SFラブストーリー【海色の未来】7章(後編)
過去にある
わたしの未来がはじまる──
穏やかに癒されるSFラブストーリー
☆テキストは動画シナリオの書き起こしです。
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真夜中にふと目がさめてしまい、わたしはキッチンへ下りてきた。
──なにか飲んでから寝よう……。
そのとき──
急にキッチンのペンダントライトの明かりがつく。
「わっ!?」
「うわっ!? ……なんだ。比呂か」
明かりをつけたのは、海翔くんだった。
「か……海翔くん、いたの……」
──顔見るの、何日ぶりだろ……。
ここ数日、海翔くんは食堂にも下りてこないし、バイトにも知らないうちに行ってしまっていた。
部屋まで食事を運んでも、いつも作曲に集中しているから、名前を呼ぶことすら久しぶりだった。
──なんか……緊張する。
気持ちがそわそわして落ち着かない。
「こ、こんな夜中にびっくりさせないで」
「……そっちこそ」
ペンダントライトの弱い光で照らされている表情が、どことなく疲れて見えた。
「お腹……すいたの?」
「ちょっとね」
海翔くんは冷蔵庫の扉を開け、中をのぞき込む。
「あ、プリンだ。これ食べてもいいのかな」
「うん、いいよ」
すると海翔くんは容器についていたスプーンで、あっという間にプリンを食べてしまった。
「ごちそうさま。うまかった」
「そのプリン、マサミチさんが散歩に行ったついでに買ってきてくれたんだよ」
「ふうん。じいさん、今日もヒマだったんだな。たまには会社に顔出せよってカンジ」
「会社って?」
「じいさんの会社。いくつ持ってるかは忘れた。
なにもしなくても勝手にまわってるからって、遊び呆けてんだよな」
「すごいなあ……。でもきっとマサミチさん、海翔くんの知らないところでいろいろお仕事されてるんだと思うよ?」
「さあ……どうだろ」
そこでわたしたちの会話が途切れてしまう。
──なにを……言おう……。
オーディションのことに触れてもいいのか、それとも今は違う話をしたほうがいいのか……
考えがまとまらず、無口になってしまう。
しばらく沈黙が流れたあと、海翔くんが口を開いた。
「……あのさ」
「な……なに?」
「ごめん……」
「えっ?」
いきなりあやまられたことに戸惑いながら、海翔くんを見つめる。
海翔くんは、なぜか悔しそうに唇をかみしめている。
「どうしたの……?」
すると、返ってきたのは思いがけない言葉だった。
「曲が……作れない」
「作れないって……どういうこと?」
「曲の形にはなったんだけど……なにかが違うんだ。
どこか……俺が本当に作りたいものじゃない感じがして……」
途切れ途切れになる声は弱々しくて、誰か知らない人の声のように思える。
「それに比呂も俺と組むの、乗り気じゃねえみたいだし……だからもう……この曲はあきらめたほうがいいのかもしれない。
俺、さんざん偉そうなこと言ったけどさ……。でも……」
海翔くんはすべてを言い終わらないうちにうつむいた。
キッチンは静まりかえり、冷蔵庫の低いモーター音が響いている。
海翔くんは黙ったままで、言葉を続けようとしない。
──海翔くん……。
昨日と同じ服。
くしゃくしゃの髪。
疲れきった表情……。
今にも崩れ落ちそうな姿に胸が痛んだ。
そして……少し怒りにも似た気持ちがわきおこる。
気がつけば、わたしは海翔くんに歩みよっていた。
「海翔くん……それでも曲、いちおうできてるんだよね?」
わたしの強い口調に、海翔くんがちょっと後ずさる。
「ま……まあね……。でも、比呂を納得させるような曲にはならなかった。
歌詞も気に食わない。俺には……ムリだった」
──ムリ? なんなの、それ……!?
海翔くんらしくない、ボソボソとした言い方に、わたしの頭の中でなにかが切れた。
「ちょっと! 自分が言ってること、わかってる!?」
「えっ……?」
唖然とした顔を向けられても、わたしの勢いは止まらない。
「人にガンコだとかなんとか言っといて!
俺も負けないって宣言したでしょ!?
