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SFラブストーリー【海色の未来】6章(中編・上)


過去にある

わたしの未来がはじまる──

穏やかに癒されるSFラブストーリー

☆テキストは動画シナリオの書き起こしです。

動画再生で、BGMつきでお読みいただくこともできます。

Youtubeの方が内容先行しておりますので、再生を続けてnote数話分を先読みすることも可能です。)



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しぶる海翔くんを強引に誘ってやって来たのは、近所のカラオケ店だった。

カラオケルームに入ると、内装がちょっとびっくりするくらい簡素に思えたけれど、

7年前の設備なんてこんなものだったのかもしれない。


「さ、海翔くん! 今日はわたしのおごりだよ! 思いっきり歌って!」

「俺、そんな気分じゃないんだけど」


海翔くんがいかにも不機嫌そうにつぶやく。


「それにさ、現金収入のない人がおごるって大丈夫なの?」

「まあ、いいからいいから、気にしないで。カラオケ代ぐらいならまだ出せるし」


海翔くんをソファに座らせ、わたしも向かいの席に腰を下ろす。


「飲み物注文しよう。なににする?」

「この店、メニューあんまよくないんだよな」

「文句言わない。お店選んでるヒマなんてなかったの。夕食の支度までには帰らないといけないからね」

「おまけにここって、音響もよくないし、機種も古いし」


ぶつぶつ言いながらも、海翔くんはリモコンのタッチパネルを操作しだした。


──仏頂面のままだけど、もう歌う気になってる。

──おもしろいっていうか、かわいいっていうか……。


笑いを必死にこらえていると、海翔くんが顔をあげてわたしを見る。


「比呂はなに歌う? ついでに入れるけど」

「えっ……う、ううん。わたしはいいや」

「なんだそれ。人のこと連れてきといて」

「あの……ほら、あんまり時間ないでしょ」

──歌おうとしたら声が出なくなるなんて言ったら、海翔くん気を使うだろうし……。

「ホントに海翔くんだけ歌って。今日は食べる専門がいいや。わたし、スイーツ頼むから」

「カラオケ来て、そんなのありかよ?」

「大ありだよ。さーて、なににしようかな。あ、久しぶりに、パフェが食べたいなあ」


できるだけのんきな調子で言いながら、わたしはテーブルにメニューを広げた。




飲み物とスイーツが運ばれてきても、海翔くんはまだ曲を選べていなかった。


──なに悩んでるんだろう。遅い……あまりにも遅い。

「もう……なんでもいいから、歌えばいいのに」


待ちかねて、つい文句を言う。


「1曲目って難しいんだよな。まだ喉の調子も出てない。テンションも低い」

「ただのカラオケだよ? そこまでこだわるの?」

「俺はいつだって歌には真剣だ」


海翔くんが真顔で答える。


「そ、そうなんだ……」

──さすが……と言うべきかもしれないけど、このままじゃ時間なくなっちゃうし……。

「でもさ、あんまりこだわってもしょうがないよ。もういっそ、今いちばん流行ってるヤツにしたら?」

「は……?」


海翔くんの目つきが険しくなる。


「その……えっと……」

──お……怒らせたかな。

──仮にもアーティストを志す海翔くんに、軽々しく言うことじゃなかったかも……。


ひやひやしながら、隣の部屋の歌と笑い声が聞こえるほどの沈黙に耐えていると……


「……なるほどね。いちばん流行ってるヤツか」


そう言って海翔くんは、タッチパネルの操作をはじめた。


「あ……うん」

──緊張した……。いろいろ説教されるかと思った……。

──ホント、海翔くんって、ガンコなんだか素直なんだか……。


やれやれとパフェを食べていると、曲のイントロが流れだす。

海翔くんが選んだのは女性アイドルグループが歌うJポップだった。


──そっか……この頃ヒットしたんだっけ。


「海翔くん、このグループ好きなんだ?」

「いや、全然」

「そ、そう……」


意外な選曲は、わたしのアドバイスに素直にしたがっただけらしい。

スーパーでもさんざん流れていたおぼえのある曲のイントロに、わたしも耳をかたむける。

すると──


──え……っ!?


海翔くんが歌いだしたとたん、一瞬で歌に引きこまれる。


──この曲……こんなにいい曲だったの?


わたしが知っているものとは、まるで別物みたいに思える。


──これが海翔くんの歌……。


はじめて聴く海翔くんの歌声に息を飲む。


──ずっと聴いていたくなるような……。

──いつまでも終わってほしくないような……。

──不思議な歌声だ……。


心の深いところまでまっすぐ届く声だった。

思いつきの選曲で軽く歌ってこれだけ人を惹きつけるのなら、

海翔くんの本気はどれほどのものだろうと怖くなる。

だけどそれと同時に、わたしはなんだかワクワクさせられている自分にも気づいていた。


──海翔くんって……すごい!

