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大学職員から美術経験ゼロで公立小学校の図工専科に。子どもの「やりたい!」を叶えるクリエイティブ・ラーニングの環境づくり

「教育現場で働いてみたいと思うのであれば、怖がらずに覚悟を決めて飛び込んでみてほしい」と語る山内佑輔さん。

山内さんは、大学職員から美術経験ゼロであるにも関わらず小学校の図工専科教員に転身。「図工のことは何も分からない」というピンチを逆手に取って、さまざまな企業やアーティストとの共創による新しい授業や学びの空間づくりに取り組んできた。

「学校の先生」という枠に収まりきらない取り組みをされている山内さんに、教育現場へ転職して感じたことについて話を聞いた。

学校の垣根を越えて、子どもたちに「社会の本物」と出会わせたい

——山内さんは現在、新渡戸文化学園に勤務されているということなのですが、普段はどのようなお仕事をされているのですか?

僕は新渡戸文化学園の中にある「VIVISTOP NITOBE」のチーフクルー(専任スタッフ)として働いています。VIVISTOPとは、VIVITAという会社が手掛ける創造的な学びの場です。

現在は世界7カ国11拠点にグローバル展開していて、国内には新渡戸を含めて5か所に拠点があります。世界的な展開の中で、唯一学校の中にあるのがVIVISTOP NITOBEです。

僕はVIVISTOP NITOBEを立ち上げるために新渡戸に来て、この場をつくり、現在チーフクルーとして働いています。主な仕事は、放課後に子どもと一緒にものづくりをしたり、地域の子どもたちにも場を開き、大人と子どもが共につくり、共にまなぶ活動をつくること。

学校の中で働いているけれど、皆さんがイメージするような教科を教える仕事はしていません。VIVISTOPでは「ノーティーチャー・ノーカリキュラム」という考え方を大事にしているため、先生という立場でもありません。

VIVISTOP NITOBEでの授業風景

——学校にいるけれど教科の授業を教えていないのですね。いわゆる「学校の先生」のイメージとは違うので、お仕事の様子をもう少し詳しくお聞かせいただけますか?

VIVISTOPは、とにかく子どもたちが「やりたいこと」にとことん向き合い、子どもと大人が一緒になってアイデアを形にする場所です。

アイデアを形にできるテクノロジー機器もあるので、作曲をしたり、3Dプリンターやレーザーカッターを使って小型扇風機をつくったり、アパレルブランドみたいにキャラクターをつくってグッズを生み出したり。アイデアを持ち込んで、それをどんな風に形にできるか、毎日チャレンジしています。

VIVISTOPは一見すると「工作室」のようにものづくりの場と思われることも多いですが、僕はそれだけではないと思っています。

VIVISTOPでは、例えば小学生が授業している横で高校生が作業をしていて、自然とその両者が関わり合うことがあるんです。土曜日には新渡戸に通っている子どもだけでなく地域にも開いていますし、大人が仕事場として利用することもあります。さまざまな立場の人が、偶然出会い、関わり合うことができるのです。

ここでは、子どもたちが学校と社会の垣根を越えて本物に出会うことを大事にしているので、ロボットをつくるエンジニアの姿を子どもたちが実際に見たり、雑誌の編集者と探究学習の成果を冊子で発信したい子どもたちが出会うこともあります。それらの出会いが意図的つくっているわけではなく、偶然に起きてしまう。ここはただのものづくりの場ではなく、出会いが起きる場所なのだと考えています。

子どもが生まれたことをきっかけに、夢だった小学校教員の道へ

——「学校と社会の垣根を越える」という考え方がとても素敵に感じました。そう考えるようになったきっかけは何ですか?

