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小澤メモ|SENTIMENTAL JOURNEYMAN|おっさんの旅。

9 おっさんの旅  辺境編 落石岬。

スモーキーな空と風。
3月下旬。羅臼や知床ではまだ雪深かったが、根室まで来ると、もうすぐ雪が溶けきって北海道の短い夏へと向かっていく気配を感じていた。ただ、道道142号線から北太平洋シーサイドラインは、海べりを走るのでとにかく寒かった。太平洋から吹きつけてくる風がとにかく冷たかった。天気は晴れなのだけれど、青いというよりはスモーキーという感じで、それが冷たさを割り増ししているような気がした。ただ、この辺りで感じるスモーキーな空と風の冷たさは、嫌いじゃない。根室や花咲、そして落石から別当賀、霧多布湿原へと続く風景。それは人が積極的に絡んで構成されたものではなく、海と大地と果ての風に吹きさらされたままの風景。だから、原色ドッカーンというより(という短い真夏の風景も最高だろうけど)、なんともいえない色が少し感傷的にさせてくれて、ひたすら冷たいのだけはビシビシとくる感じは、この場所と合っていると思った。

根室から20km、絶壁。
道道142号線はハイウェイではないからスピードは控えめ。すれ違う車は滅多になく、煽ってくる車もない。だから、ひたすら走っているとついついアクセルを離すのを忘れるのではないかと思うけれど、そうはいかない。速度違反の取締をやっている。それもあるけれど、とにかく鹿が多い。鹿が道を横断している。小さな子どもを連れている鹿も見かけた。もちろん鹿たちのためにも、そしてぶつかったとしたらこちらも大事故になるので、気をつけなくてはいけない。次に寄り道したのは、根室から南西へ20kmほどのところにある、断崖絶壁と野原のコントラストが素晴らしい落石岬。海面を1層目とするなら、それから地図の等高線1つ分、フラットにだだだーと土を盛って2層目をつくったような感じ。等高線1つ分の断崖絶壁がそびえ立っている。

何もしないというのをしてる。
落石岬一帯には、何もなかった。土産屋はもちろん、食事処やコンビニもなかったと思う。灯台と湿原。あとは断崖絶壁を削る海と風。野原と鹿たち。車から降りて野原へ。すぐ近くだと思ったら、野原の先端、断崖絶壁までは、けっこうな距離があった。途中、細かな雪が舞いはじめた。とても冷たかった。だけど、ただただ何もない野原を、そこに見えているのにたどり着かない海に向かって進むのは楽しかった。ここでも、進んでは止まって、写真を何度も撮った。旅の後で見返したら、同じような景色がひたすらあっただけだった。それでも、そのときは野原を進むたびに景色や構図が変化していると感じていた。ま、感動していたのとは裏腹に、自分のスキルのなさが露呈しただけなんだけども。落石岬は、きっと春だけでなく夏も秋も冬もずっと静かなままなんだろうと思った。太平洋からの風を一身に受けて、大地は少しずつ削られていったとしても、ただそこでじっとしている。じっとしていることができない社会になって久しい。そういう世紀にあって、このひたすら感はすごいと思った。それと、美しい野原には、写真には写らないが鹿のコロコロした糞がすさまじい。9
(写真は断崖絶壁と野原の落石岬/2019年)

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