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藤田隆浩・平井佳亜樹(西芳寺) - 「自然」「空間」「仏法」が調和する美意識の発信・創造の場

editor's note
1300年の時を経てその風景をつくりだしてきた京都・西芳寺の執事藤田隆浩さんと、西芳会責任者平井佳亜樹さんにお話を伺いました。人間の手がけた美意識と禅の価値観の集積である作庭という技術、仏法の教えや心の豊かさに連なって、人の手の及ばない自然現象が組み合わさってできたのが西芳寺の庭です。
近年では、アップル創業者のスティーブ・ジョブズが西芳寺にたびたび通っていたといいます。「自らに立ち還る場」としての庭。その心を後世に生かすために、途方もないスパンの視野で藤田さんは物事を見ています。今という時は長い時の流れのなかの一瞬間にすぎず、たまたま私たちは今この時を生きて、文化を預けられているにすぎない。そんな気づきを、西芳寺の経た年月が教えてくれました。

西芳寺の核心は「自然」「空間」「仏法」の3つだと考えています。西芳寺は何万年、何億年単位で形成されてきた「自然」の営みのなかにあります。境内に群生している美しい苔たちは人には左右できない自然の偉大な力と恵みによってこの地にもたらされました。西芳寺の「空間」は、1300年の歴史が織り成す重層性を持っています。時代時代の最新の思想や技術と掛け合わせてそれがまた深まっていく。そして、西芳寺は、法相宗、浄土宗、臨済宗と宗派が変遷してきた歴史がありつつも、聖徳太子に始まり行基、法然、夢窓国師と仏教における重要な人たちが関わり続けてきた「仏法」の源流と言える場所です。

ここ西山の西芳寺にも実は文化があり、華美な北山文化の下に築かれた金閣寺、わびさびの東山文化の下に築かれた銀閣寺は、両者とも西芳寺を模して作られました。室町以来続く日本文化の源流ともなった華美な文化とわびさびの文化、そのどちらをも抱きとめる存在であったのが西山の西芳寺です。文化を起点に歴史上の偉人たちが関わりをもち、最高峰の美意識と感性による文化的営みとともに形成されてきた空間がここにはあります。「自然」というものの捉え方、自然と調和する「空間」のつくられ方には、日本で古くから培われてきた美意識と感性が根底にあります。

西芳寺の作庭を手がけた夢窓国師は、「美意識の発信・創造」において、唯一無二である場所をつくりました。「盛りをば見る人多し散る花の後を訪うこそ情けなりけれ」という彼の歌があります。桜の盛りの時期だけではなく、散った後、葉桜になったときにもその美しさを感じる感性、つまり、「心に散らない桜を持っている」という心の豊かさについて歌ったものです。おそらく古くから日本には桜を年中愛でる感覚があり、月は欠けていてもたとえ新月であっても風流なものと感じられる心の豊かさがあります。

満開の桜に多くの観光客を呼ぶよりも、日本の大切にしてきた美意識や感性を世界に伝えていく、それが格好いいと感じることのできる世界をつくっていくことが大事だと思います。とくに今、日本が右肩下がりになりつつある時代に、受け継がれてきた美意識と感性に立ち還ることでみずからに誇りをもてるようにしていきたいのです。その受け皿となるような場を、思いのある人たちで再びつくり上げていくことができたらと思っています。

西芳寺の庭には禅の思想があり、どうやって込められたのですかと訊かれたことがあります。しかし、禅の思想は足せるものではありません。禅を生きる人間が、つくろうとしてつくったわけでもなく結果としてつくられたものが、この庭であった。そういうものだと思います。あとから足すようなものではなく、それはもう最初から入っているのです。そのようなことが、ここ西芳寺でこれからの時代においても可能だと考えています。ここに集う人びとが「自然」「空間」「仏法」の核心に無意識のうちに触れ、気づきやインスピレーションを受けることで、他に生かしていく。そしてまたここに帰ってくる。そんな循環が生まれていくように、共感する人たちの輪を広げていきたいと思っています。

©Akira Nakata

1)西芳寺…約120種類もの美しい苔で知られる京都市西京区にある臨済宗の仏教寺院。自然が持つ偉大な力や恵み、そして核心にある仏法の教えとともに、「自然」「空間」「仏法」が調和する美意識の発信・創造の場を作り出してきた。
2)夢窓国師…鎌倉時代~室町時代に活躍した禅僧。夢窓疎石という名で、「夢窓国師」は後醍醐天皇から与えられたもの。西芳寺庭園(苔庭)、天龍寺庭園をはじめとして世界遺産にも選ばれている庭園を複数手がけている。

藤田隆浩(宗教法人西芳寺 執事 兼 一般社団法人西芳会 代表理事)
平井佳亜樹(一般社団法人西芳会 責任者)

一般社団法人西芳会は1300年の歴史を持つ世界文化遺産・西芳寺(苔寺)を支援する組織。檀家の無い西芳寺を後世に継いでいくために、「現代の寺院の在り方」を日々模索しながら、現代人と寺院の新たな関係性構築に邁進し、共感する人たちの輪を広げていく。

第四章 ランドスケープ・空間 - 考察
五感を刺激する風景・街並みが維持され、地域と訪問者をつなぐ拠点がある

第四章 ランドスケープ・空間 - インタビュー
地域をみるための “レンズとしての作品”
齋藤精一(パノラマティクス主宰 / MIND TRAIL 奥大和 プロデューサー)

「自然」「空間」「仏法」が調和する美意識の発信・創造の場
藤田隆浩・平井佳亜樹(西芳寺)

景色とともにある文化。景観が地域にもたらすもの
八木毅(SARUYA HOSTEL)

富士吉田が培ってきた織物産業の魅力に光を
勝俣美香(富士吉田市役所)

楽しい「暮らし」の提案が新しい観光を生み出す
平下茂親(SUKIMONO代表取締役社長)

家を舞台にした自分たちの物語、宿泊者と一緒にその物語を楽しんでいく
松場登美(群言堂 / 暮らす宿 他郷阿部家)

“ここにしかない”暮らしを体感する「生活観光」というあり方
松場忠(石見銀山生活観光研究所代表取締役社長)

文化庁ホームページ「文化観光 文化資源の高付加価値化」
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunka_gyosei/bunkakanko/93694501.html

レポート「令和3年度 文化観光高付加価値化リサーチ 文化・観光・まちづくりの関係性について」
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunka_gyosei/bunkakanko/pdf/93705701_01.pdf(PDFへの直通リンク)
これからの文化観光施策が目指す「高付加価値化」のあり方について、大切にしたい5つの視点を導きだしての考察、その視点の元となった37名の方々のインタビューが掲載されたレポートです。

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