見出し画像

企業人から複業する校長に。教員の役割は、学ぶ環境をデザインすること

ビジネスの世界でさまざまなキャリアを積まれてきた札幌新陽高校 校長の赤司展子さん。東日本大震災の被災地支援をきっかけに、教育の世界に関わることとなります。

これまでのキャリアで培ってきた経験を「学校教育」の世界で生かそうと「複業する校長」をコンセプトに活躍される赤司さんに、教育現場で実際に働かれてみた感想や思いについて聞きました。

ビジネスの世界から、教育の世界へ

——ビジネスの世界でキャリアを積んでこられた赤司さんが教育の世界に飛び込むきっかけは何だったのでしょうか?

私がPwCというコンサルタント会社で事業再生の仕事をしていたんですが、3.11の後の被災地支援に携わることになりました。

関わっていたのは、福島県の原発事故によって避難区域になってしまった双葉郡の子どもたちの教育復興のプロジェクトです。現地の教育委員会の方や先生、子どもたちと触れ合いながら、2年間プロジェクトマネージャーを務めました。そこで初めて教育に関わったのですが、やりがいを感じる一方で、学校教育、特に子どもたちの学びに、まだ変化の余地があるのではないかなと思いました。

私自身は教員免許は持ってなくて、教員でもないですし、自分に子どももいないので、保護者でもない。いわゆる第三者の私だからこそ、子どもたちに対して何かできることがあるのではないかと感じました。

特にいろんなジャンルの業種、職種を越境してきた自分だから、割とクローズドな学校教育という世界に踏み込めば、子どもたちに還元できることがあるのではないかなと思い、「学びの多様化」をライフミッションにすることを決めて起業しました。

——2021年から札幌新陽高校の校長を務められていますが、引き受けられた際の思いをお聞かせください。​​

札幌新陽高校とのご縁は、福島県での復興支援のプロジェクトでご一緒した荒井優さんが、当時、新陽高校の校長をされていて、私の設立した会社でサポートをさせていただいたのがきっかけです。

校長のお話をいただいたときは驚きましたが、同時に、純粋にワクワクしました。福島の復興に関わっていた時も、教育長や校長などビジョンを引っ張るリーダーの存在が大事だと感じていました。

特に新陽高校を引き継ぐ場合は、変革をし続けなくちゃいけない学校だということも分かっていて… 新陽高校は常にファーストペンギンでいようという、そもそもの学校文化がありました。そういう学校だからこそ、私に校長の話が来たんだと思いますし、私も新陽高校の校長ならおもしろそうだなと感じ引き受けました。

お話を聞いた赤司展子さん

——転職前に教員の仕事にどのようなイメージを持たれていましたか?

2014年以来教育に関わっていますが、本当に子どものことを大事にしていて、そこは日本の先生の誇れる点だと思います。ただその反面で、先生たちの頑張りや犠牲の上に成り立っている日本の教育現場の問題も感じています。それは先生たちの責任というよりは、日本の学校教育のシステムに問題があると、私は思っています。

そのシステムを変えるためには、ずっと教育の畑にいる方だと、どうしても「こういうもの」だと思い、歯を食いしばって頑張ってしまうので、「いや、それってなんで?」とか 「本当に必要?」と、ものごとを考えるきっかけを作る私みたいな質問魔がいた方がいいのかなと思いました(笑)。

——教育現場に入られてギャップはありましたか?

ギャップはありました。それこそ自分が教育に関わるようになって5年以上経ちましたが、2021年以前は学校外の人材として関わっていたこともあり、校長となった今とは見える景色が違ったんです。

例えば、業務のDX化が進んでいたにも関わらず、職員会議は共有したドキュメントを端から端まで読んでいくような昔のままのやり方で行われていました。1カ月に1回しか実施されないということにも違和感がありました。企業では、日々動いている業務に関して月に1回で済む会議なんてないですよね。

そこで、連絡報告だけの職員会議はやめることにしました。新陽高校は先生たちにリテラシー(情報を適切に理解・解釈する力)があったので、できるという確信がありました。同時に、自律した組織を作り、チームとして動きたいと思っていました。

そのために「中つ火を囲む会」という対話の会を始めました。「中つ火」とは焚き火のことで、職員会議がなくなった代わりに、その時間で皆で焚き火を囲むように対話する場を設けたイメージです。

先生たちの対話の会「中つ火を囲む会」の様子

教員の役割は、環境をデザインすること

——対話の会「中つ火を囲む会」ではどのような対話をされているのでしょうか?

