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珈琲の大霊師280


 冷ややかな目で、頬に大きな傷のある傭兵隊長が1人の男を見下ろす。

 商業国家イリェが急きょ行っている傭兵の募集に対し相当量の応募者が殺到していて、今日はすでに82人目の面接だった。

 目の前にいる男は、少々頼りない体つきだが目つきの鋭い男で、得物は槍。都市で衛兵をしていた男、と申告されている。肩の力が抜けていて、自然な空気を纏っていた。

「衛兵だが、武術より工作が得意とあるが、どういう意味だ?」

「言葉通りです。最近は物騒でしてね、衛兵もただ突っ立ってるわけにはいかないんです。ちょいと気になった奴の後ろを付け回して、怪しい挙動が無いか調べたり、多少試すような事をしたり。まあ、そんな役割をこなしていました」

「・・・ふむ。傭兵としての雇用条件は、あそこの猛者に1撃でも入れる事なんだが・・・。自信は?」

「ありませんね」

 傭兵隊長が肩をすくめ、呆れたように肩の力を抜いた。

「それでは話にならんな。俺が必要としているのは末端の兵卒だ。工作員は募集していな」

「葉巻がお好きなんですね隊長殿。それも、南の農業国家ルフーの品。値段の割りに独特の香りが癖になる。良いご趣味ですな」

 募集していないと言い掛けて、傭兵隊長が言葉に詰まる。そこで慌てず、そしらぬフリをしたのはさすがに歴戦の傭兵と言えたが、その目は部屋の中に残る葉巻の痕跡を探していた。

「いえ、なんという事はありません。吸殻がそのあたりに捨てられてましたから。それはそうと、私がここに来たのは間違いなく私の需要があると見込んだからでして。お困りですよね?隊長殿。本当は、とても困っていらっしゃる。そうではありませんか?」

 にやり、と人の良さそうな笑顔に、毒がかすかに混じる。傭兵隊長はその不気味な迫力に対抗する為、反射的に威嚇するような鋭い笑みを返していた。

 ―――こういう男は、使い道がある。傭兵隊長は、長い経験で知っていた。

 傭兵達が待機する霊峰アースの麓。現地は、荒々しい男達と、その衣食住をまかなうキャラバンによって構成されていた。その一角に、女ばかりの馬車が1台あった。

「ねーちゃん、こっちにもパンとその黒いのくれ!」

「こっちも5人前頼む!」

 馬車の前には、どこからか持って来た木を輪切りにしただけの大雑把なテーブルが5つ。そこに、同じく枝を組み合わせただけのイスが合計30脚配置されていた。

「はいはい、分かったさ。ってコラァ!!今ケツ撫でた奴は誰さ!?」

「はっはっは!引き締まった良い尻だぜねーちゃん。あと3年もすりゃあ抱いてやってもぶふぁぁっ!!」

 イタズラ心で色黒なウェイトレスの尻を撫でた男が派手に宙を舞った。そのウェイトレスの足が男のアゴを捉え、跳ね上げたのだ。

 何回かこの光景を見ている客達は、楽しげに、しかし宙に跳ね上がった泥が自分の食事に混ざらないよう、素早くマントやひざ掛けを料理の上にかけた。

「はん!あたいを抱きたいってんなら、あたいに勝ってから言ってもらおうじゃないさ。舐めんじゃないさ!!」

 だんっ!!と、それでも律儀にパンと山の幸をごった煮したスープを置いて、その凶暴なウェイトレスは肩を怒らせて野外厨房へと戻っていった。

「ごふっ・・・う、うちの隊長よりつええ・・・」

「バカだなーお前・・・。噂には耳を立てておくもんだぜ?お前の分は貰ってやるから安心しろー」

 そう言って、吹き飛んだ男の仲間たちはやれ急げとばかりに、男が頼んだ品物を分け合った。大丈夫だ文句は出ない。何故ならその男が咀嚼できるようになるのは、早くとも翌日だと分かっているからだ。

 キャラバンの片隅に、ウェイトレスが凶暴で、一度飲んだら忘れられなくなる謎の黒い飲み物を売りにする一団が現れたという噂は、数は多いが密集しているこの集団にあっという間に浸透するのだった。

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