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【読書記録】人生が、足りていない。|小原晩『ここで唐揚げ弁当を食べないでください』

 人生が、足りていない。そう思わされた。


 筆者の小原晩さんは、1996年生まれだそうで、この本の初版が2022年3月5日。誕生日までは存じ上げないので、26歳の時にこの本を書かれたとする。

 まだ何者でもないわたしは、もう24歳になってしまった。つまり、あと2年でこの本を書かなければならない。

 人生が、足りていない。

 エッセイなんかの生活を元にした表現は、生きてきた人生のポイント貯蓄に依存していると思う。そのポイントが、表現を行うのに足りているか足りていないか。

 表現者になる前にも人生はあるから、初めて創作を行う際に、今まで貯めてきたポイントを全部注ぎ込むことになる。ほんとうに、人生を賭けて。バンドなんかも1stアルバムが一番評価されたりすることが多かったりするが、あれもそう。

 壮絶な環境・経験はその当事者に人生ポイントをたくさん付与するし、そうでなくても生きているだけでポイントが貯まりやすい人もいる(芸能人でいうと狩野英孝さんとか)。人生ポイントの還元率は、平等ではない。

 もちろん、過去の貯蓄だけが全てではないし、自らポイントを取りに行くこともできる。還元率の悪いわたしのような人は、喫茶店でイヤフォンをして音楽を聴いている場合ではない。人生の解像度をなんとかして努力であげて、そうして立ち向かうのだ。

 人生が足りている人を見て「ずるい!」と思うかもしれないけど、これには良い面も悪い面も両方ある。当事者は、それだけ大変でしんどい日々を過ごしてきたのかもしれないし、人と違うパーソナリティのせいで周囲から浮くことがあったかもしれない。「わたし、特に人に発信するような経験ないな〜」というのは、幸せ者の呟きである。

 それでも、憧れてしまったら。何かを表現することに憧れてしまったら。わたしたちは、人生が足りるように動くしかない。


 小原晩さんは、過去の環境によって付与されたポイントが多いうえに、その観察力を持ってしてポイントを倍増させることができ、さらにはそのポイントの使い方も巧みな人だと思った。

 一話目の『ここで唐揚げ弁当を食べないでください』で、早くもわたしは打ちのめされた。

 短い。驚くほど短くて、驚くほどおもしろい。一文字あたりのおもしろさが濃い。

 そのまま一人コントになりそうな題材。表参道の街とファミマの唐揚げ弁当という対比がいい。なぜだろう、セブンでもローソンでもなく、ファミマであることがしっくりくる。セブンだとここまでの哀愁は出ないし、ローソンだと狙いすぎているように見える。

 しかも、ただ題材がおもしろいだけでなく、そこにはちゃんと生活がある。仕事には慣れてきたけど、東京にはまだ慣れきっていない頃合い。暑い夏の日の処世術。そういった生活の香りが、このエピソードをコントではなくエッセイに仕立て上げて、笑いと共感が同時に生まれるようになっている。

 これは他のエピソードにも共通することだが、何を描くかという取捨選択のバランスが絶妙だと思った。おもしろい部分に極端なほどフォーカスされていて、いらないところがない。だから、短い。

 『春一番』という話があって、ここに取捨選択の思い切りの最たるものを見たような気がする。恋の話なんだけれど、「相手はどんな人か」「どのように知り合ったか」「どこに惚れたのか」なんていう恋愛のあるある項目は一切説明せず、告白前後の心境だけが描かれていて、それがこのうえなく綺麗だった(わたしはこの『春一番』がお気に入りで、冒頭2行だけでパンケーキ10枚くらいは進む気がする)。

 なかなか心がウッとなる話もあれば、ものすごくホッとする話もある。つらい話ほどポップな語り口で、ほのぼのした話にはどこか影を感じるのも、またいい。リズムがある。話の中にもリズムがあるし、話の並びにもリズムがある。ジャズでも聞いているかのような、即興に見える必然が心地よい。

 最後まで読み切ったところで、あとがきまでおもしろくて、もう白旗、降参だ。ほっこりとしたおもしろさがあり、また冒頭の伏線回収のようでもあって、いい本に巡りあえたなと思える終わり方だった。100ページにも満たない小さな本とは思えない余韻が、今もまだ手元に残っている。



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