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「いかなる花の咲くやらん」第11章第7話 「五郎 いさぎよし」

祐経は討たれても仕方ない仇であるゆえ、あれこれ言うには及ぶまい。
して何故、この頼朝の元へ来ようとしたのだ。そもそも、このわしに恨みがあったのではないか」
「勿論、恨みはございます。祖父の伊藤入道は頼朝様のお怒りをこうむり誅殺されました。そのうえ仇の祐経を大名として取り立て、伊東の領地をすべて祐経の物になさいました。
また、兄、十郎の最後の言葉に、『御前近くに上って、見参するべし」と、ありましたので、それならば、おそば近くへ上り、その名を汚さんと参上しようと考えました。そこで、運が尽きましたのか、甲斐なく召し取られた次第です』
「皆の者聞いたか。彼こそ男の中の男だ。わしのことを本来申すほど恨んではおらんだろう。ただ、この状況でおもねるようなことを言うと、命乞いしているようで見苦しいゆえ、このように言うのであろう。どんな立派な侍でも、敵に捕らえられては、こびへつらうものであるものを。この者の潔さ、手本とするべきぞ」
「ははー。」皆がもっともだと感心した。
祐経の嫡子、九歳の犬房が五郎の目に止まった。
「犬房よ、この五郎を打つがよい。父を殺され、悔しかろう。憎かろう」
犬房は進み出て、手に持っていた扇で五郎を打った。
「俺も同じだった。おぬしの気持ちはよくわかる。そんな扇で打ってもいたくも痒くもない。そこに落ちている松の枝で思いっきり打つがよい」
犬房は枝を拾い、力の限り打ち続け、五郎の額は割れ、血が流れた。
「犬房、下がれ」頼朝に言われ、犬房は泣きながら下がった。
 
頼朝は、この曽我五郎を許し、召し抱えたいと考えた。(臆病な者千人より、このもの一人を近くにおきたい。しかし、謀反にも思えるこのことを簡単に許してしまってよいのか。五郎の申すことは道理がある。所業にも同じくもっともなわけがある。五郎を許し、召し抱えたいが、仇を討つものは気に入られると、前例になってしまい、狼藉がたえなくなるであろう。ようやく静かになって来た世の中を乱すことになってしまいかねない。いかにしたものか)
そこへ岡崎、和田、北条といった家臣が五郎の助命嘆願を申し出た。頼朝は内心安堵し、
「鎌倉まで曽我五郎を引き立ててゆき、その後、処分を決めることにする」と述べた。

参考文献 小学館新編日本古典文学全集53曽我物語

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