なのに泣き言吐いて逃げるつもり!? だらしないなっ!」
「ひ……比呂……?」
「できたところまででいいから、さっさと聴かせなさいよ!」
ほとんど叫ぶように言ったあと、ハッと我に返る。
「比呂……怖すぎ……」
わたしに壁まで追い詰められた海翔くんが……
まるで天敵に出くわした小動物みたいにおびえていた……。
結局、テラスで曲を聴かせてもらうことになり……
わたしはキッチンでの発言をちょっと後悔しながら、海翔くんがギターを取ってくるのを待っている。
──強引だったかな。それに、考えもなしにいろいろ言いすぎたかも……。
そこへ、海翔くんがやって来た。
海翔くんは庭のガーデンチェアを引きよせて腰を下ろすと、ギターを膝に置く。
「なんで、こんな夜中にテラスで弾かされるんだよ?」
いつものちょっとふてぶてしい調子にもどっていることに、いくらか安心する。
「部屋にこもりっぱなしはよくないよ。とりあえず気分転換しなきゃね」
すると、海翔くんが肩をすくめる。
「……なんだ。俺、ロマンチックを求められてるんだと思った」
「なにそれ?」
「星、出てるし」
「星……?」
空を見あげる海翔くんに、わたしもならう。
「わ、ホントだ……」
都会とは違う澄んだ夜空に、おびただしい数の星がまたたいている。
「きれいだね。ははっ、うん、言われてみればロマンチックかも」
わたしは笑い、海翔くんも素直な笑みを見せる。
「星がきれいなのが、田舎のいいところだな。
こんだけ数えきれないくらいの星見れば、どんな問題も大したことじゃないってイヤでも思える」
「うん……」
ふたりで星空を眺めていると、海翔くんが口を開く。
「俺……最近ちょっと自分、追いこみすぎてたのかな」
そして、ふうっと小さく息を吐いた。
「短気おこさないで、もう少しがんばってみるか」
「海翔くん……。そうだよ、あせらなくていいんだから」
──海翔くんの表情、さっきまでと違う。
──いくらか吹っ切れたんだな。よかった……。
「……マジ、中途半端な出来なんだけど聴いてくれる?」
「もちろん! ……あ、楽譜は?」
「おぼえてる」
「そう……じゃあ、いつでもどうぞ」
「うん……」
海翔くんはうなずくと、ギターを静かにつま弾きはじめた。
前奏が流れたあと、聴きおぼえのあるメロディに海翔くんが歌詞をのせる。
歌はラブソング。
恋がはじまったばかりの淡い気持ちが伝わる、素敵な歌詞だった。
だけどサビの部分のメロディは、何度も聞いたオルゴールの曲とはところどころ違っている。
やっぱりそこが物足りなく感じてしまう。
それでも、曲はもうすでに強烈なきらめきを隠し持っている。
──あと少しなんだ……。あと少しで、完成する……。
そのとき、流風くんの言葉がよみがえる。
『自分の心に聞いてみればいいんだよ』
──自分の心に……。
曲はまだ終わってはいないけれど……
もう答えは決まっていた。
海翔くんがギターを止めて、わたしを見る。
「もしかして……泣いてる?」
「うん……少し」
「……なんで?」
「嬉しいんだ、わたし」
「嬉しい?」
「海翔くんが曲を作りあげるそのときに、一緒にいられるのが」
「え……? それって、もしかして……」
目を見はる海翔くんに、わたしはうなずく。
「曲作り、協力させて。わたし……海翔くんと一緒に歌いたい」
「……本気?」
「もちろん、本──……わっ!?」
いきなり腕をつかまれ、引きよせられた。
「ありがとう、比呂っ!」
そして立ちあがったと思うと、ギターを持ったままギュッとわたしを抱きしめる。
「ちょっ、海翔くん!?」
かまわず腕の力を強められ、ギターのヘッドがまともに背中にあたる。
「イタタッ!」
「わっ! 悪いっ!」
パッと離れた海翔くんの顔が、薄暗いテラスでもわかるくらい真っ赤になっていた。
「も、もう、び、びっくりするでしょ!」
思わず大声で言い、顔をそむける。
──わたしもきっと、海翔くんと同じくらい赤い顔だ……。
あせって、あたふたと意味もなく髪を直したりしてしまう。
「ホント……ごめん」
海翔くんがすまなさそうに頭を下げる。
「う、うん……」
──い、いきなりだったからドキドキしてる……。
──なんだか胸の音が身体中に響いてるみたいだ……。
「えっと……海翔くん……もう一度、歌ってよ」
戸惑う気持ちをごまかしながらリクエストする。
「せっかく……ほら、星も出てるんだから」
すると海翔くんは小さく微笑んだ。
「……そうだな。今まで星空の下でなんて、歌ったことなかったよ」
そう言って椅子に座り、ギターを奏ではじめる。
わたしはまた元の場所にもどり、彼を見つめる。
──どこまで……いつまで海翔くんの力になってあげられるかはわからない。
──だけど、わたしは自分にできる限りのことをしよう……。
心の中で誓いながら、歌に耳をかたむける。
ギターの調べと歌声がゆっくりと胸を満たす。
──やっぱり海翔くんの歌、好きだな……。
空を見あげると、気のせいかさっきより星が輝いて見えて、
今の時間が特別なものに思える。
──これって、確かにロマンチックかもしれないな。
そんなふうに思ったのがおかしくて、わたしはクスッと笑ってしまった。
(BGM・効果音有り)動画版はこちらになります。
https://youtu.be/KcrYEpnbKWs
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お読みくださり、ありがとうございます。
【海色の未来】マガジンもございます。目次代わりにお使いいただけると幸いです。
https://note.com/seraho/m/ma30da3f97846
4章までのあらすじはこちら
https://note.com/seraho/n/ndc3cf8d7970c
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