──こんなすごい子がバンドのメンバーから外されるなんてありえないよ……!

──それだけワガママってこと? 協調性ゼロ? 

──やっぱり性格に難が……って、もう、どうでもいい! とにかくすごい!


そのとき、はじめていつもの自分と違うことに気がつく。


──ウソ……!?


口が自然に動き、わたしは海翔くんと一緒に歌っていた。


──声が出てる……! 歌ってる……!


驚きと嬉しさがごっちゃになる。


──もう二度と歌えないと思ってた。

──だけど……わたし、歌ってる……。


胸がいっぱいになりながら、海翔くんと声を合わせ続ける。

目からは、いつの間にか涙があふれていた。




「歌ってみると意外にいい曲だったな」


曲が終わり、海翔くんが振り向く。


「で、比呂の歌ってさ……えっ? 比呂? なんで泣いてんの?」

「うん……ちょっとね」


照れ笑いしながら、手の甲で目をこする。


「久しぶりに歌ったからかな。ホントに……久しぶりだったんだ」


わたしが涙を拭くのを待って、海翔くんが口を開く。


「比呂……歌、やってたって言ったよな」

「……うん」

「ここに来る前……比呂になにがあったか教えて」

「え……」

「話せることだけでいいからさ」


オフにされたマイクが、コトンとテーブルに置かれる。


「海翔くん……」


戸惑いはあったけれど、さっきの海翔くんの歌声を聴いてしまった今、過去を隠してはいられなかった。


「わたし……わたしも海翔くんと同じ。本当はシンガーソングライターになりたかったんだ……」


大学を中退して、音楽スクールに入ったこと。

なかなかうまくいかず、後輩にどんどん追い抜かれたこと。

この街に来て、ルミ子さんの店で働きはじめたこと……。

思い出をぽつりぽつりと話し続ける。

そして、歌が歌えなくなっていたことも……。


「じゃあ、今、東京には俺と同い年の比呂がいて……シンガーソングライターを目指してる最中なんだ?」

「あ……」


──そうか。わたしと海翔くんは、本当は同い年なんだ……。


「会ってみたいな。19歳の比呂に」


海翔くんが、ちょっといたずらっ子めいた笑みを浮かべる。


「えっ! それはダメだよ! 絶対ダメ!」

「声はかけないからさ。どこの音楽スクール?」

「そんなことしたら、なにが起こるかわからないよ!? 絶対ダメだからね!」

「離れたとこから様子見るだけでも?」

「ダメダメダメ!!」


わたしが懸命に言うと、海翔くんはようやくあきらめてくれた。


「ダメ……かあ。別になんの問題もないと思うけどな」


海翔くんがつまらなさそうな顔で言う。


「そ、それより……海翔くんって、歌、どこで習ってるの?」

「どこって? 今のところ、好き勝手に歌ってるだけ」

「えっ、そうなの!? もったいない! ちゃんと習ったほうがいいよ!」

「そんなことはどっちでもいいんだけどさ」

「どっちでもいい!?」

「俺、それより今は曲が作りたい」

「そ、そりゃあもちろん、曲作りも大事だけど! でも──」

「比呂の歌声が気に入ったんだ。俺と比呂が一緒に歌える曲を作る」

「は?」


思いもしないことを言われ、呆然となる。


「……え? わ、わたしと……?」


一方の海翔くんは、いつもと変わらない飄々とした調子で……


「そんでさ。もし曲が気に入ったら、俺と組んで歌わない?」

「組むって……グループってこと?」

「そう。一緒にやってかない?」

──海翔くんとわたしが……?


なにかの冗談かと思ったけれど、海翔くんの目は真剣だった。


「そんな、急に言われても……」

「なんで? プロ目指してたんだよな?」

「だったけど、でも──」

「組むかどうかは曲聞いて決めて。俺、これから家帰って作りはじめるし」

「ウソ!?」

「久しぶりに、なんだかいいのが作れそうな気がするんだ」


そう言ってソファから立ちあがり……


「比呂は時間までひとりカラオケしとけば? ここおごりってことでよかったんだよな。じゃ、先に帰っとく」


海翔くんはさっさと部屋を出て行ってしまった。


「あ、あの……ちょっと……? ウソ、なんで? どうして……?」


無意味なひとり言をつぶやいたあとも、閉まったドアをしばらくポカンと眺めていた。




BGM・効果音有り)動画版はこちらになります。
https://youtu.be/4oKJLnDS9J4


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【海色の未来】マガジンもございます。目次代わりにお使いいただけると幸いです。

4章までのあらすじはこちら
https://note.com/seraho/n/ndc3cf8d7970c

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(予告編:2分弱)
https://youtu.be/9T8k-ItbdRA

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