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涼花の火炎:ショートショート

 生きれば生きるほど、世界を知れば知るほど、涼花は世界というものがわからなくなってくるようだった。それはまるで、作品が出来上がるにつれて行き詰まっていく芸術家にも似ていた。もしそれが彼の晩年であったなら、なんたる悲劇だろうか。集大成が完成間近だというのに、当初に彼がイメージした美とは大きくかけ離れ、さりとてもう一からやり直す時間も体力も残されていないのだ。

 あるいは知識という面で見れば、知るという行為が、何かを築きあげる行為ではなく、むしろ世界の一つ一つを完膚なきまでに破壊して、後には何も残さない、という、再生を伴わない不可逆の創造、もしこんな矛盾した概念が許されるのなら、それは無の創造なのではないかと思えるほど、彼女は虚無感に打ちひしがれていた。

 もう生きていてもしかたない。怖いとか、苦しいとか、そういうことではない。意味がないのだ。

 そう思って彼女は、山奥の渓流までやってきた。人の姿がぽつぽつ見えたので彼らが消えるまで待つことした。

 二、三の釣り人が、遠く放ったルアーに魚が食いつくのを待っている。

 彼女は釣りの趣味を理解できない質だったが、こうして眺めているとますます退屈に思えてきた。
 しかし考えようによっては、自分も釣り人だったかもしれない、と彼女は類似を見た気がした。いったいどんな餌を放ったのか、ありがたいことに虚無を釣り上げてしまったのだ。

 彼ら釣り人たちは、捕らえた魚をどうするだろう。焼いて食べるか逃がすかの二者択一だろう。願わくば自分も、この虚無をあの渓流のなかへ放してやりたいものだが、自分の肉体もろとも流さなければならないようだ。

 串刺しにして焚火で焼きつけるのはどうだろう。焼き魚ならぬ焼き虚無はどんな味がするだろう。塩加減しだいか。

 めらめらと燃え盛る炎を想像してみた。実体のないものを燃やすのに、実体のある炎が必要だろうか?

 強まる一方の焚火が、その枠を超えて、辺りへ延焼してゆく。あっという間にそこらが火の海となり、木々が炎に包まれ、数多の枝葉が灰と消えてゆく。

 もう何も残らない・・・すべて灰になる・・・

 赤々と、熱がすべてを焼き尽くす。理性がそうするように。

・・・———

———しかししぶとく消えようとしないものがある・・・

 それなのに、これ以上、空想の焔に酸素を吹き込んで烈火を浴びせるには、想像力が足りなかった・・・彼女の想像力は、もう酸欠状態だった。

 ———それなのに、幹がまだ残っている。焦げた幹が、真っ黒に。炎に焼かれ、黒焦げにはなっても、消えることはなかったのだ。相変わらず大地に根を張り、しっかりとそこに残っていた。
 まるで虚無を嘲笑っているかのように、ニヤリと笑みを浮かべてそこに残っていた。

( ´艸`)🎵🎶🎵<(_ _)>