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珈琲の大霊師283

 私は・・・幻を見ているのだろうか?

 これは珈琲だ。タウロスの里にしか無いという、珈琲。それも、里とは違う香りの珈琲だ。

 そんなはずはない・・・。珈琲を管理しているのは、アラビカ家。他の人間は、珈琲を入れる技術において、こんな見事な香りを引き出す事はできない。

 1人だけ、心当たりがある。だが、そんなはずは・・・あの人が・・・彼女が下界でうまくやっていけるはずはない・・・。頼り無くて、珈琲を淹れる時以外は泣いてばかりだったあの人が・・・口減らしで里を出されたあの人が・・・、生きているわけがない。

 その証拠に、ほら・・・あんなに生き生きとして・・・。見れば体のあちこちも、痩せ細っていたのにふっくらとし始めてて・・・。

 でも、その姿はあの日のそれと頭の中で重なって・・・。

「嘘・・・ねえ、兄さん・・・。あれ、モカナお姉ちゃん?もしかして・・・生きてたの?」

 妹が、食い入るように空中で珈琲を淹れる少女を見つめていた。

 ああ、お前も・・・お前もそう思うのか?

 そんなはずは・・・ない。ないと、思っていた。思い込んで、いた。

「・・・モカナ・・・姉・・・さん・・・」

 自分の口から漏れたその名は、涙に濡れていたかもしれない。

「はい!どうぞ。これは、珈琲って言って黒いんですけど美味しい飲み物ですよ。こっちのお菓子と一緒にどうぞ!」

 と、にこやかにテーブルに手招きされる。幼い頃の、私の記憶とダブる。

 ただ、その時はもっとこの人は痩せてて、当然こんな見た事も無い上等なお菓子なんて縁も無い人で・・・あ、これ香ばしい。・・・美味しそう・・・。

「まさか!こんな所に今流行の珈琲があるはずがない!」

 と叫んだのは、太った豪商という触れ込みの男。愚かな人。私が保証してもいい。里で、一番珈琲が大好きな私が保証する。

 これは、珈琲だ。それも、私達のタウロスの里には無い品種の珈琲。まさか、下界に珈琲があったなんて・・・。複雑な香り・・・どうなっているのかしら?モカナお姉ちゃんに聞きたい事が沢山あるのに、今はそれより先にこっちが気になる。

 横を見ると、兄さんも同じ気持ちなのかさっさと席に座って珈琲のカップを手に、目を閉じて香りを嗅いでいる。

 それに倣って目を閉じる。

 感じるのは、異国の風。ああ、この珈琲豆が生まれたのはどんな土の味がする土地なのかしら?花のような香りもする。麻のような香りも。太陽の匂いも・・・。ああ・・・・・・。

「素敵・・・」

 ふと私の口から漏れたそんな言葉。

 それを聞いてか、他の連中も席につく。立ってても、何も変わらないのだから、さっさとこの歓迎を受け入れればいいのに。

 それにしても、本当に芳醇で複雑な香り。どうしたらこんな事ができるのかしら?

「・・・2人は、タウロスの里から来たんですよね?じゃあ、珈琲は飲んだ事があるはずですよね?その、これはボクが色んな国の珈琲を合わせて作った、えーっとブレンド珈琲?って言いましたっけジョージさん?」

「そうだ」

「です!」

 ・・・多種の珈琲というだけでもう里では味わえないものなのに、それをつまり良い様に合わせて味を調節してある!?

 気付いたら、カップに口をつけていた。

 途端に、涙が熱く頬を伝う感覚がした。


「これは・・・なんと深い味わい。複雑な香りがしますな」

 そう言ったのは、小国の王子。まだ若く、周囲を大国に囲まれて悩み多き父親を見て育った為、見識を広める事に抵抗感が少ないようだった。

「馬鹿な・・・珈琲がこんな場所に・・・」

 未だに商人は訝しがって、珈琲に口をつけようとしていない。珈琲が冷める事が許せないジョージは、さっさと飲ませる為に頭を働かせた。

「面倒臭いから先に説明するが、あんたの横に立ってるその浅黒い奴が、巷で有名らしい珈琲の大霊師だぞ?で、俺が世界珈琲商会の社長、ジョージ=アレクセントだ。何か言いたい事がありますかな?」

「なぁっ?!ほ、本物!?」

「・・・飲めば分かる」

 むすっとジョージが商人を睨むと、商人は慌てて珈琲を手に取った。香りを楽しむ間もなく口をつける。

 と、その動きがピタリと止まった。商人が顔を上げると、そこには崇拝の光が灯っていた。

「ふぉ・・・・ぉぉ・・・。こ、これが・・・これが珈琲・・・。納得・・・納得致しました。数々の無礼を、お許し下さい」

 商人は、打って変ってまるで王を前にしたかの如く膝を着いて頭をたれた。が、ジョージは再び不機嫌になった。

「ああ。いい。それはいい。どうでもいい。それより重要な事はだ、折角のモカナが淹れた珈琲がだな、こうしてる間にも冷めてどんどん香りも飛んでっちまってるって事だ。お分かりかな?」

「し、失礼致しました!!ありがたく頂戴致します!!」

 びゅん!と商人がバネ仕掛けのように席に戻り、珈琲を再び飲み始めると、やっとジョージは不満げな顔をやめたのであった。

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