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自律的学習者を育てて社会を変える。食品会社営業の経験を生かし、学校と社会をつなぐ小学校教諭の挑戦

食品会社の営業職から小学校教諭に転身した山下徹さん。社会人経験を生かし、民間企業と協働した「総合的な学習の時間」の実践に取り組んでいる。

学校現場で働く魅力を「子どもの熱意や真摯さに触れることで、大人たちにも学びがあること」だと語る山下さんは、なぜ教育業界への転職を志したのだろうか。教育業界で働くやりがいはどこにあるのか、詳しく話を聞いた。

上司に育ててもらった感覚が教育を志すきっかけに

——まずは山下さんのご経歴についてお聞かせいただけますか?

私は現在、東京都三鷹市の小学校で教員をしており、今年で11年目です。前職は、食品会社で営業職として10年ほど働いていました。

チョコレートなどの洋菓子の原材料となる商品を取り扱う食品会社で、チョコレートのプロダクトマネージャーの仕事をしていました。

お話を伺った山下徹さん

——民間企業の営業職から教育業界への転職だったのですね。山下さんが教育に関心を持ったきっかけは何だったのでしょうか?

とある上司との出会いが1番のきっかけです。私はその上司から「育ててもらった」という感覚があって、その人と出会ったからこそ、私自身の思考や行動が大きく変わったんですよね。自分自身が人に育ててもらう経験をしたことにより、教育の力や可能性を実感しました。

当時の私は経営やマーケティングに関するさまざまな分厚い本を読んでいて、たくさんの理論をインプットしていました。でも、ただ理論を知っているだけだったので、上司はそんな私の「浅さ」を見抜いていました。

あるとき、徹夜して作ったマーケティングプランについての企画書を自信満々に提出したら、「お前の考えは浅すぎる」「考えに考え尽くしていたら、情景がカラーで見えるはずだ」と言われたことがありました。そのときは流石に、「自分はなんてちっぽけなのだろうか」と思いましたね。

——そんなことがあったのですね。山下さんはその上司の方からどんなことを学んだのですか?

物事に対して深く思考すること、リフレクションをして自分自身を振り返り、反省的に考えることを絶えず促されました。その結果、上司の考え方が私に乗り移り、いつの間にか自分にもその考え方が身についていることに気がつきました。

リフレクションを大切にしているのも、そうした経験が背景にあります。

学校を社会に開いていく存在になりたい

——民間企業を辞め、教員になろうと思った理由は何ですか?

リクルート出身の民間人校長である、藤原和博さんの存在が大きかったですね。一般的にすごく閉鎖的だと言われている教育業界の中で、藤原さんは「よのなか科」という取り組みを通じて、学校と社会とをつなげる試みを実施されていました。

教育業界についていろいろと調べていく中で、学校を社会に開いていく教育モデルに魅力と可能性を感じるようになりました。そうした新しいモデルの教育こそが、閉鎖的な教育業界を変えていくきっかけになりうるのではないかと思ったんです。

——小学校教諭に転職するにあたり、何か準備はされたのでしょうか?

もともと大学で教員免許を取得していなかったため、働きながら通信制大学に2年間通って教員免許を取得しました。平日の日中は仕事をして、課題図書の読書や勉強は仕事後や休日にしていましたね。

教員採用試験を受ける年には、3月で会社を辞め、4月に教育実習に行きました。その後2カ月間みっちり勉強して、試験に臨みました。

——前職と異なる業界に行くことに対して、不安や悩みはありませんでしたか?