「生徒が主体的に学ぶには、どうしたらよいか」など、正解がないことについて皆で対話をしています。「中つ火を囲む会」は答えを出す場ではないので、とにかく話します。

対話の目的は自分自身を理解すること、お互いを理解して尊重し合うこと、メンタルモデル(誰もが自覚なしに持っている価値観・思い込み)を共有することなどにあります。問題をシステムとして捉える学校、自律型人材による自律型組織を目指しています。

——今まさに生徒に求められている力ですが、教員にこそ必要な力ですね。

生徒に主体的・対話的で深い学びとか、創造的で協働的な力、生きる力を求めるのであれば、私たち教員がそうでなければいけないと思います。

——今お話にあった「主体的・対話的で深い学び」は、新陽高校が大切にしている価値観でもあると思うのですが、これから教員になろうという方が、転職前にどんな価値観やスキルを身につけておくと良いと思いますか?

クリティカルシンキング(分析的思考力・本質を見抜く力)は、 正直誰にでも必要なスキルだと思っています。なぜなら、自分たちが当たり前だと思っていたことが、 昔以上に当たり前ではない時代だからです。

コロナ禍がまさにそうですよね。起きると思っていなかったことが起きたときでも、私たちは考えて行動しなきゃいけない。そのときにやはり思考停止しないってことが重要だと思っています。それは子どもも同じです。子どもたちにそういう風に育ってほしいのだったら、私たち自身がそうあるべきだと思うのです。

教員の役割は、知識を教えることだけじゃないというのはよく言われますが、新陽高校の先生に期待しているのは、 多様な生徒が自分らしく学べるように環境をデザインすることです。全てが学びを作り出す環境になるので、環境デザインが教員の役割じゃないかなと思っていて。そのデザインはそれぞれの個性を発揮してほしい。

自分は何のデザインが得意なのかとか、どういうものをデザインしたいのかというのを自分自身が知るというのは、先生をしている方には必要ではないかなと思います。

越境キャリアのすすめ

——今後の展望について伺えますでしょうか?

2030年に向けて本校で去年から掲げている「人物多様性」というビジョンがあって、やはりその具現化にどれだけ近づけるか、 私が校長として責任を持ってやらなきゃいけないことだと思っています。同時に、校長のオファーをいただいたとき「新陽だけが良くなればいい、というのでなければ、引き受けます」と条件を出させていただきました。

生意気なんですけど、新陽高校がやった実践が成功したとしても失敗したとしても、何らかの糧となって、他の学校でも転用してもらったり、参考にしてもらえるようにしていきたくて。新陽で活躍した先生が他の学校や、それこそ学校を出て一般社会で企業で働くとか。おもしろい道を開いてくれるきっかけとなる学校を作りたいと思っています。

また、私自身がずっと学び続けたいのです。まだ校長の役割を果たすのに必死であんまりできてないですが、 新しいことには常に自分も挑戦していきたいです。

——すごく素敵だと思います。転職は、新しい環境に慣れるなど困難もあったと思うのですが、そういうときに自分自身にどんな言葉をかけましたか?

生徒たちと話していて感じるのは、今の子たちって安定している(と思い込んでいる)職業に就いて、ずっと続けられたら…みたいなこと思っているようなのです。

「いや、その仕事は10年後あるか分からないから。そもそもそんな安定なんてあり得ないよ。私も大学を卒業するとき、こんなに何回も自分が転職をすると思ってなかった(笑)。だから大丈夫だよ!あとはなんとかなるから」と話しています。

そのときに必ず伝えているのがまず、その仕事を続けるにしても変わるにしても、そのどちらがいいかを選ぶための自分の心を知っておくこと。 さらにもっと大切なのは、最終的にどちらを選んだとしても、その道が正しかったと思えるように、そこから努力することだと思います。

何を選んでも正解だけど、自分が正解だったと思えるように、選んだ後にやりきること、そこが大事かなと思います。

札幌新陽高校の職員室前の風景

——すごく大事な考え方だと思います。

私は自分自身のキャリアを「越境キャリア」と呼んでいます。文字通り、自らが所属する組織を越えて職業を経験して、より広い範囲の人々と交流を図るので、このように呼んでいるんです。

実は「転職すると戻れない」と思っている人がいることに最近気がつきました。でも動いたってことはまた動けるんです。ダメだったら戻ってやり直せばいいやぐらいの気持ちで、とりあえず越境してみるのがすごくおすすめですね。教育に興味をお持ちの方、どうぞ越境キャリアを試してみてください。

取材・文:及川佳代子 | 写真:ご本人提供

この記事が参加している募集

この経験に学べ