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それでも何とか自分にできることはないか?を常に考える。働く意味を問い直し、ベンチャー企業から教員の道を目指した理科教諭の挑戦

「日本の学校と社会を新しい教育で融合できないか」と考え、挑戦し続けているかえつ有明中・高等学校 教諭の深谷新さん。その挑戦の過程では、「人の成長に関わっていきたい」という思いで就職した企業での経験がとても役に立っているそうです。

企業での勤務を経験したからこそ、自分にできることが明らかになり、企業と教育業界をつなぐ挑戦に乗り出した深谷さんのキャリアストーリーを聞きました。

働く意味を問い直し、民間企業から教員の道へ

——深谷さんは、人材派遣のベンチャー企業から転職して公立中学校の教員になられたそうですね。どうしてそのようなキャリアを選択したのでしょうか?

大学時代、水産学部で海洋研究をしていたのですが、進学したときから、卒業後は研究者になるか教員になるかの二択で考えていました。

大学院ではサンマの研究をしていましたが、研究をしている間に「人と関わる仕事に就きたい」と考えるようになったんです。在学中に教育実習に行ったこともあり、教員を第一志望に考えていました。

しかし就職活動を通して、人材や研修などの「人を育てる」仕事があることを知りました。会社説明会で北海道から東京まで足を運んで、毎日のように経営者の話を聞く中で人材の仕事への興味が湧いてきて、就職先を探し始めました。

民間企業から教員に転職するのは、教員免許を持っているからいつでもできる。今は、民間企業への就職にチャレンジしてみようと思い、人材派遣のベンチャー企業への就職を決めました。

お話を聞いた深谷新さん

——人材派遣の会社では、どのような仕事をされていたのですか?

結婚後の女性の「働く」を応援する人材派遣の会社で、2年間働きました。女性がもともと持っているスキルを生かしながら数時間働くことで、スキルを維持し、同時に家庭と両立できるような形での働き方を提案していました。今は女性活躍が推進されていますが、当時はまだまだ新しい働き方でした。

ベンチャー企業だったということもあり、2年間でいろんなことを経験しました。入社日の翌日から研修として飛び込み営業に行った経験は、今ではいい思い出です(笑)。

民間企業で仕事する中で、冬期休暇の課題で「自分の使命とは何か?何のために仕事をしていきたいのか?」という問いと向き合う機会がありました。そのとき、私の中には「子どもたちのために働きたい」という気持ちが、奥底に眠っていることに気がついたんです。それが、民間企業から教員に転職するきっかけでした。

企業で得たのは、時代の変化に気づく力

——実際に教員として働き始めてみて、いかがでしたか?

公立中学校に赴任して1年目は、中学2年生の担任になったのですが、生徒との接し方が分からなくて、ぎこちなかった記憶があります。どんな風な口調で、どんな態度で接したら良いのか分からなかったんですよ。

会社員として外回りの営業をしていたこともあり、生徒に接するときの言葉遣いが、お客さんを相手にするような感じになっていました。例えば、咄嗟に「かしこまりました」と言ってしまったり(笑)。

難しかったのは男子生徒との関係構築でした。今でこそ一緒にふざけ合うこともできるのですが、最初は注意しかできなくて、男子たちからは「先生は女子をひいきしている」と言われたこともありましたね。

——そんなことがあったんですね!逆に、民間企業での経験があったからこそ良かったと感じることはありますか?

一つは、仕事に対する姿勢です。私がいた会社では、「時代に合わせた価値を創造する」というビジョンを掲げ、いつもそれが求められていました。このビジョンは、教員になっても決して変わることなく、教育現場でも必要なビジョンとなっています。

また、「給料を頂いている以上、プロとしてあれ」と上司から教わり、一つひとつの仕事の責任感を持つ大事さも、いつの間にか学んでいましたね。

主婦の方が中心の派遣会社だったこともあり、学校でいうと、ちょうど子どもの保護者層と近く、保護者対応にもあまり不安を感じませんでした。苦情のようなものが届いたとしても、保護者が何に困っているのか、その背景がなんとなく想像できたので、その方が何を心配されているのかに寄り添いながら話を聞くことができました。

