（小説）安眠カフェの恋模様【第１章：出会いの春】

1979年の春、東京都郊外の静かな街角に佇むカフェ「安眠」。時折通り過ぎる車の音が微かに聞こえる中、カフェの窓際には柔らかな陽光が差し込み、温かい空間を作り出している。入口のドアを開けると、ほのかに漂うコーヒーとシナモンの香りが訪れる人々を迎え入れる。店内は木製の家具で統一され、落ち着いた色調の内装が心を和ませる。

カウンターの奥には、店のマスターである石山鷹尾が立っている。彼の口ひげはダンディな印象を与え、丁寧な動作でコーヒーを淹れる姿がまるで舞台の一幕のようだ。鷹尾は36歳、北海道出身で、このカフェを営んでからもう何年も経つ。彼の複雑な性格—お人好しで引っ込み思案、そして照れ屋—は、常連客にはよく知られている。

その日、沢田実と吉川正治は大学の授業を終え、カフェ「安眠」へ足を運んだ。実は千葉県出身の21歳、文学を愛する青年で、丸眼鏡が特徴的だ。一方の正治は新潟県出身の20歳、小太りで寡黙だが、親しい友人とはよく話す。二人は幼馴染であり、共にカフェでのひとときを楽しむことが日課となっていた。

「ここは本当に落ち着くね」と実が言うと、正治はうなずいて答えた。「ああ、鷹尾さんの淹れるコーヒーは最高だよな」

実と正治が席に着くと、鷹尾がにこやかに迎えた。「いつものコーヒーでいいかい？」

「はい、お願いします」と実が答え、二人はいつもの席で談笑を始めた。カフェの静かな雰囲気の中で、彼らの会話は心地よい背景音として響く。

その時、カフェのドアが再び開かれた。入ってきたのは志田玲実、28歳の美しい女性だ。兵庫県出身で、東京に出てきたばかりの彼女は、まだ新しい環境に馴染めずにいた。玲実はシナモンティーとパンプキンパイを注文し、窓際の席に着いた。彼女の長い髪が春の日差しに照らされて輝き、実と正治の目を引いた。

「彼女、最近よく来るようになったね」と実が言うと、正治も気づいた様子で答えた。「ああ、確かに。何か事情があるのかな？」

玲実は、シナモンティーの香りを楽しみながら、静かにパンプキンパイを味わっていた。彼女の瞳はどこか寂しげで、遠くを見つめているようだった。実と正治はその様子を見守りながら、どこか共感を覚えた。

このカフェ「安眠」は、それぞれの事情を抱えた人々が集まる場所だった。鷹尾の優しい心遣いと、美味しいコーヒーやシナモンティーが、人々の心を癒していた。実と正治、そして玲実の出会いは、この春の日から始まり、新たな物語が静かに動き出すのであった。