名刺代わりの小説10選
「名刺代わりの小説10選」という面白そうなタグを見つけた。記録も兼ねて、自分なりの10選を考えてみたい。
浅田次郎『壬生義士伝』
江戸時代末期。貧しさに苦しみ、家族を養うため南部藩(現代の岩手県)を脱藩して新選組に入隊した吉村貫一郎とその家族を巡る物語。剣の達人の吉村は幕末の京都で腕を振るい、稼いだ給金のほとんどを国元の妻子に送金していた。人斬りと恐れられても、守銭奴ぶりを罵られても家族のため、そして自分の信じる義のために生きた吉村の姿を、南部藩時代の関係者や元新選組隊士らが回想する。盛岡の優しく美しい情景描写も見どころのひとつ。
伊坂幸太郎『アイネクライネナハトムジーク』
人と人との出会いを巡る連作短編集。物語について触れようとするとネタバレになりそうなのがつらい。ただ、「これぞ伊坂幸太郎!」という作品のひとつであるのは確か。時間も空間も超えて、登場人物たちの行動や思いがつながっていく。連作短編集を読む面白さが詰まった作品。
ミヒャエル・エンデ『モモ』
初めて読んでから20年ほど。未だに折に触れて読み返すほど大きな影響を受けた児童文学作品。不思議な少女・モモと「時間どろぼう」こと灰色の男たちの戦いを描く。読み返すたびに何かしら発見がある。ご時世柄、自分も含めて心に余裕のない人が増えてきている現在、この児童文学から改めて学べることは多いかもしれない。
恩田陸『三月は深き紅の淵を』
恩田陸さんは大好きな作家の1人。10代だったころの自分に、小説の豊かさと面白さを教えてくれたのは恩田さんの作品だ。特に愛着があるのがこの作品。まずタイトルが素晴らしい。このタイトルを眺めているだけで、脳内に物語があふれてくる感覚さえする。『三月は深き紅の淵を』という幻の稀覯本を巡る4つの中編が収められているが、この物語の世界はこの本だけで終わらない。これほどまでに豊かで壮大な物語の奥行きを感じさせてくれる、そしてこれほどまでに本を読む楽しさを味わわせてくれる作品はなかなかない。
恒川光太郎『草祭』
恒川光太郎さんの作品は恐らくすべて読んでいるが、特に愛着があるのが『草祭』。「美奥」という辺境の町を舞台に、現代の『遠野物語』とでも表現したいような、神話や民話のような物語が展開する。いじめや家族の問題など、現代ならではの苦しみに直面した登場人物が偶然迷い込むのが、日常と地続きにある不思議な異世界。「美奥」で描かれる美しく幻想的な世界は、時にままならないことも多い現実と隣り合わせの場所にあるのが、恒川作品らしい。5つの短編が収められた連作短編集。
宮部みゆき『名もなき毒』
探偵・杉村三郎シリーズの長編第2作。タイトル『名もなき毒』の「毒」は、そのまま「人間の悪意」と言い換えてもいい。この社会で生きていると、時に理不尽に悪意を向けられることもある。ニュースを見れば、無数の悪意、毒がこの社会に漂い、際限なく伝染していくようにも思えてくる。しかしそんな社会でも、悪意に立ち向かおうとする存在はいる。ミステリーの探偵役としては平凡過ぎるくらいに平凡な杉村が、悪意にまみれた事件をひたむきに追い続ける姿に不思議と励まされる。
原田マハ『本日は、お日柄もよく』
すべての作品を読んだわけではないが、原田マハさんの作品は、その多くが人間讃歌だと感じている。大変なことも多い中で、一生懸命に日々を生きている社会人への応援歌。特に現代ものの長編はその傾向が強いように思う。スピーチライターの仕事にまい進する主人公を描いたこの作品もそのひとつ。言葉とそれを扱う仕事について圧倒的な熱量で掘り下げられている。この作品を初めて読んだ数年前、言葉を扱う職場で仕事と人間関係に悩んでおり、その打開のヒントをくれた小説でもあるため、個人的にも思い出深い作品。原田作品では『奇跡の人』、『風のマジム』、『さいはての彼女』、『生きるぼくら』あたりも捨てがたい。
伊吹有喜『雲を紡ぐ』
昨年出版されたばかりの作品だが、もう3周くらいしている。盛岡を舞台に、ホームスパンという羊毛を紡ぐ伝統的な織物を巡り、破綻寸前の親子の物語が描かれる。壊れかけた親子のつながりの再生がホームスパンに重なる物語の展開ももちろん素晴らしいが、登場人物たちの目に映る盛岡の姿が鮮やかに心に残る。街並みや自然、じゃじゃ麺・福田パンなどの名物。そうした盛岡らしいあれこれは、盛岡出身者にとってはごく身近なもののはずなのに、『雲を紡ぐ』では新鮮な魅力とともに瑞々しく立ち現れてくる。早く帰りたい。
夏目漱石『こころ』
言わずと知れた超有名文学作品。数年に1度、読み返したくなる。物語そのものよりも、透明さを感じる作品の世界観が癖になっている。読む時期によって印象が変わり、文学とはすごいものだなと毎回素朴に感心する。
高田郁『八朔の雪』(みをつくし料理帖シリーズ)
時代小説「みをつくし料理帖シリーズ」全体を最後の1作に。本編だけで全10冊のシリーズだが、1冊1冊が抜群に面白く、長さは感じさせない。主人公の女性料理人・澪をはじめ、登場人物たちがお互いを想い合い、慈しみ合う様子が深く胸に残る。時に過酷すぎるほどの運命に見舞われても、自分が信じた料理によって進むべき道を切り開いていく澪と仲間たちの姿には何度も勇気をもらった。これもまた、人間讃歌の物語だと感じる。
予想よりも10作に絞るのが大変だった。何か思い出したら加筆したい。