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松場忠(石見銀山生活観光研究所代表取締役社長) - “ここにしかない”暮らしを体感する「生活観光」というあり方

editor's note
石見銀山エリアのそのままの暮らしを体感しにいくという “生活観光” をコンセプトに掲げた石見銀山生活観光研究所の松場忠さんへのインタビュー。

島根県大田市大森町のまち全体の風景は地域住民が一体となって守ってきたものです。守られ、受け継がれてきた風景としての生活と暮らしにどのように外から訪れる訪問者が触れることができるのか。松場登美さんと忠さんの実践から、まちに住む人も訪れる人も互いに幸せな関係を築いていくことの大切さを学びました。

「暮らし」は世界に誇れる遺産

「石見銀山生活観光研究所(※1)」という観光の会社を2年前に立ち上げて、コンセプトとして「生活観光」を掲げました。観光という言葉は手あかがついてしまっていて、当時は「なんで観光なの?」と散々言われました。でも語源を考えると、観光の意義はみなさんのイメージとは異なる部分にあると思いました。私たちはこの町での暮らしや生き方、ライフスタイルこそ「光っているものとして見てもらう」ために、あえて観光という言葉を使いたいと思っています。

関東圏内でも自然豊かなところはたくさんありますが、この土地の暮らしはここにしかありません。この土地に暮らしている私たちが、訪れてくれる方々と仲良くなることで、私たちの暮らしを垣間見て、感じてもらいたい。

築230年の武家屋敷に群言堂の創業者である松場登美が10年間暮らしながら形づくった理想の暮らしの場を宿にした「暮らす宿 他郷阿部家」には、友達の家に泊まりに来たような感覚がどこかあると思います。一緒に町を歩いたり、食事をしたり、町の人々とも会ってもらう。まさに暮らしにふれる体験です。居心地のよさや過ごしやすさ、世界観といったものは、家に入った瞬間から感じてもらえる部分があると思います。「家にようこそ」というふうに僕らはやっていきたいのです。

この町では朝散歩しているときに、小学生が「おはようございます」と声を掛けてくれたことがうれしいとか、「今時、熊鈴を鳴らしながら行っているのね」と気づかれたとか、そんなささいなことが当たり前にあります。そういったささいなことの集合体が、結局、心に残るものになっていくと思います。そう考えると、僕らが普段この町で暮らしていることが、もうそのままで価値になっていきます。

ここ大森町は、石見銀山の世界遺産登録のときにオーバーツーリズムになった経験があります。今から15年前、まだオーバーツーリズムという言葉も使われてなかった頃、普段暮らしている何げない通りが東京の竹下通りぐらい人にあふれていて、駐車場もパンクして路上駐車がいっぱいあるような状況でした。町としても大きく揺れ動いていた時期で、大森町の住民憲章(※2)を町の理念として制定したのもその時期です。

その憲章のなかには、「暮らし」という言葉が三回出てきます。この町には「暮らし」があるから、世界に誇ることができる遺産なんだ。歴史と自然を守りながら、そこでの生活や暮らし、ライフスタイルが今もあり続けることこそ大切にすべき価値で、そこを核にしてぶれることなくやりましょうということが、自然と住民の総意として決まっていったそうです。

それまでは地域の過疎化とともに、人が来てくれなくて悩んでいたので、お客さんが来てくれることはすごくありがたいことです。このような不便な場所にありながらわざわざ大森町を訪ねてきてくれる人がいる。だからこそ来てくれた方々には何か持ち帰ってもらいたい。でも人が多くなりすぎると、本当に自分たちの価値が提供できているかが悩ましくなっていきました。訪れる側、受け入れる側両方ともにありがたみを感じるちょうどいい量があると思っています。それは、町を維持していくための適量はどこか、ということでもあると考えています。


経年変化をしていく事業を

企業にとって売上が必要なのと同じく、阿部家やこの町にとっても維持していくためには売上・経済が必要です。ただし数をやみくもに追うのではなく、他の指標もあわせて設定しなければいけないと思います。今までの観光は、観光客数を追いかけて観光客をハントしていくあり方でした。これからの観光は「過ごす」ことに変わっていけたらいいと考えています。観光できるコンテンツを無理やりつくるよりも、その土地にあるものを生かして成り立つ方法を考えたほうがいいと思うんです。

この町には空き家がまだ70軒ほどあります。例えばアルベルゴ・ディフーゾ(※3)のように町全体をホテルに見立てて、楽しみながら空き家を直して、その直した場所に自分たちで住みながら「魂を入れる」という、(松場)登美さんが大得意なことをやれたらと思います。一般的なホテルや事業だと、できたときが完成で、そこから劣化していく考え方だと思いますが、できたときからどんどん継ぎ足されて、もっとよくなっていくような流れをつくれたら、古いものの価値が伝わっていきます。経年劣化ではなく経年変化していく事業をしていけたらいいと思うんです。気に入って住みたいという人がでてきたら、住んでもらったらいいと思いますし、何かにつながっていったら楽しいよなと。

