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SFラブストーリー【海色の未来】5章(後編)

過去にある

わたしの未来がはじまる──

穏やかに癒されるSFラブストーリー

☆テキストは動画シナリオの書き起こしです。

動画再生で、BGMつきでお読みいただくこともできます。

Youtubeの方が内容先行しておりますので、再生を続けてnote数話分を先読みすることも可能です。)


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夕食の時間になり、バイトに行った海翔くん以外、みんなが食堂に集まった。


「いただきまーす!」


美雨ちゃんの元気な声で、食事がはじまる。

メニューは親子丼とお吸い物。

昨日お手伝いさんが作ったディナーとは、比べものにならないくらい質素だ。

それでもみんなは、とっても嬉しそうな顔で食べてくれている。


「これは美味しいですね」


マサミチさんが目を細める。


「うん、美味しい! 卵、ふわっふわ!」


美雨ちゃんも、ご機嫌な様子で言う。


「流風くん、うまくできてよかったね」

「うん、ふたりで力を合わせたからだよ」


一緒に顔を見合わせて微笑むと、美雨ちゃんが疑わしそうに流風くんを見る。


「ほとんど比呂ちゃんにやってもらったんじゃないの?」

「そんなことないよ。ボクだって、まあまあ手伝ったよ」

「まあまあ? やっぱり! ずるい!」

「ずるくないよ。玉ねぎの皮、いっぱいむいたし」

「は? それ、なんの自慢?」

「ちょっとストップ。美雨ちゃんが当番のときも手伝ってあげるから」


ふたりのやり取りがおかしくて、笑いながら言う。


「ホントに!? やった!」

「美雨、頼りすぎはダメだよ……と言いたいところだけど……比呂さんが料理を教えてくれたら、これからは美雨の作る夕食も安心です」


すると、美雨ちゃんが首をかしげる。


「ん? 安心? じゃあ、いつもわたしの料理当番のときは……」

「ボク、毎回ドキドキだよ」


流風くんが、はあっと大げさなため息を吐く。


「黒いハンバーグとか、グレーのシチューとか、予想もつかないものが出てくるからね」

──そ、そうなんだ……。

「いや、美雨の料理はその……なんというか……あれだ。えーっと……」


マサミチさんが難しい顔で言葉を探している。


「もう、みんなして……。いいもん、これからは比呂ちゃんがわたしの先生だもんねー」

「えっ、先生? み、美雨ちゃん、わたしそこまで料理得意じゃないよ?」

「でも比呂ちゃんって、ずっと自分でご飯作ってたんでしょ?」

「う、うん……。だけど、節約するために自炊してただけで──」

「比呂ちゃんはわたしの先生だよ! もう決めたー!」


美雨ちゃんは屈託のない笑顔で言いながら、わたしに腕をからめた。



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その日の夜。

昨日泊まった客人用の寝室を、これからは自室として使わせてもらうことになった。

もう遅い時間だったのでベッドに入ったけれど、なんだか目がさえている。

疲れ果ててすぐに眠りについた昨日とは違い、今日はいろいろと考えてしまう。


──マサミチさんには本当によくしてもらってるし、子どもたちも懐いてくれてる。

──海翔くんだって、こんな状態のわたしを理解してくれて……。

──だけど、古葉村邸は仮の住まいであることには変わりない。

──ここを出たあとは、もう誰にも頼れない。

──わたしを知っている人たちの前に、7年後の姿であらわれるわけにはいかない。

──家族にも友だちにも……二度と誰にも会えない……。


突然、寂しさが波のように押しよせる。

思わず両ひじを抱えると、涙がこみ上げてきた。


──今まで、泣く余裕もなかったんだな……。


声をあげて泣いたところで、この広い洋館では誰の迷惑にもならない。

だけど、わたしはベッドに横たわったまま、黙って涙を流していた。



それから、どのくらい泣き続けていたのか……。

しばらくすると、気持ちもだいぶ落ち着いていた。


──お水、もらって来よう……。


わたしはベッドから降り、部屋を出た。


1階に行くと、廊下にキッチンの明かりがもれている。


──海翔くんが帰ってきたのかな。


パジャマにはおったカーディガンを肩にかけ直しながら、キッチンに入った。



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中はシンク近くのペンダントライトだけが点いていて、海翔くんが冷蔵庫をがさごそとあさっていた。