ありましたね。ただ通信制大学に通ううちに、どんどん自分の気持ちも上向いていきました。民間企業に片足を置きながらも、少しずつ新しいことに踏み出していくことで、だんだん見える景色が変わっていったんだと思います。

また、採用試験の勉強中に、さまざまな学校を見学したことも不安の解消につながったと思います。当時はTwitterを利用して、見学先の学校を探していました。Twitterのような新しいメディアに飛びつく人は、教育業界の中でも革新的な人が多いのではないかという仮説を持っていましたが、あながち間違ってもいなかったように思います。

——実際に先生として働き始めて、先生になる前に持っていたイメージと、実際の仕事との間に何かギャップなどはありましたか。

ありました。一番大きかったのは、授業の仕方ですね。

先生になる前は、営業で培ったプレゼンテーション能力を生かして、「子どもたちに上手に知識のインプットをさせよう」と思っていました。しかしながら、実際に教壇に立って喋ってみると「何かが違うな」と違和感を持つようになりました。

そこで営業職から転職した自分自身の強みや、自分のポジショニングについて、今一度考え直しました。教科の専門性では他の先生方に追いつくことは難しいと感じました。それならばと、今後新しく登場する教科を自分の実践の軸に据えることを考えました。

例えばそれは情報や英語などですが、私の場合は特に社会と学校との連携の役割を担う「総合的な学習の時間(以下、総合)」を自分の強みにしようと思ったんです。

——なぜ「総合的な学習の時間」を、ご自身の軸に据えようと思われたのでしょうか?

教育業界への転職の契機となった藤原さんのように、学校と社会をつなぐ授業をしたいと思ったからです。また、前職で培った営業のスキルが直接生かせると思いました。

充実した総合のためには、学校と社会との間の連携が必要不可欠です。そのためには、学校からも社会へとどんどん働きかける、営業していくことが大切だと思います。ところが、企業などが外から学校に働きかけることに比べて、学校が外へと働きかけることはまだ少ないですよね。しかし「学校から外への営業」は、これまで私が取り組んできた営業に比べてとてもやりやすいと感じました。

なぜかというと、学校からの営業って「何か商品を売ること」が目的ではないですよね。一方で民間企業の営業職は、商品を売るという目的のために顧客に営業をかけます。そのため、自分が少し疑念を抱いている商品であったとしても、仕事である以上は売り上げを目指さなければなりません。

しかし学校であれば、「子どもたちのために力を貸してもらえませんか?」という形で、公的機関として一点の曇りもなく営業をかけることができます。

総合的な学習の時間の様子

子どもと接することで、大人も変化・成長できる

——山下さんは教員の仕事のどんなところにやりがいを感じていますか?

一番のやりがいは、子どもの成長を間近で見られることです。自分がかつて上司と出会って変わったように、子どもたちがさまざまな大人との出会いによって良い方向に変化してくれることが、すごくうれしいです。

教室だけでなく、体育館や図書館も学びのフィールドに

子どもとの出会いで大人自身も成長できるというところも、教員のおもしろさだと思います。子どもの真っ直ぐさや素直さに影響を受けて、大人が自分の生き方を見つめ直す、という感じ。

僕自身、子どもたちが自分が好きなもの、正しいと思うことに対してひたむきにまっすぐ進んでいく姿勢から学ぶことは多いと思っています。

——素敵ですね。今後挑戦したいことは何かありますか?

今後は、学校と社会との交流がさらに広がるといいなと思っています。学校と社会が連携する場は、社会人が子どもたちに何かを教える場ではなく、子どもたちから社会の人が教わる場にもなります。この関係がWin-Winだということが、まだあまり気づかれていないような気がします。

私が掲げているビジョンに、「自律的学習者を育てて社会を変える」というものがあります。自律的学習者の中には、子ども、先生をはじめとする周りの大人も含まれています。

「子どもと接することで大人自身も変わる」ということの可能性を日頃から強く感じており、子どもの熱意や真摯さに触れることで、大人たちが元気になり社会が変わっていく循環を作りたいと思っています。

整備された端末で海外と繋いで交流することも

——最後に、教育業界に転職したい方に向けてメッセージをお願いできますか。

ぜひ多様な背景や経歴を持つ方に学校現場に入ってきていただきたいです。教員になって常々思うのは、「子どもと接することにより、大人が得るものが大きい」ということ。私自身、子どもと触れ合う中で自分自身が磨かれていく感覚を日々感じています。

学校で働くという選択肢の中には、非常勤講師という選択もありますし、さまざまな人が学校に入り子どもと接する機会が増えてほしいと願っています。

取材・文:小野 裕太 | 写真:ご本人提供


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