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ドラマ『生きとし生けるもの』は重たいテーマながら、爽やかな後味の残る素敵な作品でした

今や日本を代表する俳優の一人となった妻夫木聡と、日本はもちろんハリウッドでも活躍し、「世界のケン・ワタナベ」と呼ばれる渡辺謙。この二人がタッグを組んだテレビ東京60周年特別企画ドラマ『生きとし生けるもの』。

テーマこそ重たいけれど、観終わった後の清々しい気持ちに自分でも驚いたところがあるくらい、不思議と爽やかな後味の残るドラマでした。二人で旅するロードムービーだったせいもあるかもしれませんね。

たぐいまれなる才能を持った外科医だった妻夫木聡演じる佐倉陸。あるきっかけでメスを握れなくなり、内科医となって入院患者と向き合う日々を送っていました。自身も精神安定剤を服用し、深い悩みを抱えながら生きていました。

その患者の一人が渡辺謙演じる成瀬翔。繰り返される手術と抗がん剤治療、痛みにうんざりした成瀬は「俺のこと殺してくれないかな?死にたい」と陸に言います。陸は「いいですよ。引き受けますよ、俺」と。

「カリウムで5分で逝けます。プロポフォール最初に投与しておけば、眠るように逝けます」

陸は事も無げに言い放ちました。あまりにもあっさり死ぬ方法を口にする陸に、成瀬は少しとまどったようにも見えました。

「成瀬さん。でも、いきませんか?死ぬ前にいきませんか?死ぬ前に…いきませんか?」

この「いきませんか」は「生きませんか?」「行きませんか?」どちらの意味も含んでいたんでしょうね。

「死ぬ前にしたい10のこと」を書かかせようとした陸。何も書けない成瀬。でも「風浴びてみたいかな…」

そして二人は病院を抜け出して、バイクで旅に出ます。風を浴びながら…。バーベキューをしたり、キャンプをしたり。

本当は持ち出してはいけないカリウムを陸が病院からこっそり持ち出し、そのカリウムとプロポフォールを目の前にした成瀬。

「死ぬか生きるか選べる。生きる権利があるなら死ぬ権利もあるだろう…いや生きるのは義務か」
「病棟の奥の方の部屋、自分で飯も食えず、全身管だらけ。胃ろうで流し込んで、起き上がることもできず。おしめ当てて、そこまでして生きたいか?あれは本人の意思なのか?」
「いえ。そうとも…。医者は命を助けたい生き物です。でも、僕は虐待ですらあると思ってます。成瀬さんの生まれた頃より、医学の進歩によって格段に平均寿命は伸びました。でも、それってホントに人々を幸せにしたんでしょうか?」

ドラマ『生きとし生けるもの』より

その会話の翌朝、キレイな朝日を見ながら涙ぐむ二人の姿が印象に残っています。

「ボーヤ先生」と「オッサン」と呼び合うようになり、専属医と患者の二人の絆は確実に深まっていきました。

バイクの次はキャンピングカーで成瀬の生まれた街へ行ったり、初恋の人に再会したり。

原田知世演じる初恋の相手・百合とのシーンは、年齢を重ねた大人同士なのになんだか初々しくて微笑ましくて、素敵な空気が流れました。

百合と楽しい時間を過ごした後で、成瀬がとうとう「死なせてほしい」と言い出しました。

陸は、末期がんだった自分の母親の最後の3か月が必要だったとはどうしても思えなかった複雑な気持ちを抱えていました。それは医療が引き伸ばした時間であって、本人は苦しんだだけで医者は見て見ぬふりで何もしてくれなかった…と。

だからこそ、自分は人の人生を救いたい…神様がいないから自分がやるんだと…。そういう想いから、死にたいという成瀬の想いを遂げさせてあげようとしたのでした。

でも陸にとって成瀬は今や患者という存在を超えていて「オッサンがいなくなるのが嫌だ」と子どものように泣きじゃくりました。成瀬に「それはおまえのエゴだろう?」と言われても「エゴでいい。俺はオッサンがいなくなるのが嫌だ!俺はオッサンが好きだ!」

「たとえばオッサン、俺のために生きてもらえませんか?せめて、明日まで」

この陸の言葉に根負けして、あと一日自分の命の期限を伸ばすことを決めた成瀬。

翌日成瀬がもう一度海が見たいと言い出しますが、実は何十年も会っていなかった娘に最後に会いに行きたかった…そこが成瀬にとっての最終目的地だったわけです。

娘と妻の話をしたり、親子として向き合えた成瀬。これで本当に思い残すことがなくなり、薬も効かなくなってきたと成瀬。「その時が来たんじゃないか。辛い、苦しい。楽にしてくれ。魔法の薬、出番かな」

