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SFラブストーリー【海色の未来】8章(後編・上)

過去にある

わたしの未来がはじまる──

穏やかに癒されるSFラブストーリー

☆テキストは動画シナリオの書き起こしです。
動画再生で、BGMつきでお読みいただくこともできます。

Youtubeの方が内容先行しておりますので、再生を続けてnote数話分を先読みすることも可能です。)



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キッチンで朝食の後片づけをしていると、そこへ海翔くんがやって来る。


「食器洗い、手伝うよ」

「ありがとう。でも、もうすぐ終わるから」


海翔くんと付きあうようになり、数日がたっていた。

ただ付きあうといっても、お互い曲作りとバイトと家事に追われる毎日に、なんの変わりもなかったりする。


「先に作業してて。すぐ手伝いに行くから」

──とは言うものの、もうわたしにできることなんて別にない気がするな……。


この数日で、作詞と作曲作業もほとんど終わりに近づいていた。


「それなんだけどさ、今日は公園でやろうかなと思って」

「公園?」

「ここ何日も、俺、バイト以外は外に出てねえし。

比呂も俺の手伝いと家事ばっかだし。息抜きもかねて、どう?」

──息抜きか……。

──言われてみれば、あと少しで曲ができそうだからって、海翔くんにムリさせてたかも……。

「うん、そうだね。息抜きも大事だよね」

「決まりだな。よし、とっとと片づけて出かけるか」


海翔くんはそう言うとふきんを手に取り、洗ってあった食器をテキパキと拭きあげてくれた。


「ありがとう、海翔くん。助かったよ」

「じゃあ、俺、ギター持ってくる」

「わかった。表で待ってて。わたしもすぐに準備して行くから」

「ああ」


うなずき、ドアへ向かう海翔くんの後ろ姿を目で追う。

──あれっ? よく見たら海翔くんのシャツ、色落ちしてる。相当古そう……。

──ホント、信じられないくらい着るものには無頓着なんだから……。


そう思った瞬間、急に泣きたい気持ちになった。


──やっぱり……海翔くんと離れたくない……。


海翔くんがキッチンを出て行ったあとも、わたしはしばらくドアを見続けていた。


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部屋で出かける支度をしていると、ふとチェストの上にあるハーモニカが目に入る。


