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いかなる花の咲くやらん 第4章第3話      箱王 箱根大権現で仇と会う

健久元年(1190年) 冬 箱根

新しい年があけた。
そして、一月十五日に 頼朝が御二所詣のため、三島大社へ参ずる前に 箱根大権現に来ると知らされた。
「頼朝様が、箱根に来る。祐経は頼朝の側近と聞いている。必ず一緒に来るであろう。
これが権現様のご利益であろうか。本殿で祈ったのが昨年十二月十五日、それから一月もしないで、祐経に会う機会をくださった。ありがたく、尊いことだ。

父の仇の祐経が、寺に頼朝の供でやってきた。その祐経をみつけて「祐経か。あいつが父上を殺したのか」
箱王は涙がにじむ目に祐経の姿を焼き付けるように柱の陰から睨んでいた。
「父上…」

「この寺に河津祐泰のご子息が修行をされていると伺ったのだが」祐経が何食わぬ顔で近くにいた小僧に箱王のことを聞いた。
「箱王ですね。あー、あそこに居ります。あの柱のところに立っております。呼んでまいりましょうか」
「おお、頼むわ。わしは箱王とは親戚でね。頑張って、良い坊さんになるように声をかけてやろう」
祐経は、箱王を呼んだ。

「おお、お前が箱王か。お前の父上とはいとこ同士でのう。私の父が早くに亡くなったので、そなたのおじいさまに引き取られ、父上とはいとこというより、兄弟のように育ったのだ。
そなたは父上にそっくりだな。大きな体に恵まれて、立派に箱根大権現様にお仕えできそうだ」
祐経は、最初は箱王の父祐泰とは仲が良く、兄弟のように育った。何者かに矢を射られて、亡くなったと聞いたときは信じられなかった。あれだけ文武に優れた祐泰殿が、狩りの流れ矢で亡くなるとは。と、しらを切って話していたが、酒がすすむとだんだん本性を現してきた。
「もうすぐ出家するそうだな。そうすればもう立派な僧だ。殺生はできなくなるな。
いやー、めでたい めでたい。これでわしもやっと枕を高くして寝られるわい。坊主が仇討ちなど片腹痛いわ。お前の父上のことは大嫌いだった。大きななりが威圧的だった。顔が良いことをひけらかして、周りの女子は皆、祐泰に夢中だった。優しいふりをして、わしにもいつも優しく接しおって、わしは見下されているようで むかむかしたわ。見た目ではかなわぬので、せめて学問でと思っても、まるっきりダメだった。ならば武術でと頑張っても、祐泰は力も強く、足元にも及ばなかった。挙句、爺さんは儂(わし)の領地の全てを奪った。
お前のお爺さんの祐親を討つはずが射そこない、祐泰を討ったと聞いたときは、しくじったと思ったが、そのあとは上手くいった。自慢の息子を亡くした爺さんは、もう気力をなくしてのお。ふぉふぉふお。頼朝様の世になって、平家に与していた祐親は力を失い、伊東も河津も我が物になった。挙句に、忘れ形見のお主はついに坊主になるという。おっと、これはしたり。少々話し過ぎた。まあ、せいぜい励めよ」

箱王はぶるぶると震えた。

次回 第4章第4話 煩悩 に続く

参考文献 小学館「曽我物語」新編日本古典文学全集53


箱根大神(瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)、木花咲耶姫命(このはなさくやひめのみこと)、
彦火火出見尊(ひこほほでみのみこと))の御三神を併祀して
「箱根大神(はこねのおおかみ)」と奉称し、お祀りしていらっしゃいます。
奈良時代の天平宝字元年(757)、箱根山に入峰した万巻上人が、
箱根大神の御神託を授かり勅願をもって現在の地に社殿を建立しました。
著者撮影

聖地巡り「箱根編」はこちら

第1話はこちらから。


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