「海翔くん、お疲れさま」

「あれっ、比呂。もしかして、起こした?」


冷蔵庫の開いたドアに手をかけたまま、海翔くんが振り向く。


「ううん。海翔くん、こんな時間まで大変だね」

「俺的には、早朝に出るよりマシだけどね」


そう言いながら、まだ冷蔵庫をのぞき込んでいる。


「なにか探してるの?」

「夕方のあれ……サンドイッチ」

「え!」

「……残しとくって、言ってなかったっけ」 


不機嫌そうな海翔くんに、じーっと見つめられる。


「え……あ、ああ。流風くんが見つけて……食べちゃった」

「なっ……!」


みるみるうちに、海翔くんの表情が険しくなる。


「流風……あいつ……!」

──ウソ。結構、本気で怒ってる……。

「あの……また作るから……」


なだめるように言うと……


「マジで……作ってくれんの?」

「うん……」

「……なら、許してやるか」


海翔くんはぼそっとつぶやき、冷蔵庫のドアを閉める。


──ここまで気に入ってもらえると、やりがいがあるな。


なんだか少し笑いそうになる。


「じゃあ、明日作ってあげるね」

「うん……それよりさ、比呂はキッチンになんの用?」

「あ、忘れてた。お水もらいに来たんだった」

「なら、カモミールティーでも淹れようか? 流風が騒いでたから買ってきたんだ」


海翔くんがカウンターテーブルの上に置いてあったコンビニの袋を開けると、カモミールティーの箱がいくつも見えた。


「わ……たくさん。でも家庭教師の先生用だよね。いいの?」

「なんかこれ寝つきがよくなるんだろ? 淹れてやるよ。俺も飲むし」

「じゃあ……1杯いただこうかな」

「ああ」


海翔くんはシンクのところへ行き、ヤカンに水を入れる。


「わたしカップの用意しとくね」

「いいや。座ってて」

「……そう? ありがとう」


わたしは言われるがまま、カウンターテーブルのそばにある椅子に腰を下ろした。

コンロにヤカンが置かれ、ガスの青い炎が薄暗いキッチンで揺れはじめる。

キッチンの大きな出窓の向こうでは、月明かりに照らされた庭の木々がうっすらと光っていた。


──今頃19のわたしは、東京でなにをしてるんだろう。

──レッスンとバイトで疲れきって、ぐっすり眠ってるのかな……。


そんなことをぼんやり思う。


──夢は叶わないって……今のうちに違う道を探しなさいって、教えられたらいいのに。


19歳のわたしに26歳のわたしが会うわけにはいかないから、それは無理な話だろう。

でも、それができれば、今東京にいるわたしは、これからもう少しマシな人生を送れるのかもしれない……。


「比呂……目が腫れてるな」


背中を向けたまま、海翔くんが言う。


「あ、うん……」


ペンダントライトのオレンジがかった明かりでも、さっきまで泣いていたのが海翔くんにばれてしまっていた。


「なかなか割り切れなくて。ぐずぐず泣いてる場合じゃないんだけど……みんなに迷惑かけないように、これからのこと考えないといけないのにね」


わたしが言ったとたん、海翔くんが笑いだす。


「海翔くん……?」

「なに、それ? 超まじめ」


海翔くんが振りかえり、シンクにもたれる。


「まじめ?」

「だってさあ……」


ややしばらく笑い続けてから、海翔くんはわたしを見る。


「こんなわけわかんねえ目にあってんのに、人の迷惑がどうのこうのとかさ。マジで俺、笑いそう」

──笑いそう……? っていうか、もうすでに笑われてるし。


年下の男の子相手に、ちょっとムッとしてしまう。


「そりゃあ考えるよ。海翔くんはまだ若いし、その性格だからピンとこないかもしれないけど」

「その性格?」

「あっ、その……マイペース? 大ざっぱ? テキトーっていうか……いや、いい意味でね」

「まったくいい意味の気がしねえけどな」

「とっ、とにかく、わたしは大人だから! どんなときも、いろいろちゃんと考えないといけないの!」

「すげー! それマジで言ってる?」


あきれてるのか感心してるのかわからないけれど、海翔くんが本気で驚いている。


「もういいよっ」


ガタンと椅子から立ちあがる。


「ははっ、それ、大人の態度?」

「うっ……」

──また笑われてしまった……。

「とにかくさ……」

「……なに?」

「比呂は自分を赤ちゃんだと思ってればいいんじゃないの」

「あ、赤ちゃん……?」

「赤ちゃんだったら、先のことなんて考えないのも、知り合いがいないのもあたり前だし。

なんにもできなくてあたり前。実際、比呂は7年後の世界にぜんぶ置いてきちゃったわけなんだからさ。

それって、赤ん坊同然だと思わない?」

「え……」


ちょっと乱暴な言いかただけど、そのとおりかもしれない。

今のわたしは、これまでのすべてがリセットされたようなものだ。

意識と記憶があるだけ、まだマシだと思えばいい。

取りもどせないものをあれこれ考えるより、今のわたしはゼロなんだと……

そう腹をくくればいいだけなのかもしれない……。


「あれ……水入れすぎたかな。なかなか沸かねえ」


腕組みをした格好で、海翔くんがコンロをのぞき込む。

ふいに、音楽スクール時代に麻美の部屋へ遊びに行ったときのことを思い出す。

麻美はレッスンで歌いっぱなしだったわたしに、喉にいいカリン茶を淹れてあげるとキッチンに立った。

カリンの優しい香りにお湯の沸く音……。


──お茶を待つ時間が、なんとなく幸せで嬉しかったっけ……。


静かなキッチンに、ヤカンの水がぽこぽこいう音だけが響く。


──なんだかホッとする……。


気がつけば、さっきまで不安と心配でガチガチだった心がほぐれている。


──今夜だけ、海翔くんの気づかいに甘えさせてもらおう……。


いつの間にか、わたしは柔らかく微笑んでいた。





BGM・効果音有り)動画版はこちらになります。
https://youtu.be/Vix6eXr4-6E

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お読みくださり、ありがとうございます。

【海色の未来】マガジンもございます。目次代わりにお使いいただけると幸いです。


4章までのあらすじはこちら

https://note.com/seraho/n/ndc3cf8d7970c

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予告編:2分弱)
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