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【連載小説】純文学を書いてみた3-1

ちょっと今回は重い感じですが、すごい好きな文章になりました。
前回…https://note.com/sev0504t/n/n59f2cc2c5c9f
どうぞ読んでやって下さいませm(_ _)m
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 僕らは同じ道を、同じような少ない客を乗せたバスで、同じように無言で帰った。窓の外には稲刈りを待つ稲穂がいっぱいに光を浴びてきらきらと輝いている。秋の稲刈りまでもう少しだ。一部の田んぼにはうっすらと白い膜のようなネットがかかっていて、その輝きを見ることはできないが、下にはたわわな稲穂が風にたなびいているのであろうことは想像にやさしい。

 時代遅れの案山子が市街地の方向とは逆を向き、カラスにでもついばまれたのだろうか、右手は藁がめくれあがり黒っぽい色をしていて痛々しかった。

 田園風景が過ぎ去ると徐々に大型店やスーパーが見えてくる。人の注意を引こうとこれでもかというくらいの原色と光沢。その一つ一つは煌びやかでもあり、下品でもあった。

 この国のどこでも見ることができる郊外の風景は単調に感じた。大型スーパー、紳士服店、パチンコ屋、大型電気店、牛丼屋、そしてコンビニ。

 今まで出会わなかった奇妙な世界という気持ちは薄れ、現実世界の特異さが今日を相対させ際立った。

「このままだと、日本は大型店とコンビニしかなくなるわ」よく母は言っていた。


 なかなかダンボールのファイルは重かった。覗いて数えるとすべて青い色のファイルは一四冊もある。ただ尾村さんが帰りがけに話してくれたが、普通の本の分量だと五、六冊ほどにしかならないそうだ。

 横に座る父親の眼を見ると片目は本来黒いはずの眼球が白濁し、もう片方の目は細くその眼を確認することは不可能だった。一二歳の事故、そして盲学校、僕には知らないことが多すぎる。いや知ろうとしてこなかったのだろう。

 その時、ふと父の書斎のタイルのような点字本を思い出した。僕が小学生のときにひとつ抜き出したあれだ。そのまっさらな白く厚い本はたしかに凹凸があった。細長い鋼片の音階盤をはじけば美しいメロディーが鳴り響くオルゴールのように、その凹凸には隠れた美しさや魅力が秘められているのかもしれない。

 手回しやぜんまいはないのだけれど。

 新たなタイルを僕は帰るとはめ込んだ。背表紙が濃い青のそのタイルは、すでにその部屋の一部として昔からあったかのように自然だった。

「空って青いんでしょ?」
「うーん空はね、でも雲は白いよ」
「太陽は?」
「まぶしくて直接見ると眼が焼けそうになる」
「今日は晴れ?」
「青い空が八割で雲が二割かな」
「じゃあ太陽は?」
「0.01割くらい・・・」
「太陽って小さいのね」
 彼女は小さく驚いた。

「私たちにと違って普通に見える人のことをなんていうか知ってる?」
「いいや、知らないな」

「晴眼者・・・漢字で『晴れる眼のヒト』」

 母の車を僕は譲り受けた。スズキの白いアルトはお世辞にもきれいではなかったが、自分の車ができたことはうれしくもあった。

 父はその代わりといって、あの学校に一週間に一度行くという交換条件を出した。母のアルトとその任務を僕は引き継いだわけだ。

 母は勝気なヒトだった。どんなことでも自分が正しいと思ったことは曲げなかったし、父が障害を持っていることもなんら卑下することなくむしろお互い言い争いも耐えなかった。

 「たかが見えないくらいで」が母の口癖だった。それは父にしか理解できないような厳しさと優しさが同居していたようにも思う。僕が父の障害について考えなかったことも母の影響が少なからずあったのかもしれない。実際に父は父であり、母は母でしか僕にはなかった。

 むかしある精神科医が話してくれた話を思い出した。「痛み」を教えるためにどんなことがあっても子どもの危険を回避しなかった男の話。その男はどんな感覚も子どもが自ら獲得すべきと考えた。ガラスのコップを落として破片が手に刺さっても、火に手をかざして火傷をしてもじっと見守って育てたという。それは危険な試みだった。熱が出てうなされても、下着が汚物で汚れても、じっと見ていただけだ。

その子がどうなったかって?

 その子どもは結局狂ってしまったとその精神科医は最後に教えてくれた。

 快・不快の感覚や痛み、でもそれは即物的な手前に置かれた感覚だったのだろう。痛みと感情がつながらなければそこにあるのは理不尽な生きづらさだけだ。感情の糸を手繰り寄せるのは痛みそのものだけではだめなのだろう。
 人としての成長とはそういうことなのかもしれない。
 父は父、母は母、でも父親と母親は目の前から早くに姿を消し、自立心と引き換えに僕はたくさん落し物をした。それは感情だったのだろうか?

 残念ながら僕がそれに気づくのはもっともっと先のことだ。

つづく

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