——民間企業で獲得したさまざまなスキルが、教育現場で生かされたのですね。

そうですね。一方で、民間企業と教育現場のギャップを感じたことも事実です。社会のニーズを見て常に事業をアップデートしていく企業と比べて、変化が起こりにくい現場に驚いたこともありました。

教員1年目は、現状把握で精一杯でしたが、それでも何とか自分にできることはないか?と常に考えていました。どこに違和感を持っているのか、どんなところに貢献できそうか?それは、公立にいた頃も私立に移った現在も、変わらず大事にしている考え方です。

現在の学校現場は、いじめなどの生徒指導、長時間労働や部活動といった先生の働き方の課題、探究的な学びやICTを使った授業への挑戦など、本当に多種多様な課題を抱えています。これらは学校現場特有の課題ではありますが、自分が実際に教員になってみて民間企業で蓄積されたノウハウが生かせる部分もたくさんあると思いました。

学校が社会とつながれば、もっとおもしろくなる

——深谷さんは、公立と私立の両方をご経験されていますよね。公立と私立では、どのような点に違いがあると感じていますか?

私立学校が新たな取り組みや革新的な実践をしているのを見るたびに、僕は「私立はお金があるからできる」と思っていました。でも実際は、それは違うかもしれない、というのが今の感想です。

私立がその取り組みを実施できるのは、予算があるからなのか?生徒が選抜されているからなのか?

まだ明確な答えは自分の中にありませんが、これまで「私立だからできる」と言われる考え方に疑問を感じており、大切なことは人と人(生徒・保護者・教員)との関係性なのではないかと感じ始めています。

逆に私立にいると、公立学校だからできたこともいっぱいあったのだということも、分かり始めています。

今は公立学校や民間企業で培った経験を私立学校で活かすという立場にありますが、いずれは私立学校で経験して学んだことを、公立学校に転用できたらおもしろいですよね。

——私立学校に勤務されてからも、公立学校のことを考えているのはなぜですか?

私立に勤務し始めて、私立学校は全国の中でも一握りであるということを改めて思い知らされます。私立のように一部の生徒たちが学べる場を整えるだけではなく、どんな状況にいる子どもでも学べる場所の環境を整えることが、やはり大切なのではないかと思うようになりました。

昨今、新設校が各地に設立されていますが、新しく学校を作るにはやはりある程度の資金が必要です。それに日本の公教育がこれまでずっと取り組んできた歴史を考えると、その知恵を生かしていきたいと思うんです。

将来的には、公立・私立といった学校現場と民間企業、それぞれの強みを教育業界でうまく融合させることができないだろうかと、日々思案しているところです。

——素敵な展望ですね。最後に、昔の深谷さんのように民間企業から学校の先生になりたいと思われている方に一言いただけますか。

学校現場であれば、本業を続けながら非常勤講師というパートタイムの仕事で学校と関わることができます。そうすれば、今の学校の良さや課題を垣間見られると思います。

ましてや民間企業で働いている方が、非常勤講師として学校に入った場合、とても重宝されると思います。

これまでお伝えしてきたように、企業で培ってきた社会人としての力は、教育現場でも生かすことができます。

企業では成果を出すことを求められるので、誰しもリアルな苦労話や達成感を感じたストーリーを持っているでしょうし、成果にコミットするだけの力も持ち合わせていると思います。先生にとっても子どもたちにとっても、その力や経験がとても素敵に映るはずです。

その中でも、社会と学校をつなぐ取り組みがあれば、ぜひ積極的に関わってみてください!きっと民間企業で働いていた方は、企業と学校の橋渡しをする役を上手に担えると思います。学校が社会とつながることで授業はおもしろくなり、生徒の目が輝き出すはずです。

ぜひ企業で経験したことを強みに、どんどん新たなことにトライしていただけたらうれしいです!

取材・文:滝沢 薫 | 写真:竹花 康