小林泰三(石見神楽面職人) - 神楽の本質を伝え、文化を継承していく
「祈り」「感謝」「感動」「創造」
石見神楽のお面の制作や修理、復元をしながら、今までになかったお面の創作、お面の材料である和紙を使った球体作品の制作、インバウンド観光客向けの絵付け体験など新しい試みに私は取り組んできました。面を作る職人にとどまらず、職人としての可能性を広げていきたいと思っています。ただ、神楽に関わる職人としての本質を外さないために、「祈り」「感謝」「感動」「創造」を心の軸とし、仕事に取り組んでいます。これは陶芸家の河井寛次郎さんを特集する番組で聞いた言葉で、職人としてだけではなく一人の人間として大事な言葉だと感じ、私自身もいつも胸にとどめているのです。
EXILEのÜSAさんともコラボレーションしたことがあるのですが、ÜSAさんが世界中をダンスで巡る旅をしていたときに、海外のダンサーから「おまえの国の踊りをやれ」と言われて、日本の踊りを知らないことにショックを受けたそうなんです。翌年から日本を回る旅を始めることにして、そのスタート地点にこの島根を選んでくれました。出雲大社に参拝し、歌舞伎の創始者である出雲阿国の墓に参ってから、温泉津に宿泊して夜神楽を見に来てくれました。ÜSAさんはすごく感動してくれて、それからもプライベートでいらしたとき、仕事ではなく個人的に神楽の舞の基本を教えてほしいと言われたことがありました。ÜSAさんの神楽に対する姿勢は真剣そのもので、この人は表面的なものでなく、芸能の本質的なところを追求したいのだと確信したんです。私にとって、ÜSAさんは石見神楽の本質を分かち合える存在だったと思います。
一方、宴会で酒を飲みながら神楽を見るという旅行プランの依頼が来ることもあるのですが、ご飯を食べて酒を飲みながら神楽を見られることに対しては、何ともいえない違和感があります。場は盛り上がるのですが、私たちの大切にする神楽とは違うものだと感じます。旅行会社はお客さんのニーズにあわせてツアーを販売しているのだと思いつつ、それが石見神楽だと認識されてしまうことは、お客さんにとっても神楽とのいい出合いではないように感じるからです。本来は神社への奉納神楽なのだから、みなさんが神社に足を運んで見に来てくださいというふうに促すようにしています。本物の一番いい形で神楽を体験してほしいのです。
企画する側の意図によって、お客さんの層は決まる
石見神楽の団体は130~150団体あり、神楽に対する価値観は団体ごとによってさまざまです。どちらがいい悪いとか、正しい間違っているではなく、この団体はこういうスタイルでやっている、ということでしかありません。けれど、お客さんを喜ばせるためならば何でもしていいかといえば、そうではありません。振り返りの場がないと、とかく本質がぶれてしまいます。演目が終わったあとに「今日のあの場面はもっとこうしよう」と、言い合える関係があることが重要です。お客さんとの関係にしてもそうだと思います。
神楽の価値や技術を高めていくことは僕たちの努力次第ですが、同時に神楽とは何かをお客さんに理解してもらうことも大切なんです。お客さんの層は自然と、やる側の思っていること、やりたいことに応じたものになっていきます。神楽の本質をきちんと伝えた上で、その場でしか生みだせない臨場感や感動を楽しんでもらう。それが、文化をよく継承していくために重要なことです。
僕たちにとっては小さいときから神楽が身近にあり、みんな神楽が好きで、自分の意思で団体に入団しています。神楽との付き合い方は人それぞれですが、神楽一つで、実は目に見えないさまざまなことが成長して、僕たちの中に醸成されていると強く感じます。神楽団は団員の情報交換の場でもあり、だらだらしている何でもない時間がすごく重要だったりもします。大雨が降ると水害がよくある地域なので、災害の情報なんかも共有し合ったりすることがあります。石見神楽は僕たちの生活の一部であり、世代を超えた大きな家族、つまり「ふるさと大家族」でありますから、次の世代につなげていきたいと思っています。
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