【雄手舟瑞物語#6-インド編】旅行2日目、偽物の旅が始まる(1999/7/28②)

ツーリストオフィスのボスが来て、逃亡計画が潰えてしまった。

家から急いで出てきた様子のボスは僕を横目にフロントの男と話し始めた。そして恐らくフロントの男から事態を聞き終わった後、ボスは至って平静に「どうした?」と僕に聞いてきた。

「いや、ホテル代を払おうとしたら9千ルピーって。いくら”ミドルクラス”のホテルでも高い。」と、僕は素知らぬ顔で文句を言った。

「いくらなら良いんだ?」

「5千」

「7千だ。それ以上は安くできない。」フロントの男でなく、何もかも知っている様子のボスは厳しい顔で静かに僕に告げる。初日のホテルだから1万円までは覚悟していた。とは言えここはインド、1万5千円は高い。ボスの表情は一向に変わらない。僕は悔しくも観念して7千ルピー(約1万5千円)を支払った。

支払いを済ますと、ボスは全く理解できない様子で「なぜ逃げようとなんてしたんだ?」と聞いてきた。僕は内心で(「なぜって」)と絶句したが、そこは素直に「昨日も言ったけど、僕は一人旅をしに来たんだ。ツアーはじゃなくて一人旅がしたいんだよ」と伝えた。ボスは「なぜだ?インドは危険な国だ。一人で旅をするなんて危ないんだぞ。俺はお前からツアーの代金を受け取った。俺はお前との約束を果たさなければならないんだ。」そう言うと、ボスは僕の背中を押しながら「よし、とりあえずオフィスに行こう。9時になったら部下がバスで迎えに来るから、それまで朝飯でも食っていよう。」

この人は責任感が強いのか?強引なのか?僕は為されるがまま、「OK」と受け入れ、ホテルを後にした。まだ日差しが強くなりきらぬ前。二人はオフィスに向う途中、近所のカレー屋で軽く朝食をとった。カレーはまた飛び切りうまかった。

オフィスに着いてしばらくすると、大きな灰色のバンが一台止まり、中からドライバーが出てきた。昨日ホテルの部屋に来ていたもう一人のインド人だ。名前はラジャというらしい。今日から3泊4日、このラジャと二人でバスツアーをするという。

「バスツアー!?」僕はバスツアーをしたことがない。でも分かる。これはバスツアーとは言わない。だが、インドではきっとこれをバスツアーと言うのだ。こうなったら仕方ない。僕と専属運転手は灰色の大型なバンに乗り込む。助手席の僕に向かってボスは「楽しんで来いよー」と笑顔で声を掛ける。車は”セントラル”から出発した。

僕とインド人のふたり旅が始まった。そしてラジャは言う。

「一旦、家に寄っていいか?」

「オフ・コース(勝手にしてくれ)」


(前後のエピソードと第一話)

※この物語は僕の過去の記憶に基づくものの、都市伝説的な話を織り交ぜたフィクションです。

合わせて、僕のいまを綴る「偶然日記」もよかったら。「雄手舟瑞物語」と交互に掲載しています。


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