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「いかなる花の咲くやらん」第13章第2話 「虎女の文塚」

それから何日かの間、特になんということもなく過ぎた。出家するにしても、元の時代に戻るにしても、その前に十郎からもらった手紙を燃やすことに決めた。寺にも未来にも手紙を持っていくことは出来ない。愛する人の一言一句を忘れることなどない。却って手紙を燃やすことで、十郎の思いをすべて自分の物にできると思った。
平塚の白藤稲荷の境内で永遠は亀若と一緒に、手紙を燃やした。一通一通火にくべる度、自分の体も消えていくように感じた。固くなっていた気持ちがほぐれて少しずつ煙とともに十郎のもとへ行けるような気がした。白い煙が空へ上っていく。(この煙の行きつく先に十郎様はいらっしゃるのだろうか。極楽浄土は西の空の向こうにあるという。)永遠はそう思って、西の空を見上げた。最後の手紙を火の中にくべた時、手紙を燃やす煙の中に十郎の姿が見えた気がした。急いで後を追おうとしたが、追いつけずもがいているところ黒い石が現れ、永遠をのせて消えた。取り残された亀若は、消えて行く永遠と、煙が見るみる姿を変えて白い藤の花になっていくのを呆然と見ていた。
 
この後、亀若は一人曽我へ旅たち、万劫御前と共に箱根権現で出家をした。亀若が兄弟のためにした供養の数々が虎女伝説として今も語り継がれている。
 
下界で手紙を燃やしている永遠の姿を黄泉の国へ行こうとしている十郎が見ていた。真の闇の中そこだけが炎に照らされ輝いていた。煙に導かれるように進んでいくと、急に明るい所へ出た。

次回 第14章第1話に続く

参考文献 小学館新編日本古典文学全集53曽我物語

虎女の文塚
(神奈川県平塚市山下)
今年ももうすぐ白藤が咲き誇ります。
詳しい場所は、聖地巡り平塚編で御覧下さい。

こちらのリンクで第1話からお読み頂けます。

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