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映画『エゴイスト』 「与えた愛」は永遠に失われない

こんにちは、Shadeと申します。
僕は、既婚(子無し)、バイセクシャルでメンタル疾患持ちの男性です。
映画レビュー記事では、主に「LGBTQ+」をテーマとした作品を取り上げ、自分なりの考察や、感じたことを書いていきたいと思います。
よろしければ、お付き合いいただけると嬉しいです。


あらすじ

舞台は現代の東京。
14歳の時に母を病気で失くした浩輔(鈴木亮平)は、千葉の田舎町でゲイであることを隠しながら鬱屈とした青春時代を過ごしていましたが、その後、過去を振り切るように上京し、現在は編集者として充実した毎日を送っています。
ある日、友人たちとのふとした会話から、「体を鍛えるため」という名目で、パーソナルトレーナーとして働く同じくゲイの龍太(宮沢氷魚)を紹介された彼は、トレーニングを続けるうちに、まだ若い龍太のピュアでまっすぐな人柄に惹かれていきます。
徐々に関係が深まっていく中、龍太が母子家庭で育ち、現在も同居する病気がちな母親(阿川佐和子)を養うためにアルバイトを掛け持ちしていると知った浩輔は、ある時、彼の母親へのお土産にと高級寿司を持たせてやるのですが、龍太はまるでその好意に「お返し」をするように浩輔にキスをし、それをきっかけに二人は肉体関係を持つようになります。
その後も、彼らはトレーニング後に毎回愛を交わすようになり、蜜月関係を続けるのですが、実は龍太にはある秘密があって…というのが大まかなストーリーです。

作品情報(ゆるめ)

2023年公開の作品。現在は、アマプラやHulu、U-NEXTなどの各プラットフォームで配信されています。
監督を務めたのは、松永大司さんという方で、僕は恥ずかしながら存じ上げなかったのですが、若い頃は俳優として映画などにも出演していたそうで(矢口史靖監督の『ウォーターボーイズ(2001年)』にも出ていたらしい…!)、そこから徐々に裏方業にシフトしていき、監督してのキャリアを積まれていったようです。
ちなみに、本作は、エッセイストとして活躍されていた高山真さん(2020年に逝去)による同名の自伝的小説を原作としており、高山さん自身の経験した実話がベースとなっています。
松永監督は、色々な意味で非常に繊細なところのある物語を見事な手腕で見応えのある映画に昇華していて、その結果、同作は、アジア版アカデミー賞とされる第16回アジア・フィルム・アワード(2023年)で、4部門にノミネート。
最終的に、龍太を演じた宮沢氷魚さんが最優秀助演男優賞を受賞しました。

「与える」ことで表現される愛情

本作は、基本的には浩輔と龍太の恋愛関係を描いたラブストーリーなのですが、前半と後半で雰囲気がガラリと変わります。
特に、浩輔と龍太が惹かれ合い、蜜月関係を謳歌する前半部分は、非常に官能的なシーンが多く、正直日本の映画でよくここまでできたなぁと感心してしまいました(作中で男性同士が愛を交わす場面は、かなり生々しい描写が続き、バイセクシャルである僕でも正直赤面してしまうほどです…)。
浩輔を演じる鈴木亮平さんの演技もお見事で、ゲイ仲間といる時とそうでない時で微妙に口調が変わる様子など、非常にリアルな雰囲気を醸し出しています。対して、龍太を演じる宮沢氷魚さんはどこまでも可愛らしく、こちらはどちらかといえば、少女漫画に出てくるようなキラキラした好青年タイプ。
良い意味でスレた大人のゲイを演じる鈴木さんと、若くピュアな龍太を演じる宮沢さんの二人が見せるコントラストの妙は、この映画の見どころの一つでもあります。
しかし、何と言っても本作の物語としての真髄は、「愛を与えること」の喜びを描いた点にあると僕は感じました。
作中では、浩輔が龍太に与える愛情が、全て何らかの「もの」で表現されています。それは、はじめに龍太の母親に買い与える高級寿司であり、イタリア製の衣服であり、お金であり、車であり…
けれどもそれは、決して二人が「もの」によってのみ結びついているということではなく、あくまでも愛情表現の「ある形」なのです。
一方、龍太もまた、「アルバイト」として売春(ウリ専)をしながら、自分の体を捧げて得たお金を母親に与え、家計を支えることで、彼女への愛を表現しています。
二人はどちらも、「もらう愛」ではなく、「与える愛」の喜びを知っているのです。それがたとえ、与える側のエゴであったとしても。

「出会っちゃったんだからしょうがない」

これは、作中で浩輔の父(柄本明)が、病気で亡くなった浩輔の母親について話すときに呟くセリフの一つ。何気ない一言なのですが、僕にはこれがとても印象に残りました。
人と人との縁というのは、まさにこの言葉に尽きると思います。出会ったことが全てで、最終的にどんな運命を迎えたとしても、「与えた愛」が失われることはないし、それによって自分の何かが損なわれることもないのです。
物語の後半、龍太は(恐らく過労がたたり)突然死してしまいます。
奇しくもその日は、浩輔が彼に、病気がちな母親の移動を少しでも楽にするためにと買い与えた車を使って、二人で海へとデートに向かう当日の朝でした。
浩輔が龍太の通夜の席で泣き崩れるシーンで、龍太の母が彼に優しく話しかける場面は、涙なくしては観られません(龍太の母は、一度息子が浩輔を自宅に招き三人で食事をしたときに、二人の関係性を見抜いていたのです)。
やがて浩輔は、満たしきれなかった龍太への愛を、今度は龍太の母親に注いでいくようになります。病気がちな彼女の身の回りの世話をし、枯れた植木鉢を新しい花に取り替え…なおかつ生活費の工面まで行うのです。
それは、この先もっとできるはずだった、「龍太へ愛を与えること」の「代償行為」であると同時に、14歳で失くした自身の母親に対する愛情の投影でもあります。
龍太の母は、はじめの方こそ浩輔から与えられる「真摯な愛」に戸惑うものの、徐々に彼の優しさを受け入れ、最後には本当の息子のように彼に接してくれるようになります。
映画のラストシーン、がんに冒された彼女の病室を見舞った彼が帰ろうとした瞬間、龍太の母はこう呟きます。
「まだ、帰らないで」
ここで浩輔は、はじめて自分の愛する対象に、「もの」ではなく、「自分自身という存在」を与えることができたのです。恋愛に限らず、誰かが誰かを愛し、愛し返される瞬間を描いたこの最後の場面は、「愛」というエゴが実を結び、花をつける、完璧な結末だと感じました。

おわりに

本作は、別のnoterさんにおすすめいただいた映画で、自分でもいつか観たいと思っていたため、今回DVDを購入して鑑賞してみたのですが、予想以上に心に残る素晴らしい作品でした。
恋愛だけでなく、誰かが誰かを想うことの切なさや愛しさ、そして哀しさが、ぎゅっと詰まった、奥深い映画です。
恋をしている人もそうでない人も、観れば恐らく、自分の心の深いところが刺激される、そんな作品だと思います。
奥さんと一緒に観るには前半のラブシーンがネックになってくると思うのですが苦笑…徐々に慣らしていきつつ、いつか二人で感想を言い合えると良いなと考えてるところです。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

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