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山内ゆう(紙布織家) - 近代化の過程で失われた文化と地域のアイデンティティ

editor's note
一度は失われた工芸である紙布織(和紙から糸作りをして織り上げる布)を再びよみがえらせることで、文化によって培ってきた人々の精神や、土地との繋がりを取り戻すことをめざし、紙布織家として島根県に染織工房を立ち上げた山内ゆうさん。
工芸の技術を復活させるだけでなく、人の営みや記憶に息を吹きこむような作品を手がけようとしていると、後日伺いました。月日の過ぎ去ったカレンダーを収集し、そのカレンダーの紙を裂いて撚って糸にして、布に織りこんでいくのだと。時の経過の中で降り積もった忘却の埃を吹き払い、人の営み、記憶という文化に寄り添って生かそうとする山内さんの心がそこには宿っているように思えます。

島根県石見地方の特産品である石州和紙を使った紙布という布は、かつてはこの地域の人々にとって当たり前にあるものでした。しかし、その生産は100年前に途絶えました。理由は廃藩置県、産業革命、都市集中型生活など、一言で言えば「近代化」にあります。そういった流れのなか、時間をかけて一枚の布を作る行為が時代遅れとして葬り去られたのは当然だといえるでしょう。人は近代化によって、時間や季節に左右されずに欲しいものを欲しいときに手に入れられるようになりました。今の私が山奥でも便利に暮らしていられるのは、先人たちがそれを願い、実現してくれたおかげです。しかしながら、文化には、機能性や便利さとは違う意味があると感じます。

石見地方では和紙の生産が盛んだったから、和紙を使った布を作る……近代化以前はそんなふうに土地の環境と、そこで生み出されるものには関連があったのですが、時代の変化、そして人々の心の変化によって、その関連が断たれることが日本中で起こりました。つまり、土地の環境と関係なく、均一なものが平等に行き渡るようになったわけです。どこかの工場で作られたものが、全国に届けられる。そこには、土地固有の特徴や文化と呼べるものはありません。私たちが均一な工業製品を使うとき、「この土地に暮らす私」という本来持つべきアイデンティティが置き去りにされているのではないでしょうか。

18世紀のフランスで提唱された「ミリュー(風土)説」というものがあります。それは、芸術を含めたもろもろの文化的事象は「風土」「人種」「時代」といった要因によって、それを生み出す基本的精神が作られるという説です。現代という「時代」においては、土地固有の「風土」は知覚されなくなり、それにより「人種」の個性もなくなったと考えることもできます。

島根県の人からすると、神奈川県出身の私はよそ者かもしれませんが、私はこの場所が大好きです。その理由のひとつとして、ここには石州和紙をはじめ、昔の文化が今も生きている点が挙げられます。ここで、文化とは何かを考えたとき、それはひとりひとりの記憶の集合体であり、共通認識(社会的ネットワーク)だといえます。たとえば、今出会えるみなさんの記憶を入り口にして、土地と文化が密接に結びついて成り立っていた頃の記憶にアクセスし、その記憶とともにひとつの文化の象徴として石州和紙による紙布を制作することで、以下を実現するためのメッセージが発信できないかと仮定を立てました。

1.自分たちの文化を培ってきた精神を取り戻す。

2.自分たちの「人種」を取り戻す。

3.土地とのつながりを取り戻す。

こうしたことが現実のものとなったら、この場所は、よそからみて、まぶしいくらいに魅力的な土地になるはずです。そのために私はこの先も、ここで手を動かし続けていこうと思っています。

山内ゆう(紙布織家/ しふおりか)
1991年、神奈川県に生まれる。東京や京都で和裁、染織の技術を学び、島根県安来市の出雲織工房に入門。その後、地域おこし協力隊として島根県川本町に移住し、染織家として独立。石州和紙による紙布を試作したところ、その魅力に取り憑かれ、紙布を制作の主軸と決めた。2022年、「紙布織 山内」設立。

紙布織 山内
https://shifuori.com/

第三章 地域文化の固有性 - 考察
地域文化の固有性 - その地域ならではの豊富な文化が存在し、その価値に触れられる状態にある

第三章 地域文化の固有性 - インタビュー

300年の歴史ある地域文化に、自身が取り組む意味とは
- 谷口弦(名尾手すき和紙 / KMNR™主宰)

近代化の過程で失われた文化と地域のアイデンティティ
- 山内ゆう(紙布織家)

神楽の本質を伝え、文化を継承していく
- 小林泰三(石見神楽面職人)

地域の魅力を発見していく起点としての「美術館」
- 杉本康雄(青森県立美術館長 / 青森アートミュージアム5館連携協議会)

地域の人々が生活から醸し出す不可視な文化、そこに触れる場所としての「美術館」
- 吉川由美(文化事業ディレクター)

回っていく、つながっていく、引き継がれていく人、場所、アーティストの信頼関係
- 向井山朋子(ピアニスト / アーティスト / ディレクター)

観光の真ん中で「文化の祭典」を構築する
- 河瀨直美(映画作家 / なら国際映画祭エグゼクティブプロデューサー)

地域を知るなかで立ち上がってくる身体、言葉をパフォーマンスに凝縮させる
- 森山未來(ダンサー / 俳優)

文化庁ホームページ「文化観光 文化資源の高付加価値化」
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunka_gyosei/bunkakanko/93694501.html

レポート「令和3年度 文化観光高付加価値化リサーチ 文化・観光・まちづくりの関係性について」
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunka_gyosei/bunkakanko/pdf/93705701_01.pdf(PDFへの直通リンク)
これからの文化観光施策が目指す「高付加価値化」のあり方について、大切にしたい5つの視点を導きだしての考察、その視点の元となった37名の方々のインタビューが掲載されたレポートです。

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