僕はもともと、大学の事務職員として働いていました。そのとき、卒業生のための文化祭をプロデュースする仕事を任されたんです。これが大きなきっかけになっていると思います。

ただ単におもしろい企画を外部に委託するだけではおもしろくないと思ったので、ワークショップを開発しているNPOの人たちと、大学の「らしさ」が表現できるようなコンテンツを一緒につくりました。そのときは企画側として関わったのですが、それがすごくおもしろくて。その経験が、今の仕事スタイルに生かされていると思っています。

——なるほど。山内さんは、大学職員から公立の小学校教員に転職されていますよね。

そうですね。小学校教員への転職は、息子が生まれたのが一番の理由です。かっこいいお父さんになりたかったんですよね。父親としては、息子に「夢を追いなよ」と格好よく言いたい。でも自分が小学校の先生になりたいと思っていたのに、自分がその夢を追わないで、息子に夢を語るのは格好悪いと思ったんです。転職を考えたのが、東日本大震災が起きた時期と重なったこともあり、「人生一度しかないし、やりたいことをやりたい」という思いもありました。

採用が決まったときは、「きっと担任の先生になるんだろうな」とぼんやりと考えていました。ところが実際の担当は「図工専科」、美術経験なんてないのにですよ(笑)。でも、この偶然が、逆に良かったと思っています。

図工や美術についてあまり知らないからこそ、従来の当たり前からちょっと違う見方ができ、おもしろい取り組みを実践できたのではないかと感じています。

お話を聞いた山内佑輔さん

——「知らない」ことを逆手にとって、おもしろい実践をされてきたのですね。前職の経験やスキルで、今のキャリアに役に立ったことは何かありますか?

まずはパソコンを使うスキルですね。大学職員時代はパソコンを使った仕事が多かったので、教員が苦手とする校務分掌と言われるような事務処理があまり苦ではなかったです。同僚にワードやエクセルの技術的な操作を教えたり、フォローしたりもしていました。

パソコンができるからということで、公立小学校ではICT主任になり、タブレット端末を活用したプログラミング授業のミッションを与えられてしまって頭を抱えることもありました。そんなときはもう誰かに頼るしかなかったので、他の企業の人などに「教えて」と助けを求めました。

その結果、ICT×図工のような新しい取り組みを生み出すことができたと思っています。

——山内さんはピンチをチャンスに変えて、新たな取り組みを生み出されているように感じます。実際に小学校で働いてみて、やりがいは感じていますか?

そうですね。学校の先生の特におもしろいところは、「これやってみたい」と思ったアイデアを授業という形で、すぐに実行しやすいんですよね。そして、子どもたちからダイレクトに反応をもらえるじゃないですか。

自分のアイデアを実行することはもちろん、誰かが「やりたい」と言ったことに乗ってみることもあります。大人でも高校生でも小学生でも、「こういうことをやってみたい!」と言ってくれると、僕はすごくうれしいし、ワクワクします。

もちろん、チャレンジの中には、失敗もあります。でも僕はチャレンジが成功することよりも、新しいチャンスと日々出会えていることにうれしさを感じています。

子どもと大人が一緒になってアイデアを形にするVIVISTOP

本気でやりたいなら、準備よりも覚悟を持って挑戦を

——これまでにさまざまな新しい試みにチャレンジされてきた山内さんですが、今後さらに挑戦したいことはありますか?

今後VIVISTOPのようなクリエイティブ・ラーニング・スペースが増えればいいなと思っています。そのような場が増えると同時に、その場に携わる人材育成も必要だと感じています。

ここでの子どもとの関わり方はマニュアル化できないことばかりなので、どのようにしたら子どもと共創する活動をつくれる人が育つのかを考え、そうした場をつくっていける人材の育成にも寄与できたらいいなと思います。

——最後に、教育業界への転職を考えている人に何かアドバイスをいただけますか?

本気で教育業界で働いてみたいと思うなら、準備はあまり重要ではないと僕は思っています。そのまま飛び込む覚悟で挑戦してみてほしいなって。というのも、たくさん準備したとしても、例えば僕みたいに突然経験も全くない図工専科になる可能性だってあるんですよ(笑)。偶然担当した図工専科でしたが、僕にとって6年間の経験は宝物。本当に感謝しかないです。

VIVISTOPでも毎日が偶然の連続。ここでは毎日、子どもたちからどんなお題が飛んでくるか分からないし、どんな展開になるかも分からない。準備ができないんです。人生全てが準備、みたいな感じ。

でも、その方がなんか生きている心地がするというか、慣れると結構おもしろいですよ。僕の息子たちにも楽しそうに生きている様子が伝わっているようで、うれしく感じています!

取材・文:小松 麻美 | 写真:竹花 康、ご本人提供