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「いかなる花の咲くやらん」第11章第8話 「仲夏の涙、中有の魂」

「頼朝様、今回の仇討ち、元は祖父、祐親の心無い所業により起きた一族の争いでございます。それを承知で仇討ちを致しましたのは、武士たる者、親を殺され、仇を討つのが当然であるからです。今ここで、私を許してしまっては、この犬房が仇持ちになってしまいます。仇持ちは辛うございます。犬房にそんな宿命を負わせてはなりません。五郎は許さず、処刑なさるべき。呪われた伊東一族の争いを終わりにされよ」
「そこまでの覚悟でおるのか。ますます天晴であるが、ならば致し方ない。お前のことを死罪にするが、恨むなよ」
「当然です。死罪になったとて、恨むということは全くございません。却って、兄と同じ時に同じ場所でと約束しておりましたものを、私だけ少しの間、永らえてしまったことこそお恨み申します」
「母上には気の毒だが、慈悲をかけるので心配いらぬ」
「母のことも、思いを断ち切って曽我を出立しておりますゆえ、ご案じなさいますな。ただ、母は今回のこと、全く関与しておりませんこと。よろしくお願いいたします。さあ、早くこの首をお切りなさい」
そうして五郎は、鷹が岡で処刑されることになった。
五郎の身柄は犬房に渡され、その郎党 平四郎に首を切る命が下った。しかし、平四郎は六歳まで一緒に育った中なので「私にはできません」と断った。そこへ筑紫野中太という御家人が名乗り出た。この忠太、国本で領地を巡りいざこざを起こしていた。元々横車を押しての訴えで、だいぶ分が悪かったが、祐経も同じ穴の貉。色々の付け届けなどをして、いよいよお墨付きをいただけるとのことで伊豆へ向かうところであった。その道中、今回の騒ぎを聞き慌てて飛んできたのである。肝心の祐経が殺されては、今までの画策が水の泡である。憤懣やるかたなく処刑の役目を買って出たのである。
五郎はその時辞世の句を読んだ。
故郷に母あり、仲夏の涙、冥途に友なし、中有の魂
富士の嶺の梢も淋し故郷の柞の紅葉いかが嘆かん
(故郷に残した母を思って、真夏に汗ではなく涙を流している。あの世には友はいず、一人さまよう我がたましい。)
(富士山に生える木の梢の枯れ落ちる葉のような子供の私も淋しいが、故郷では柞(ぶな)の木も紅葉しているだろうに、母上はどれほど嘆くことであろう。)

参考文献 小学館新編日本古典文学全集53曽我物語

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