SFラブストーリー【海色の未来】8章(前編・上)
過去にある
わたしの未来がはじまる──
穏やかに癒されるSFラブストーリー
☆テキストは動画シナリオの書き起こしです。
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数日後──
午前中の家事を終えたわたしは、客間で海翔くんの作曲を手伝っていた。
「ここの小節から、ピンとこないんだよな」
海翔くんがギターを弾いていた手を止め、修正だらけの楽譜を見ながらため息をつく。
「やっぱなんか違うな。比呂はどう思う?」
「もしかしたら……思い切って転調してもいいのかも。たとえばだけど、こんなふうに」
わたしは、オルゴールのメロディにならないように気をつけながら、ピアノで少し弾いてみせる。
すると海翔くんが、なるほどねとうなずいた。
「転調か……うん、そうだな。やってみる」
海翔くんはなにかをつかんだらしい。
ギターでさまざまなメロディを試しだす。
──完成した曲は知ってるけど、これは海翔くんの曲。
──海翔くんが自分で思いつかないと……。
──ヒントの出し方、難しいな。どんなふうにリードしていけばいいんだろう……?
思い悩んでいたとき、海翔くんのギターが聞きおぼえのある旋律を奏でる。
──このメロディ……オルゴールのメロディだ……!
「それだよ、それっ!」
「なっ!?」
急に叫んだものだから、海翔くんがギターを落としそうになった。
「お、驚かすなよ……」
「ご、ごめん……」
「でも……今の、やっぱ比呂もいいと思うよな?」
「うん、とってもいい!」
「よし、これでいこう」
海翔くんは嬉しそうに楽譜を手に取り、さっそくメロディを書きとめる。
──よかった。この調子なら、すぐ完成しそう……。
だけど、それはあたり前のことなのかもしれない。
もともとあの曲は、ほかの誰でもない、海翔くんが作ったものなのだから……。
「あ、そろそろバイトだ」
壁時計を見て、海翔くんが立ちあがる。
「ホントだ。急がないとね」
「続きは、また帰ってからってことで」
「うん、わかった。いってらっしゃい」
海翔くんは行こうとしたけれど、立ち止まり、振りかえる。
「あのさ……」
「なに?」
「オーディション、比呂も一緒に出てくれるって……そう思っててもいいんだよな?」
愛想のかけらもない口調。
こういうとき、海翔くんは照れている。
いつの間にか、そんなことが自然とわかるようになっていた。
「もちろん。今さらなに言ってんの?」
小さく笑ってうなずく。
「……だよな。ホント、早く曲作って練習しないと……。ったく、忙しいな」
海翔くんはぶつぶつ言いながら、部屋を出て行った。
──なんだか、かわいいな。
つい、吹き出すように笑ってしまう。
だけど、海翔くんのいなくなった部屋にひとりいると、急に現実へと引きもどされる。
──オーディションか……。
オーディションには海翔くんと出ようと思う。
問題はそのあとだ。きっと、海翔くんはオーディションに合格する。
うまく海翔くんにだけ契約の話がくればいい。
だけど、もしもデュエットでデビューとなれば、大変なことになる。
身元を証明できないわたしには、芸能活動なんかできるはずもない。
わたしは、本当はここにいない人間。
海翔くんはそのことを軽く考えすぎている。
世間とか社会とか、そんなものは、がむしゃらにやればどうにでもなると思っている。
──だから……オーディションが終わったら、すぐにここを去ろう。
──海翔くんがふたりで歌っていくことをあきらめてくれるように……。
そう思った瞬間、ギュッと胸が痛んだ。
──なんだろ……この感じ……。
想像以上に、海翔くんとの別れがつらいのが意外だった。
──ちょっと古葉村家の人たちと仲良くなりすぎたのかな。
苦笑いしながら、鍵盤の蓋を閉じる。
──さてと、買い物に行くとしますか……。
立ちあがりながら、ピアノ横に置いておいた腕時計を取ろうとした。だけど……
──あれっ、変だな……ここに置いたと思ったのに。
そこにあるはずの腕時計がなくなっている。
──確か、ピアノを弾く前に外して……。
──どう考えても、なくなるわけないんだけど。おかしいな……。
音楽スクールに通っている頃に買った、それなりに思い出もある時計だった。
しばらく辺りを懸命に探したけれど、結局、腕時計を見つけることはできなかった。
夕方、マサミチさんとサンルームでお茶を飲みながらおしゃべりしていると……
「ただいまーっ!」
玄関ホールからバタバタと足音が聞こえ、学校帰りの美雨ちゃんが飛びこんできた。
「美雨ちゃん、おかえりなさい」
「おかえり、美雨。なにをそんなにあわてて──」
「おじいちゃん! おこづかいちょーだい!」
美雨ちゃんは言うなり、後ろからマサミチさんに抱きついた。
「いきなりどうしたんだい?」
「今日、神社のお祭りでしょ? クラスの子たちといっしょに行くの!」
──へえ、お祭りがあるんだ……。
「美雨ちゃん。せっかくだから、思いっきりおねだりしちゃえば?」
「うん、そうする!」
わたしの冗談に、美雨ちゃんが大真面目にうなずく。
「ははっ、いくら欲しいんだい?」
「いくらかって言われたらね……もちろんたくさん欲しいけど、多すぎたらダメでしょ?」
「そりゃそうだよ」
「だよね……」
ちらちらとマサミチさんの反応をうかがう美雨ちゃん。
そして、そんな美雨ちゃんがかわいくて仕方がないという顔のマサミチさん。
──マサミチさん、美雨ちゃんにならいくらでもあげちゃいそう……。
ふたりの様子を微笑ましく眺めながら紅茶を飲んでいると……
「じゃあ、一千万円ちょうだい!」
いきなり美雨ちゃんが叫んだ。
「いっ、一千万!?」
思わず紅茶を吹き出しそうになる。
「一千万か。はいはい、了解」
「りょ……っ!? マサミチさん!?」
あわてふためくわたしをよそに、マサミチさん
スラックスのポケットから平然と長財布を取り出した。
──一千万もの大金、ど、どうやって? あっ、も、もしかして……
──カード払い!?
