつて舞台女優をしていたという母の人生をもとに本を執筆しようと考えており、彼女や、自分の父である元夫の過去について訊きたがりますが、マヌエラはなかなかその詳細を話そうとしません。
エステバンが17歳の誕生日を迎えたある夜、ようやくマヌエラは、自らの過去について語る決心をしますが、二人で『欲望という名の電車』を観劇しに行った帰り道、舞台の主演を務めた女優ウマ・ロッホ(マリサ・パレデス)を見つけたエステバンは、サインをもらおうと彼女の元へ走り寄り、道路に飛び出したことで車にはねられ、そのまま命を落としてしまいます。
傷心のマヌエラは、息子の死を元夫に伝えようと、かつて自分が青春時代を過ごしたバルセロナへと向かうのですが、それは彼女の過去を巡る、そして意外な人々との出会いをもたらす奇妙な旅の始まりで…というのが大まかなストーリーです。

作品情報(ゆるめ)

1999年の作品(日本公開は2000年)。監督は、スペインの名匠ペドロ・アルモドバル。彼は、同性愛者であることを公言しており、本作でも、主人公マヌエラを支える親友がトランスジェンダー女性であったり、息子エステバンの死に関わる女優ウマ・ロッホと若手女優とのレズビアン的関係が描かれたりと、随所にその「クィア」的視点を見ることができます。
しかし、この映画はそうしたものを単なるガジェットとして利用するのではなく、登場する女性たちの人生をより深く描くための重要な題材として扱っており、それらは結果として作品を印象的に彩ることに成功しているように思えます。
最終的に、本作はスペイン本国のみにとどまらず、全世界的に高い評価を獲得し、第72回アカデミー賞(2000年)では「外国語映画賞」を受賞。アルモドバル監督にとっての大出世作となりました。
ちなみに、この映画には若かりし頃のペネロペ・クルスも重要な役どころで出演しており、その愛らしさも本編の見どころの一つです。(すみません、僕が個人的に彼女のファンであるだけでした…)

「人生は旅である」という真実

本作は、エステバンが亡くなるまでの経緯を描いた前半部分を除けば、主人公マヌエラが過去を巡る旅に出るロードムービーとして捉えることもできます。そしてそれは、とても陳腐な表現ですが、まさに「人生=旅」というテーマを表現しているようにも思えます。
その旅の間で彼女が出会うのは、さまざまな背景を抱えた女性たちです。
彼女の旧友であるアグラード(アントニア・サン・フアン)は一見陽気ですが、さまざまな人生の辛酸を舐めてきたであろうトランスジェンダー女性で、セックスワーカーであるという一面もあります。また、二人が救済を求めて向かった教会で出会うのは、純朴な女性シスター・ロサ(ペネロペ・クルス)ですが、彼女はある理由からエイズに感染しています。そして、ひょんなことからマヌエラが付き人を務めることになる、エステバンの死のきっかけを作った大女優ウマ・ロッホは、若手女優ニナ(カンデラ・ペニャ)との同性愛的関係に悩んでいます。
この映画は、もちろん大筋ではマヌエらが元夫と再会するまでの旅を描いているのですが、その間に彼女が出会う女性一人ひとりの人生も、まさにさまざまな艱難辛苦を乗り越えてきた「旅」であると言うことができると思うのです。
そして、アルモドバル監督は、その独自のクィア的視点から、彼女たち一人ひとりの「旅=人生模様」を、時に残酷に、時に温かく描きだすことに成功しています。

当たり前の幸せなど何一つない

このように、多種多様な女性たちが登場する本作ですが、彼女たちは誰一人、いわゆる「普通の幸せ」を手にしてはいません。それどころか、皆それぞれに深刻な問題を抱えています。
ところが、作中で描かれる彼女たちの姿は、とても豊かな人間味に溢れ、魅力的にさえ映ります。これは、人生という旅に、「たった一つの正解などない」というメッセージであるように、僕は受け取りました。
僕は、既婚者であり、かつバイセクシャルであるという背景を持っていますが、これは決して「普通」ではありません。でもだからと言って、僕が「幸せでない」とは、誰にも言うことはできないはずです。
それと同じように、本作に登場する女性たちの人生(=旅をしてきた道のり)も、誰からも否定されるものではなく、また幸福に値しないものではないのです。実際に、彼女たちが集まり、他愛もない話で盛り上がるシーンは、一人ひとりが複雑な背景を持っているにも関わらず、とても幸せそうに映ります。
人生に正解はない。だからこそ苦しくもあるのですが、それは時に救いにもなるのです。
映画のラスト、若くして命を落としたシスター・ロサの葬儀で、マヌエラは遂に別れた元夫と再会します。実は、彼もまた、現在では「ロラ」という名前を持つトランスジェンダー女性となっており、シスター・ロサにエイズを感染させた張本人でもありました(ここにも一つの「旅」があります)。
エステバンの写真を見せ、彼が亡くなったことを伝えるマヌエラと、その事実を知り泣き崩れるロラの邂逅の場面は、取り返しのつかない人生の残酷な真実を物語るシーンとなっています(けれど、映画自体の後味は決して悪くないのがポイントです)。
「当たり前の幸せ」など何一つないけれど、旅を続けていくことこそが、「幸せ」を見出すための唯一の方法である。
本作は、そんな大切なことを教えてくれる、素晴らしい一本です。

おわりに

物語自体には、決して派手な展開はないのですが、何故か観ているだけでそっと誰かが肩を抱いてくれているような、親密な誰かに慰めてもらっているような、そんな気持ちになる映画です。
観るシチュエーションとしては、平日の仕事や家事に疲れた週末の夜中がおすすめ。人生に迷った時、何かにつまずいてしまった時に、そっと取り出しては一人で観たい、そんな作品です。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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