──ルミ子さんからもらったハーモニカ……。


チェストのところへ行き、ハーモニカを手に取る。


──広い場所で吹いたら、気持ちよさそう。

──海翔くん、どこの公園に連れて行ってくれるのかな。


楽しみに思いながらも、心の底からははしゃげない。


──やっぱり……伝えよう……。

──わたしはオーディションに出ないって……。

──海翔くん、ひとりで出てほしいって……。


前はオーディションが終われば、そのとき姿を消せばいいと思っていた。

だけど、海翔くんのことが好きだと気づき、できるだけ長く彼のそばにいたいと思うようになってしまった。


──海翔くんはハーヴになる。だから、いずれわたしたちは離れなきゃいけない。

──でも、わたしがオーディションに出なければ……

人目に触れなければ、当分わたしたちは一緒にいられる。

──海翔くんのそばにいたい。

──せめて、ハーヴのデビューが決まるまでは……。


わたしがしようとしていることは、ほんの少し別れを先のばしするだけ。

それに、オーディションに賭けている海翔くんの気持ちをくじいてしまうかもしれない。

伝えるかどうか、迷いはまだ残っていた。


──海翔くん……なんて言うかな。


わたしは不安な気持ちのまま、ハーモニカをバッグに入れた。



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海翔くんと訪れたのは、海辺近くの公園だった。

草むらの向こうに広々と海が開け、風が心地よく吹いてくる。


「わあ、気持ちいいー!」


目の前の景色に、この街に越してきて間もない頃、自転車をこいで海を目指したことを思い出す。


──あのとき海にはたどり着かなかったけど、わたしは高校生の美雨ちゃんに出会って……

そして、オルゴールをもらったんだっけ……。


ずっと昔のような、つい最近のような、あの日……。


──もしかすると、オルゴールをもらった瞬間から、なにかが変わりはじめてたのかな……。


自分に起こったことは未だに信じられない。

信じられないまま、夢中で毎日を暮らしてきた。

不安と寂しさと混乱がまぜこぜになった気持ちと一緒に……。

だけど……

今、すぐそばに海翔くんがいて、わたしは幸せすら感じている。


「比呂、ここに座るか」


笑顔の海翔くんが振り向いた。


「うん」


木かげのベンチに海翔くんが腰を下ろしたので、わたしもその隣に座る。


「やっぱ、来てよかったなあ。曲作り、はかどりそうだ」


海翔くんがギターケースを開けながら言う。


「……もうすぐ完成だね」

「ああ。ここまでこられたのも、比呂がいろいろアドバイスしてくれたからだよな。

オーディション……比呂と一緒に歌えるのが楽しみだ」

「え……」

──やっぱり……わたしと一緒に歌っていくつもりなんだ……。


隣で楽しげにギターを弾く海翔くんの姿に胸がつまる。


──今、言おう……。わたしはオーディションに出るわけにはいかないって……。

──海翔くんと少しでも長く一緒にいたい。

──だから、言わなきゃいけない……。

「海翔くん……」


心を決め、思い切って口を開く。


「わたし、オーディションには出られない」

「……出られない?」


ギターの音が止まった。


「海翔くん、聞いて──」

「待てよ、なんでいきなりそうなるんだよ?」


険しい口調で、海翔くんがわたしの言葉を切る。


「いきなりじゃない。

ホントは最初から、海翔くんとオーディションなんてムリだと思ってたの。

だけど、海翔くんの力になりたくて……わたしも出る覚悟をしたんだ。

オーディションが終わったら、海翔くんの前から姿を消すつもりで……」

「比呂……」

「でも今は違う。

海翔くんと一緒にいたいから……だから、わたしは人目につくわけにはいかない。

わかって……海翔くん」


海翔くんの気持ちを裏切るようで、つらかった。

それでも、わたしは光のあたる場所に行くわけにはいかない。


「ごめん。約束したのに……」


しばらく海翔くんは黙っていた。

そして、ぽつりとつぶやくように言う。


「じゃあさ……比呂は一生、ステージには立てないってこと?」

「うん……」

「それでいいのか? 比呂は歌いたくないのかよ?」

「え……」


海翔くんの射抜くような目が、わたしの本心をあぶりだそうとする。


「それは……」

──歌いたくないって言ったら、ウソになる。


だけど、7年前の時間にいるわたしにとって、シンガーソングライターの夢は、決して叶えることのできない夢で……。

それに、今、わたしには歌うこと以上に大切なものがある。


「……歌えなくても平気だよ」


なんの迷いもなく、海翔くんの目を見つめる。


「歌えなくたって、ずっと海翔くんのそばにいられるなら」


ずっと、と言ってしまったことに少し胸が痛む。

それでも、今はこう言うしかなかった。


「……」

「海翔くんはひとりで……ハーヴとしてソロで活動してほしい」

「ハーヴ……」


海翔くんはゆっくり海のほうへと目をやり、膝の上で指を組んだ。



ふたりとも黙ったまま、長い時間がたったあと……