仕事柄、研修などでさまざまなホテルや旅館に泊まることがありますが、すごくいい宿であってもそこはやっぱり「施設」なんです。効率やオペレーションを考えると、施設のほうが圧倒的にやりやすいわけです。部屋の稼働率を上げようと思ったら、同じような部屋を何個も作ったほうがいいに決まっています。でも古民家のような建物はもともとそうなってはいません。だとしたら土着としてあったその建物の形に合わせていくことのほうがいいのです。宿に置くものひとつをとってみても、物が放つ思想性というものがあったりします。そういったものの集合体で独自な価値になっている。一般的な観光産業モデルでは経済合理性が優先され、観光産業は文化を守るためにあるはずなのに、観光産業による経済モデルが文化を壊していることがもったいないなと思います。

僕は「旅人か村人か」という言い方をしていて、僕らがやっていることは村人戦略だと考えています。素晴らしい村とそこで誇りを持って暮らす村人がいれば、世界中から旅人が来て、世界中のことを教えてくれて、それが村に反映される。逆に、旅人たちは素晴らしい村に行きたいわけです。素晴らしい村に行って、いい村があったよと外に向けて伝えてくれるのが旅人の役割だと思います。その二つの軸を、お互い尊重し合えるような関係性がつくれると理想です。

石見銀山はもともとそういう場所だったと思うのです。かつてこの場所は世界の銀の三分の一の量が取られていた地域です。日本のみならず、世界のものや文化がここまでたどり着いていました。いろいろな文化の影響を受けながら、この土地や町の人がこの町の暮らし方らしい地域のあり方をつくっていたから魅力があった。銀鉱山の閉山で経済モデルが破綻することで、歴史的には一度地域のありようが揺らいだけれど、歴史的価値や地域景観、暮らす人々の地域愛などの土台はまだ残っていて、その土台をもとに、文化を受け継ぎながら、未来の形をつくろうとしているのが今だと思います。旅人が持ち込んでくれるものを一度きちんと受け止めながら、自分たちの置かれている環境で考えて、かたち化していく。そうすれば隣の芝生も青く見えません。隣の芝生が青く見えるとついつい自分たちの文化をおざなりにしてしまう。人の芝生と競争するよりも、自分のものさしがしっかりしていれば、それでいいのです。そのものさしを研ぎ澄ましていくということで、文化資源をもとにした新たな観光モデルが生まれてくるのではないかと考えています。

※1 石見銀山生活観光研究所…根のある暮らしを楽しむライフスタイルを提案する石見銀山群言堂グループ内で2019年に設立された。フランスのパ・ド・カレー県との観光連携など、複数のプロジェクトが進行している。
※2 大森町の住民憲章…世界遺産である石見銀山遺跡を守り、活かし、未来に引き継いでいきたいという願いから定められた住民憲章。
※3 アルベルゴ・ディフーゾ…イタリア語で「分散したホテル」を意味する。町の中に点在している空き家をひとつの宿として活用し、町をまるごと活性化しようとする取り組み。

松場忠(株式会社石見銀山生活観光研究所 代表取締役社長)
1984年生まれ、佐賀県出身。文化服装学院シューズデザイン科卒。シューズメーカーで靴職人として勤務。その後独立し、妻との結婚を機に妻の両親が経営していた群言堂に入社。飲食店の立ち上げ、広報、新ブランド設立など担当し、2019年地域観光に特化した株式会社石見銀山生活観光研究所を設立。

第四章 ランドスケープ・空間 - 考察
五感を刺激する風景・街並みが維持され、地域と訪問者をつなぐ拠点がある

第四章 ランドスケープ・空間 - インタビュー
地域をみるための “レンズとしての作品”
齋藤精一(パノラマティクス主宰 / MIND TRAIL 奥大和 プロデューサー)

「自然」「空間」「仏法」が調和する美意識の発信・創造の場
藤田隆浩・平井佳亜樹(西芳寺)

景色とともにある文化。景観が地域にもたらすもの
八木毅(SARUYA HOSTEL)

富士吉田が培ってきた織物産業の魅力に光を
勝俣美香(富士吉田市役所)

楽しい「暮らし」の提案が新しい観光を生み出す
平下茂親(SUKIMONO代表取締役社長)

家を舞台にした自分たちの物語、宿泊者と一緒にその物語を楽しんでいく
松場登美(群言堂 / 暮らす宿 他郷阿部家)

“ここにしかない”暮らしを体感する「生活観光」というあり方
松場忠(石見銀山生活観光研究所代表取締役社長)

文化庁ホームページ「文化観光 文化資源の高付加価値化」
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunka_gyosei/bunkakanko/93694501.html

レポート「令和3年度 文化観光高付加価値化リサーチ 文化・観光・まちづくりの関係性について」
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunka_gyosei/bunkakanko/pdf/93705701_01.pdf(PDFへの直通リンク)
これからの文化観光施策が目指す「高付加価値化」のあり方について、大切にしたい5つの視点を導きだしての考察、その視点の元となった37名の方々のインタビューが掲載されたレポートです。

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