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【ショートストーリー】26 おれ、猫。

おれ、猫。
名前はペトローブナ・チョボ・イワノフ。

こいつは飼い主。
頭に毛がない。
大きな目の回りの丸は取り外しできるらしい。

いつも短い鉄の線が何本もあるトラ目の板を拭いて、終わったかと思うと、おれの好きな三角のご飯に似た硬いものでそのいくつかの線を弾く。

それがおれは極めて嫌いだ。

なぜかというと、ひとつは音がうるさいからだ。そんなおれの気も知らず、長いときにはおれの昼寝の時間くらい鳴っている。

酷いことに黒い四角い固まりに鉛色の紐が繋がっていて、それをこいつがつまんでひねると、音は昔見た箱形の大きな塊が通りすぎる時の音がする。

わからんのは、それなのにこいつは悦に入ったように変な鳴き声をだす。

もうひとつの理由は、おれはこいつの膝に乗るのが好きなのだが、それができない。

前に無理を承知で、膝に飛び乗ったら背中から落ちた。

猫なのにだ。

この経験は、爪を無理やり切られる月に一回の儀式と同じか、それ以上の恥辱をおれに残す。

そんな屈辱にも耐えられるのは、夜が深くなると必ずコイツは膝をあけてくれるからだ。


夜になると、少しだけ小上がりになった小麦色の硬い草でできたような場所で、おれの体がちょうど乗るくらいの小さな台をもってきて、これまたおれと同じくらいの茶色い液体の大量に入った容器をもってくる。

毎日おれはこいつの膝に乗ってうとうとする。
猫ってのは元来夜が好きなんだが、いつの間にかおれのバイオリズムを形づくる大事な習慣になった。

おれは夜に寝るんだ。

シャバで他の野良猫に怯えて暮らしていた時の記憶はずっとずっと、遥か彼方にいった気がする。

心地よい温かさ。幸せってコトバはよくわからないが、きっとそれに近いんだろ。

なあ。

それにしても、こいつはよく茶色い液体を飲む。


ぷーんと匂うそれは、きっとこいつを優しくしてくれる魔法のかかった飲み物なんだろ。

こいつは優しく撫でてくれる。
魚の干したものを薄く削ったものをくれる。

おれが膝に乗るのはそこが温かいからだ。
それ以外でもそれ以下でもない。

でも、いつからだろう?
こんなにこいつが優しくなったのは。

いつからだろう?
あんなにめんどくさがったおれのトイレの掃除をしてくれるようになったのは。


おれは知っている。


あいつがいなくなってからだ。


この家にはこいつとあいつがいた。あいつは四角い窓で笑っている。ずっと。

こいつもたまにその窓を見て、目から水が流れている時がある。


おれ、猫。
こいつとあいつが飼い主。


おしまい


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写真は我が家のチョボです。
mogelog3




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