海を見ながら、海翔くんが静かに話しはじめる。


「……だよな。俺がひとりで歌うことでしか……そうすることでしか、比呂を守れないんだよな」

「海翔くん……」

「わかったよ。俺、ソロでやってく」


海翔くんはそう言って、わたしに笑顔を向ける。


「ごめんな。比呂にばっか先のこと考えさせて。

かなり子どもっぽかったよ、俺……。そろそろ大人になれって話だよな」


海翔くんが苦笑いと一緒にため息を吐く。


「なにも考えなくていいよ。海翔くんは海翔くんのままで……。

その代わり、わたしの分も歌って。プロになっても、いい歌たくさん作ってね」

「まだオーディションも受けてないのに気が早いな」

「フフッ、まあね」


わたしたちは、どちらからともなく笑った。

だけど、海翔くんの顔からふいに笑みが消える。


「で……まさかとは思うけど……

俺がプロになったら、姿を消そうとか考えてない?」

「え……」


思わず言葉を失うと、海翔くんが、

「やっぱりな……」

とわたしをにらむ。


「それだけは許さねえから。そんなことするなら、俺、プロになるのやめるからな」

「なっ──」

「今度こそちゃんと約束しろよ。ずっと一緒にいるって」

「で、でも、それは……」

「今の俺じゃムリかもしれないけど、必ず比呂を守れる俺になるって約束する。

だから……比呂も約束してほしい。

黙っていなくなったりしないって」

「海翔くん……」

「俺のこと、信じられない?」


まっすぐな瞳がわたしをとらえる。


──海翔くんが……守ってくれる……。


その瞳を見つめかえすと、不思議と心が静かになる。

なぜか、なんの不安もなくなっていく。


──そうだ……海翔くんと一緒なら、わたしは大丈夫。

──どうすればいいかなんて、きっとあとからいくらでも考えられる。

──海翔くんと一緒にいて、海翔くんを信じていれば……きっと……。


今、やっと心が休まる場所を見つけられたような気がした。

もしかしたら、わたしは生まれたときから、この場所を探していたのかもしれない……。


「ありがとう……海翔くん。わたし、ずっと一緒にいるって約束する」


言葉はそれだけしか言えなかったけれど……

海翔くんは照れくさそうに微笑んでくれた。


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夕方近くまで、わたしたちは公園で曲を作っていた。


「なあ比呂、今弾いたフレーズ、どう思った?」

「よかったよ! だいぶ近づいてきてる!」

「近づいてきてるって……なにが?」

「オルゴー……じゃなくて……そう、完成に近づいてきてる気がする!」

「だよなっ」


満足げにうなずき、海翔くんが譜面にペンを走らせる。


──また一歩、完成に近づいた……。

──あ、そうだ。わたしもハーモニカで吹いてみよう。せっかく持ってきたんだし……。


ふいに思いつき、バッグからハーモニカを取り出す。

そのときだった。


──あれ……? ハーモニカが……軽い?


手に持っているはずなのに、重さが急に感じられなくなった。

ハーモニカはホログラムみたいに見えているだけで、冷たい手触りも微かな重みもない。


──どういうこと……?


言葉をなくして見入るうち、ハーモニカの色が薄くなる。

そして、しだいに透きとおり……

……消えた。


──ウソ……っ!?


驚きで、思わずベンチから立ちあがる。


「比呂……? どうした?」

「ハーモニカが……なくなった……」

「なくなった? 落としたのか?」


楽譜を置いて、海翔くんがベンチの下をのぞき込む。


「どこにもないみたいだけどな……。どっか転がったかな?」

「そう……かも……」

「ったく。仕方ねえな。腹減ったなあって、ぼんやりしてたんだろ?」


立ちあがった海翔くんは、辺りを探しはじめる。


「草に埋もれてんのかな。……ん? 比呂?」

「あ……」


ぼんやりと、ただ海翔くんを見つめてしまっていた。


「ご、ごめん」


あわててしゃがみこみ、足もとの草むらをかきわける。


──きっと、落としただけなんだ。あんなの絶対に見間違いだ……。


だけどふたりでどんなに探しても、結局ハーモニカは見つからなかった──。



BGM・効果音有り)動画版はこちらになります。
https://youtu.be/LrThI2mnFvU


お読みくださり、ありがとうございます。

【海色の未来】マガジンもございます。目次代わりにお使いいただけると幸いです。

https://note.com/seraho/m/ma30da3f97846

4章までのあらすじはこちら
https://note.com/seraho/n/ndc3cf8d7970c

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予告編:2分弱)
https://youtu.be/9T8k-ItbdRA

(再生リスト)
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