ところがカリウムが2本あることに気づいた成瀬は、陸が成瀬が死んだ後に自分も死ぬつもりでいることを察知します。

「確かに、患者さんの体の痛みは分からなかったかもしれない。だけど、俺の心もいつだって痛かった。胸が痛むんですよ。あれから…」
「失敗したからか。オペに」
「オペは失敗してない」
「看護師たちが噂してた。おまえの恩師の、高校の恩師の手術の時、手が震えたって…」
「あれから、メスが持てなくなった。そして、妻が出て行った。彼女は僕じゃなくて、天才外科医と呼ばれる僕が好きだったんですよ。しょぼくれて、心療内科に通うようになった俺には興味はない。男、いましたよ」
「それは、おまえの今までだ。あんたにはこれからがある。これからがある。生きろ!生きろよ。おまえが捨てようとしている明日は、誰かがのどから手が出るほどほしい明日だ。生きてくれ」
「なんで…なんで生きなくちゃいけないんですか!教えてくださいよ!」
「生まれてきたからだよ!生まれてきたからには生きるんだ。過去を旅して心が動いた。俺は今を生きた。俺は、俺はボーヤ先生の病院であんたに看取られて死ぬ。帰ろう。それまで俺は生きて、そして死ぬ」
「オッサン…」

ドラマ『生きとし生けるもの』より

陸との旅の中で心に変化が生まれた成瀬は、陸のために最後まで生きることを選択してくれたのでした。

「そうだよな。人間は自分のためだけじゃなくて、人のために生きてるのかもしれないなぁ。自分のためだけじゃ、味気ないっていうか」

まさにこの成瀬のセリフを、陸のために体現しようとしてくれた成瀬と陸の絆に涙涙でした。

3年後、緩和ケア専門チームの医者として働いている陸。

オッサン、元気ですか?俺は元気です。なんとか頑張ってます。俺はあれから緩和ケアの医者になりました。この分野、まだまだ理解は薄いけど、患者さんの人生を守りたいんです。患者さんたちに、安心して逝ける場所を。ああ、やっとこの世とおさらばできる…じゃなくて、この世も悪くなかったなって思って逝ってほしいんです。だって、この世って悪くないじゃないですか。オッサンが教えてくれた。

オッサンは最期に笑った。意識はないはずなのに。確かに笑った。一番の笑顔だ。今も胸に焼きつく。

オッサン、俺、生きてます。

ドラマ『生きとし生けるもの』より

この陸のナレーションに心が救われました。

「いい医者になれよ。俺みたいな、幸せな患者、増やせ」

オッサンのこの最期の言葉を胸に、陸はこれからも医者としてたくさんの患者に寄り添って力強く生きていくことが確信できました。

死生観は、十人十色だと思います。私自身大切な人の死をいくつか経験し、それを経て"死"が身近な存在になりました。昔ほど死ぬことが怖くなくなったような気がします。

それでもきっと実際に自分がもうすぐ死ぬとなったら、こんなこと言いながら成瀬のようにあがいてしまうのかもしれません。

それは自分のためというより、自分にとっての大切な人のためにもう少しだけ生きたいと…そう願うからだと思います。

脚本の北川悦吏子氏も難病を抱え、自らの闘病生活から得た経験や想いを形にしたくてこのドラマを書き上げたそうです。

成瀬役の渡辺謙は白血病で苦しんだ経験もあり、医療ドラマを固辞していて最初は断ったそうです。それでも北川氏とのメールのやり取りの中で、彼女の死生観を演じてみたいと思い、引き受けたと。

妻夫木聡と渡辺謙という二人の俳優の力量がなければ、このドラマは成立していなかったと感じます。二人だったからこそ描けた世界観が、確かにそこにあったと思います。

「人は何のために生きるのか?」これは人間にとって永遠のテーマだと思います。「生まれたからには生きるんだ」そうですよね。この世に生まれたから、自分の寿命までは命をまっとうしなければ…。

改めて生きること、死ぬこと、命について深く考える機会をもらえたドラマ『生きとし生けるもの』。時間を置いてから観直したくなる大切なドラマが、また一つ増えました。

長い文章、最後まで読んでくださりありがとうございました。

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