──お金持ちの子どものおこづかいって、まさかのブラックカード決済!?
絶句しているわたしの前で、マサミチさんは財布を開き、
美雨ちゃんに千円札を手渡した。
「ありがとう、おじいちゃん。ホントに千円くれるなんて、今日は気前がいいね!」
「お祭りだからね。特別だよ」
──千円……。ふたりとも冗談言ってただけだったのか。びっくりした……。
──ケタ違いのお金持ちの冗談って、冗談に聞こえない……。
「みんなが喜ぶから、流風も連れてくね!」
「ああ、それがいい」
「流風、部屋にいるかな? 誘ってくる!」
美雨ちゃんはダッシュでサンルームを出て行った。
未だにわたしが脱力していると、マサミチさんが笑顔で肩をすくめる。
「五百円は五百万円。千円は一千万円。あのやり取りが、美雨の中で今ブームなんですよ」
「そうだったんですね。一瞬、本気にしそうになりました」
「ははっ、比呂さん、それは素直すぎますよ」
「ええ、ホントに……」
マサミチさんと顔を見合わせ、笑ってしまう。
「流風も行くなら、こづかいをやらないといけないな」
「流風くん、美雨ちゃんのクラスの子と友だちなんですね。
ずっと家で難しい講義を受けてばかりなのかと思ってたので、ホッとしました」
「学校には行ってないけど、流風は誰とでもすぐ仲良くなれるんですよ。
大人だろうと子どもだろうとね」
「あ……確かに」
はじめて出会ったとき、流風くんはなんの警戒心も持たずにわたしに近づき、あっという間に親しくなってしまった。
それは流風くんの無邪気さがそうさせるのかと思っていたけれど、
今はそれだけじゃない気がしている。
無邪気さというより、流風くんに人を包みこむような深さがあるからなのかもしれない。
──ホントに流風くんってすごい……。
「頭もよくて、誰とでもすぐ親しくなれて……流風くん、どんな大人になるのか楽しみですね」
「……そうだね」
そう言うマサミチさんの笑みは、どことなく寂しげに見える。
──マサミチさん……?
でもそれはほんの一瞬の出来事で、マサミチさんは、もう美味しそうに紅茶を飲んでいる。
──今のなんだったのかな。気のせいだったかもしれないけど……。
「ところで、比呂さんはお祭りを見に行かないの?」
「えっ? あ、わたしはお夕飯の支度もありますし……」
「僕のことは気にしないで。比呂さんが来るまで、お手伝いさんがいない日は自分で適当にやってたんだから。
海翔とふたりで行ってきたらいいですよ」
「かっ、海翔くんとっ!?」
びっくりして心臓が跳ねあがり、気がつけば叫んでいた。
「……僕、そんなに驚かせるようなこと言ったかな?」
マサミチさんがキョトンとわたしを見る。
「あ、いっ、いえ……」
──やだな。なにあせってるんだろ……。
「比呂さん、今朝も客間で海翔の作曲を手伝ってくれてましたよね。
いつも海翔に協力してくれてありがとう」
「お礼なんて……わたし、ほとんどなにもしてませんし……」
「比呂さんがそばにいてくれるだけで、海翔はきっといい曲が作れる。
それに……海翔だけじゃなく、この家のみんなをいつも気づかってくれて本当にありがとう。
比呂さんは偶然、うちにやって来たけれど……あなたは古葉村家にとって、大切な人ですよ」
「え……あ……ありがとうございます……」
──マサミチさんが、そんなふうに思ってくれてるなんて……。
嬉しさと照れくささで、うつむいてしまう。
「流風の考えることは、やっぱりいつも正しいな」
しみじみとマサミチさんがつぶやいた。
「正しい……?」
──そういえば、流風くんがわたしをここに住まわせようってマサミチさんに言ってくれたんだっけ……。
──その提案を、マサミチさんがあっさり受け入れて……。
──流風くんが天才少年だから、マサミチさんは流風くんを信頼してる……?
──違う……ような気がする。
──きっと流風くんには、わたしの知らないなにかがあって、マサミチさんはそれを知っていて……
そのとき、玄関のドアが開く音が聞こえてくる。
「あ、海翔がバイトから帰ってきたようだね」
「え……」
ドキッとして入り口のほうを見ると、海翔くんがあらわれる。
(BGM・効果音有り)動画版はこちらになります。
https://youtu.be/lizHMN5TFzE
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お読みくださり、ありがとうございます。
【海色の未来】マガジンもございます。目次代わりにお使いいただけると幸いです。
https://note.com/seraho/m/ma30da3f97846
4章までのあらすじはこちら
https://note.com/seraho/n/ndc3cf8d7970c
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