【雄手舟瑞物語#4-インド編】旅行1日目、最初の試練、恐怖のフードファイト(1999/7/27③)

初の海外旅行一人旅でインドにやってきた僕はニューデリー空港に到着後、タクシーを拾い、”市内(セントラル)”の”ミドルクラス”のホテルにたどり着いた。僕はボーイに部屋まで通される。ここまでは普通だが、なぜか部屋にはタクシーの運転手と見知らぬ二人のインド人も入ってきて、超自然な感じで佇んでいる。どうやら見知らぬインド人はホテルの近くで旅行代理店を営んでいるらしく、旅行の相談にも乗ってあげられるからオフィスに寄らないかと誘ってきた。僕はこのまさに一人旅らしい展開に喜んで乗っかりオフィスに向かった。オフィスではインドの観光地の写真や昔のお客さんだったという日本人のミヤコからの手紙など見せてくれた。その後、多少は予想していたが、ツアーに申し込まないかと営業を受けた。ホテルに戻って一人でゆっくり計画を立てたかったので、最初はためらったものの、短い期間だし、格安だし、旅に慣れるという意味でも、まぁ悪くないかということで、3泊4日の格安バスツアーに申し込むことになった。そして2万ルピーをその場で支払うと、インド人のボスは僕に感謝し、僕を自宅に招いて夕食をご馳走させてくれという申し出を受けた。僕は一人旅をする男らしくノリよく「もちろん!」と誘いに乗った。「すぐに迎えに行くから、一旦ホテルに戻っててくれ」とボスに言われ、ホテルに戻ると言葉通り息をつく間もなく迎えに来て、二人でホテルの外に出た。辺りはもう真っ暗だった。

ボスは原付バイクに乗り、「後ろに乗れ!」と合図を出した。僕は「初日からなんという冒険だ!」と興奮した。後ろに飛び乗ると、人生初の武者震いがした。僕は思わず「レッツゴー!!!」と雄叫びをあげた。

真っ暗な中、舗装さていないバンピーな道を進む。道の脇には、電球が吊り下がった露店、ライフルを持つ警官か軍人、道行くインド人。辺りはどんどんスラム街のような風景に変わっていく。一部崩れたコンクリート打ちっ放しのアパートが無造作に並ぶ。路地には何匹もの野良犬。危険な香りしかしない。拳銃の音?爆竹の音? そんな中を風を切って進む。アドレナリンが止まらない。僕は再び叫ぶ。

「フォーーーー!!!!」

定期的に叫ぶ。20分くらい走っただろうか。そんな家々の中でバイクが止まった。

「ここだ」

ボスはバイクから降りて、崩れたコンクリート打ちっ放しのアパートの中に入っていく。暗くて、崩れた階段を上がっていると、さすがに少し不安になってきた。「もしかして俺はここで殺される?」そして、3階まで上がると、一角の部屋のドアが開いた。奥さんらしき女性が奥に見えた。

僕が奥さんに「ナマステ」と挨拶すると、ボスは「入れ、入れ」と僕を中に迎い入れ、「今から妻がカレーを作るから、少しそこで寛いでいてくれ」と言ってくれた。部屋の一角では5歳くらいの男の子が一人で遊んでいた。「息子だ」とひと言。ボスは横になって、一人でテレビを見始めた。僕が手持ち無沙汰にしていると、その息子は得意気に、誰か旅行者からもらったような時計やおもちゃなどを僕に見せてきた。言葉は通じないが、「これは何だい?わぉ、すごいね!」なんて言葉をかけた。そして僕は、「こんな時のためにと」のとっておきの道具をリュックから取り出した。

ハーモニカだ。

ハーモニカをリュックから取り出し吹いてみる。息子は大喜び。「吹いてみる?」と、ハーモニカを息子に手渡すと、嬉しそうに息子は吹き始めた。これがハーモニカの良いところ。吹けば音が出る。言葉が通じなくてもコミュニケーションがとれる最高の道具だ。

小学校ぶりにハーモニカを吹いた僕は、『カエルの歌』すら頭に浮かばず、ただフー、フー吹いただけだった。イメージでは、外国人の子供を前にして、かっこよくハーモニカを吹き鳴らしている自分がいたのだが、全くだめ。楽しそうにハーモニカを鳴らしている子供を横に、若干引きつった笑顔を浮かべる自分がいた。

というのも、実はこのハーモニカを買ったのはこの旅の直前。バイト先の二歳年上の友達から聞いた旅行先でのエピソードがきっかけだった。

「こないださ、ダイビング部の合宿でパラオに行ったときに浜辺でハーモニカを吹いてたんだよ。そしたら現地の子どもたちが寄ってきてさ、もっと吹いてって全然止めさしてもらえなかった(笑)」

