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『患者からの挑戦状』

僕が口下手になったのは、あの頃のいじめが原因だと思う。

でも、人が怖いから人と関わらない訳ではないんだ。

先生は僕を治せますか?

ねえ、先生?


『患者からの挑戦状』


「僕は昨日、他人と話せなくなった原因らしきものを見つけました。でもこれを先生には話したくない。」


「なんで?って、まあ、あれです。ゲームですよ。もし先生が導き出した答えと僕の考えが一致すれば、それが人と話さない真の原因って言えそうですし。」


「最初に言っておきますが、確かに私は5年前の中学3年生の時、いじめにあってました。その頃は対人恐怖的な面もあった。」

「でも、先生が僕に施した対人恐怖を克服するためのレッスンやカウンセリングは、殆ど効果がなかった。」

「つまり、今の僕は対人恐怖を克服しても尚、人とうまく話せないんですよ。」


「謝罪の言葉は不要です。別に今僕は先生を責めている訳ではないので。」

「今話しているのは、僕なりのヒントです。そこから、推測してください。僕が壊れた原因を。」


【過去のカルテ】

・渡辺トシキ、大学2年生。
・症状:孤立、自ら人と話そうとしない。
(しかし、人から話しかけられれば会話可)


・就活や社会に出る前に「自ら人に話しかけられられない」という性格を治したいという本人の希望で当院に通院。

・対人恐怖症←✕
・その他トラウマ←✕
・人に興味がない←✕
・会話の能力が低い←✕

・精神は安定している。会話も成立する。ただ、自ら人に話しかけられない。


「先生、過去のカルテとにらめっこしても、何も出てきませんよ。恐らくそのカルテには先生の推測が含まれてる。」

「それ、ミスリードって可能性ないですか?」


「悩んでますね。」

「ここでまたヒントを出します。これは以前にも話しましたが、僕はいじめを受けていた間も学校に通い続け、無事卒業しました。」

「僕はいじめに負けなかった。世の中には不登校になってしまう人もいる。でも僕は皆勤賞だった。」

「なんでだと思います?」


「はい?いじめの中身ですか?まぁ、ヒドイ言葉を浴びせられたり、クラスのみんなの前で恥かかされたり、机を廊下に出されたり、ですよ。」

「まさか、他の人より軽いいじめだったかどうかを探ってます?関係ないですよ、それ。」


「仕方ない。最後のヒントです。」

「僕は今もバイト先で少しいじめられてます。でも、全く心が傷つかないんです。凄くないですか?」

「それにしても、なぜこうも傷つかないんでしょうね?」






「ふふふ、分かったかな?」


「先生が今考えてる答えを紙にでも書いて、ぜひ僕に見せてください。」

「これは半分ゲームなので、別にとんちんかんな答えでも大丈夫ですよ。どんな結論を出したのか楽しみです。」



「はい。とりあえず今日の研修はここまでです。いかがでしたか?初めての模擬演習は。」

「今回の研修で私が伝えたかったのはたった一つ。決めつけについてです。」


「カウンセラーが患者さんのことを勝手にわかった気になって、無理やりあなたはこの病気だと決めつける。これは当然良くないことです。」

「あくまでも、治療を受けることになった原因はあなたの頭の中ではなく、患者さんの心の中に潜んでいるものだからね。」


「私達ができることは、その奥深くに眠った原因を、患者さんと一緒に探しに行って、和らげてあげることくらいなんですよ。」


「当院には毎日、理論やマニュアルが全く通用しない患者さんが来られます。今回みたいに、原因が二転三転して分かりにくくなってる方も多い。」

「だからこそ、決めつけは絶対にしてはいけないことなんですよ。」


「振り返ってみてください。あなたはあのカウンセリング中、何か決めつけていませんでしたか?」

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