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珈琲の大霊師282

 村で一番大きな家で、2人の男が顔を突き合わせていた。

「議論はやはり纏まらんな。あの里から出てきたという男も、世間慣れしていないのが丸分かりだ。このままでは、君達にタダメシを食わせるだけで終わってしまう」

 片方は、ジョージを雇用した傭兵隊長。もう片方は、イリェの将軍だった。

「ええ、我々も実績を残せないのでは困ります。そこで、閣下に少々お耳に入れたいことが・・・」

「ふむ?」

 将軍が耳を傾けると、傭兵隊長はその耳にジョージから譲り受けた策略を吹き込む。

「・・・・・・ほう、それは本当か?」

「はい。確かな情報です。時間をかけると、旨味が逃げてしまいかねません。これを議題に出すか、それとも閣下の配下のみで遂行されるかは、お任せいたします。我々は、いかようにでも」

「・・・ふむ。一晩考えさせよ。ご苦労であった。下がってよいぞ」

 と言って、将軍は傭兵隊長を下がらせ、1人ほくそ笑む。

「金銀財宝より価値が高いという、新しい嗜好品が眠っている・・・か。噂に聞く、珈琲とやらと同じだけのものだとすれば、その利用価値はどんな金銀財宝にも勝る。・・・これは、議題に出すわけにはいかんな」

 同時刻、他のテントでも同じ話を違う人物にしている男がいることを、将軍は知らなかった。

 そして三日の時が過ぎ、正午。

 キャラバンで昼食が作られる最中、その騒動は発生した。

 どうどうと音を発てて、突如山肌が雨でも無いのに土砂崩れを起こしたのだ。

「なんだ!?」

「霊峰アースの麓で土砂崩れだってよ」

「・・・なんだ、まだ里攻めは始まってないんだろ?なら、被害は無いんだよな?」

「いや・・・それが・・・」

 土砂崩れに塞がれた先の道には、少人数の護衛のみをつれた高官ばかりが5人。将軍、貴族代表、王子、豪商、村長。そして、里の革命家の兄妹だった。

「帰り道を塞がれただと!?不自然すぎる・・・。まさかこれは・・・」

「里の妨害工作・・・だろうな」

 将軍の不安を、隣国の王子が言い当てる。

「馬鹿な・・・!!里の連中は、決して外には出てこないはずだ。こんな事ができるはずがない!」

 革命家の男はそう怒鳴るが、高官達は冷ややかな視線を注ぐ。

「では、この不自然な土砂崩れをどう説明するのかね?私はこの近くに生まれた時から住んでいるが、こんな土砂崩れは起きた事が無い。意図的なものとしか思えない」

「・・・確かに、これは不自然よ。兄さん」

「だが、里では無いはずだ・・・となると・・・こちら側の誰かが・・・?」

 考え込む一同。

 そこに、切り立った崖の上から声が降り注ぎ、風に乗って不思議な香ばしい香りが漂ってきた。

「これはっ!?」

 革命家の男は、その嗅ぎなれたような、少し違う香りに覚えがあった。

「いらっしゃいませ。お偉い様の皆さん。こんな山奥までようこそ。1つ、お茶会と洒落込みませんか?」

 そう言って、崖の上に現れたのは、麻袋を背負ったジョージだった。


「こちらへどうぞ」

 と、場の緊張感にそぐわぬ穏やかさで山道を先導するのはカルディ。

 その次に歩くのは、革命家の兄妹、高官達。そして最後にルビーが曲剣を手に1行を歩かせていた。

(何が目的だ?こうも先手を取ったのに、我々を生かしておく真意はなんだ?)

 革命家の男は眉をひそめて、慎重に歩を進める。その隣の妹は、先程から漂ってくる香りに、郷愁を誘われていた。

「この香り・・・。似てるけど、少し違うのね。里のじゃない。・・・誰のかしら?里のは、確かアラビカ家が・・・」

 その時、一陣の風が吹き、視界が開けた。

 そこは、崖の上のあり得ない花畑。

 目の前には、聳え立つ山々。そして広がる緑の裾野。遠くには、僅かに海も見えていた。

「おお・・・・・・なんと風光明媚な・・・」

 花畑の中心に、樹齢を重ねた木の幹をスッパリと切って作ったような円卓が一つ。

 そこに、ツタで作られた椅子が並べられていた。

 そして、そこに立つくたびれた外套を羽織った少女が、太陽のように明るい笑顔を見せる。

「いらっしゃいませ!山の上カフェへようこそ!!ドロシー!」

「あいぎゃー!!」

「ツァーリ!」

「はいはい、分かってるわよ」

 突如現れた2人の精霊が、空中で水と炎を躍らせる。そこに、革命家の2人が見慣れた黒い粉が混ざり始めると、えもいわれぬ香ばしい香りが辺りを包み、素晴らしき景観と相まって幻想的な空気を醸し出した。

 2人の精霊が舞を止めた時、机の上には丸皿に盛られたいくつもの菓子類、そして香り立つ珈琲が並べられていたのだった。

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