見出し画像

松場登美(群言堂 / 暮らす宿 他郷阿部家) - 家を舞台にした自分たちの物語、宿泊者と一緒にその物語を楽しんでいく

editor's note
生活文化を暮らしに大切に取りこむ石見銀山群言堂を経営しつつ、築230年の武家屋敷に住みながら魂を込めて修復を重ねた「暮らす宿他郷阿部家」の松場登美さん。

魂を込める、という言葉の意味が他郷阿部家にいくとよくわかります。基礎が立派な武家屋敷であったとはいえ、土壁を崩して再度塗り直すところから始まり、今も更新をつづけている長い歴史をもつ一つの家の風景がもつ価値は計り知れません。暮らしとはこれほど豊かなものになりえるのか。そこにある暮らしの豊かさは、金銭による解決ではなく、生活の知恵や工夫によって成り立っているのです。

私は「きれい」と「うつくしい」は異なる意味を持つと思っています。一概には言えないけれど、「きれい」というのは表面的なことで、「うつくしい」は内面的なことや、精神性も含めて「うつくしい」と言うと思うんです。

昔の日本の暮らしは廃材すらも捨てず、再利用していたでしょう。それはとても「うつくしい」ことだと思うんです。そういうことの価値や知恵をね、ただ重い説教のように若い人に押しつけてもだめだと思っています。若い人が興味を持ってくれるような楽しさや「うつくしさ」を、私は大事にしたいと思っていて、できるだけごみを出さないことを、難しく考えるのではなくて楽しむというかね。

この町ではもともと古いものや遺跡を大事にしようという共通の意識がありました。町の人たちは昔からそのことに誇りを持っています。この町は小さな町で不便さもありますが、ふしぎとその不便さが面白さや楽しさに変わっていくんですよね。

障子の破れに和紙を継ぎ接ぎしていく

この阿部家(※1)にあるものも拾いものばかりです。台所にある椅子も廃校になった小学校のパイプ椅子だし、テーブルも階段の腰板をつないだもので、脚はトロッコのレールを再利用して作りました。お金をかけなくても面白いことはできますし、逆にお金がなかったからこそできたことだと思います。お金がないと物は買えない、物が買えないと工夫する、工夫すると知恵が生まれる、そんな循環があると思うんですよね。便利なものを否定しているわけではないんですよ。だけど、ちょっと不便でも風情が楽しめるものとか、環境をあまり悪くしないものを工夫しながら使っていきたいんです。いろいろと探り探りにね。

お部屋に飾る花にしても、この地域にある野の花を生けるだけですごく素敵なんですよ。「登美さんは花をぽんと折ったら、そのまま挿すだけだよね」とみんなはあきれますが、「人間が余計な手を加えないほうがいい、自然というのはすでに完成されたデザインなのよ」といつも言っています。そういうことが大事かなと思うので、この阿部家はできるだけ宿の施設という色を出さないで、本当の暮らしを感じていただける場にしたいと思ってやってきています。

私はよく「家の声を聴く」という言葉を使うんです。私がこういうしつらえにしたいとか、ここは藍染めのこういうものを使いたいというのはあるんですけれど、常に家に問うてみるのね。「ここに和紙のタペストリーを掛けてみようかしら。どう思う?」と友人にたずねたら、彼女が「掛けてみたらいい。家が選ぶから」と言ったんですよ。私は掛けてみて、どこか似合わないなと思って外しました。判断したのは私かもしれませんが、それを選んだのはこの家だと思って、そういう感覚がすごく大事だと思います。

最近も奥座敷にお風呂場を作りました。そしたら、なんと、後から次々に分かってきたことなんですけれど、かつてこの家が武家屋敷だった頃、ちょうどそこに来訪者用のお風呂場があったらしいのです。意識もせずに元に戻ったんですね。ふしぎなもんですよね。この家の声を聴いていると、自然とこのような空間やスタイルになっていきました。

ある方がね、「人間だから嫌な人もいるんだけど、ここに来るといい人になれるんだ」とおっしゃったんですよ。理屈じゃなくて感じるものによって、人間のいい面が出るような場が作れたらいいなと思います。実際、この阿部家に泊まられて、「人生変わった」という方は結構いらっしゃるんですよ。

家に限らず、私には自分の考えを世に問うてみたいという気持ちがあります。私も同席させていただいて、台所で一緒に夕食をいただくなんて宿はほかにないと思いますけれど、「こういうのどうですか」と、自分が感じたものを具現化して、問うてみたいのです。私たち世代が残さなかったら、伝えなかったら、消えていってしまうものも多いですから。この家を舞台にして自分たちで物語を作り、泊まりに来てくださる方々と一緒にその物語を楽しんでいく。そのような感じがすごく好きなんです。

1)暮らす宿 他郷阿部家…世界遺産・石見銀山にある武家屋敷を再生した宿泊施設。築230年の武家屋敷を再生した空間で、「他郷阿部家」は家主の松場登美氏が10年間暮らしながら形づくった理想の暮らしの場を宿とし、旅人同士が同じ食卓を囲む空間。

松場登美(株式会社石見銀山生活文化研究所 代表取締役所長)
1949年三重県生まれ。結婚を機に、夫の故郷である島根県大田市大森町(石見銀山)へ帰郷。1994年にライフスタイルブランド「群言堂」を立ち上げ、武家屋敷を改修した宿泊施設「暮らす宿 他郷阿部家」も運営。2021年には石見銀山の町を再生・活性化させた功績で総務省主催「ふるさとづくり大賞」内閣総理大臣賞を受賞。

第四章 ランドスケープ・空間 - 考察
五感を刺激する風景・街並みが維持され、地域と訪問者をつなぐ拠点がある

第四章 ランドスケープ・空間 - インタビュー
地域をみるための “レンズとしての作品”
齋藤精一(パノラマティクス主宰 / MIND TRAIL 奥大和 プロデューサー)

「自然」「空間」「仏法」が調和する美意識の発信・創造の場
藤田隆浩・平井佳亜樹(西芳寺)

景色とともにある文化。景観が地域にもたらすもの
八木毅(SARUYA HOSTEL)

富士吉田が培ってきた織物産業の魅力に光を
勝俣美香(富士吉田市役所)

楽しい「暮らし」の提案が新しい観光を生み出す
平下茂親(SUKIMONO代表取締役社長)

家を舞台にした自分たちの物語、宿泊者と一緒にその物語を楽しんでいく
松場登美(群言堂 / 暮らす宿 他郷阿部家)

“ここにしかない”暮らしを体感する「生活観光」というあり方
松場忠(石見銀山生活観光研究所代表取締役社長)

文化庁ホームページ「文化観光 文化資源の高付加価値化」
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunka_gyosei/bunkakanko/93694501.html

レポート「令和3年度 文化観光高付加価値化リサーチ 文化・観光・まちづくりの関係性について」
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunka_gyosei/bunkakanko/pdf/93705701_01.pdf(PDFへの直通リンク)
これからの文化観光施策が目指す「高付加価値化」のあり方について、大切にしたい5つの視点を導きだしての考察、その視点の元となった37名の方々のインタビューが掲載されたレポートです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?