「映画みたいじゃないか!」僕はその光景に憧れた。しかしあることを忘れていた。この男はとんでもなく器用で、どんな楽器も演奏できる。もちろんハーモニカもうまいはずだ。さらに下ネタから歴史、経済、自然のことまで何でも知っていて、話もうまく、面白い。川育ちの自然児でモリで魚を仕留められる。そして、ダイビング部の部長である。バイト先では年上の社員からも年下のバイトからも男女問わず愛され、信頼されている。自分にとっても兄貴的な存在。このことを忘れて、僕はハーモニカを吹きながら子どもたちと戯れる自分の画を想像した。何でも形から入り、買ったことに満足するタイプの僕は、すぐさま御茶ノ水に行き、1万円のハーモニカを購入した。

1万円を生かせてないモヤモヤで、若干引きつった笑顔をごまかすために、僕はこのハーモニカを息子にプレゼントしてしまう。何という見栄。とっておきの道具を初日で失ってしまう。「何をやってるんだ、俺・・・」そして、息子と遊び始めて1時間くらいたった頃、ボスの奥さんが僕とボスのために食事を運んできてくれた。リアルカレーだ。床の上にカレーの器とチャパティが積み上げられた皿が置かれた。テンションが上がる。今まで僕はインドカレーのと言えばナンしか知らなかったが、これはチャパティというもので、ナンより薄く、直径15cmくらい円形をしている。ちょっと分厚いクレープのような感じだ。生地は全粒粉で作られ、鉄板で焼いたあと直火で焼くものらしい。味は、まぁナンみたいなものだが、より香ばしい。インドの家にはこのチャパティを焼く鉄板とかまどが一家に一台あるようだ。初めての本場のインドカレーとチャパティに楽しみが止まらない。インドでの最初の食事がまさかリアル家庭料理カレーになるとは思いもよらなかった。そう言えば空港に着いてからここまで口にしたのは、飛行機から持ってきたスナックだけだ。時間はもう夜11時を回っていた。

「腹減っているだろ。カレーもチャパティもたくさんあるから、いっぱい食べろ。」とボスに勧められて、ボスの見よう見まねで、チャパティをちぎり、チャパティでカレーをすくって食う。

「うまい!!!」これは本当にめちゃくちゃうまい。ボスは笑顔を浮かべて「良かった、良かった」と言ながら、新品のウィスキーボトルを持ってきてグラスにウィスキーを注いでくれた。カレーとチャパティにウィスキーの組み合わせは、また最高だった。「これはうまい、うまい」とあっという間にチャパティを5枚くらい食べ終え、大分お腹も満たされてきた。それより少し時間が心配になってきた。もう12時近く。さすがに疲れてきた。ちなみにさっきツーリストオフィスでお金を払ったとき、僕はある計画を思いつき密かに実行したかったので、早くホテルに戻りたかった。

しかし次の瞬間僕は目を疑った。ボスの奥さんはさも自然と僕の皿にチャパティを追加してるじゃないか。それも何枚だ?30枚くらいはある。皿の上がチャパティ・タワーになっている。たまらず僕はボスに「ありがとう。でももうお腹いっぱいだし、そろそろ帰らないと」と伝えると、「それを全部食べてウイスキーボトルを飲み干したら、ホテルまで送ってやる」と自分の食事は終えてテレビを見ながらボスは僕にそう言うのだった。「まじか」さっき覚えた小さな不安が「殺される?いやいや」「ウイスキーに何か混じってる?いやいや」と少しずつ大きくなり、頭の中でうずまく。でも、ここがどこだか分からないし、ホテルまで送ってもらわないことにはどうしようもない。僕は「まずは食べきるんだ」と不安を取っ払って決意した。でも、カレーはうまいと言えども、もともと少食の自分にはチャパティ30枚はかなりキツイ。それにウイスキーボトルも飲み干さなければならない。普通に考えればウイスキーボトルを一本飲み干したら確実に潰れてしまう。「潰れたところを身ぐるみ剥がすのか?いやいや。そんなのにこんな手間はかけないだろう」でも、潰れてしまっては何が起こるか分からない。食べる方は少食だがアルコールには多少自信があった。「自分は酔わない。自分は酔わない」と自分を信じ、チャパティをウイスキーで流し込む作戦を開始した。

僕は次々とチャパティをウィスキーで流し込む。そして何と、ものの30分くらいでチャパティ30枚とウィスキーボトル一本を空けた。多少、満腹感はあるものの、全く酔っていない。これを火事場の馬鹿力と言うのかと本気で思いながら、僕はボスに「ごちそうさま」と告げた。ボスは「そうか」と言い、「よし、戻るか」と僕が潰れなかったことを残念がる様子もなくーその様子に僕は少し安心したー立ち上がった。そして、僕はボスの奥さんに「シュークリア(ありがとう)」と伝え、とっておきのハーモニカを残し、二人はまた原付で夜道を走りホテルに戻った。ホテルに着くとボスは「明日、9時に迎えに来る」と僕に告げ、家に帰っていき、僕は部屋に戻った。

(前後のエピソードと第一話)

合わせて、僕のいまを綴る「偶然日記」もよかったら。「雄手舟瑞物語」と交互に掲載しています。


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