命在るカタチ 第二話 日常の狭間(過去作品)

合作小説『命在るカタチ』(life exist form (Life's existe a Form))

第二話
「日常の狭間」

 ブラインドで光をさえぎり、光を落とした会議室。
 ここでは現在重要な会議が開かれていた。

 カシャッ カシャッ

 OHPのスライドに未羅が映っている。
 ゲームセンターの未羅。
 泣き出してしまう未羅。
 喫茶店でオレンジジュースを飲む未羅……


「……以上が、今回の未羅の行動の概要です……ファイルは米国本社へ送信済みです」
 男はそれだけ言って、手元のファイルを閉じた。
 闇に覆われていた部屋に明かりが燈る。
 ブラインドが引かれ、外の景色が窓へと映り込む。
 見回せば色々な人々が見える。人数は5~6人と言ったところだ。
 いずれも『テクニカル ライフ ルーツ』開発部の人物達だ。
 それに、日本支社の重役達の顔も合った。
 ……スーツに身を包んだ男が目立つのはそういうわけなのだが……
 ……もう少し華が欲しいものだ……
 議題は……社内でも一部の人間のみで極秘に開発が進められているプロジェクト。

『プロジェクト・フェミニニティ』

「で? ……冴木君……何故彼女を力ずくでも連れ戻さなかったのだ?」
 重役の一人が口を開いた。
 冴木と呼ばれる男はそれと悟られないように溜息をつく。
「それが出来たらそうしていますよ……」
 男は思った。
 愚かな奴に付き合うことほど疲れることはない。
「そうしないように……と私に言い含めたのは貴方方だったはずでしょう?」
 彼らは自分達こそ正しいと信じて微塵もそれを疑わないのだ。
 悪いのはいつも他人。
「しかしね……キミ……彼女の行動は……かなり予定外のことだ……」
 別の技術者が口を挟む。
「ですが……いや、だからこそ……それに伴う収穫はあったはずですよ?」
 冴木と呼ばれた、明るい金髪が目立つ青年は不敵に笑みを返す。
「しかし……大きな問題も……」
 スーツではない、現役開発者らしき長身の男は苦々しい顔をしていた。
「『キー』……ですか?」
 揶揄するかのように笑う。
「そうだ……」
「未羅はあれがどれほど重要なものか知りませんから……起こり得る事態であったはずでしょう?」
 微笑を崩さぬまま、冴木はしれっと言う。
「……冴木君……!」
 がたんっ!
 椅子を倒して、長身の男が立ち上がる。
「君は何を考えて……!」
「……私は監視者として本社から派遣されて来ているに過ぎません……」
 微笑を絶やさず、目を伏せる。
 絶対たる自信故の行動。
「未羅に関して言えば……元々、貴方方に責任があるはずでしょう?」
「…………」
「月沢博士」
 冴木は末席に位置する男に話しかける。
 ……眼鏡をかけた、痩身の男だ。
 スーツ姿の人間が多い中、白衣姿が目立つ。
「あなたの『娘』さんの事……よろしく頼みますね」
にこやかに微笑む。
「私に……どうしろというのだね? ……君は……」
「それに関しては……一つ提案があるのですが……」
「提案……だと……?」

 ……月沢 神持(つきさわ しんじ)……
 それが彼の名だった。


「未羅、入るぞ。」
 一言告げ、彼は『娘』の部屋に入った。
 ベットの上でうずくまるようにしていた未羅は彼の方を見る。
「父さん。」
「話があるんだが……」
「何?」
「実は……な……」
 視線を床へ戻して、
 考え込んでいるようにも見える未羅。
「私はそこへ行かなきゃいけない?」
「いけなくは……ないがな……」
 生憎、強制するわけにもいかない。
「……だが……」
 言葉に詰まる
「『彼』に会う事は出来るな」
「…………」
 無音……
 否、遠くに救急車のサイレンの音が聞こえた。
「……そっか……」
 呟く。
 サイレンの音は遠ざかってゆく。
「父さん。」
「何だ?」
 出来るだけ優しい声で言う。
「十字架……無くしちゃった……」
 未羅は神持の方を見ようとはしない。
 ……流石に後ろめたいものがあるのだろうか?
「父さんが持ってた……母さんの形見……」
 消え入りそうな声。
「……あまり気に病むな……」
 もともとそれは形見などではないのだから……
 神持は未羅に向けて、微笑んでみせる。
 ……未羅はその微笑を見る事はしなかったが。
「大丈夫だ。ちゃんと見つかる。」


        ……そう……

        ……見つかる筈だ……


「今度の休みに……母さんの墓参りに行こうか?」
 話を切りかえる。
 ゆっくりと、未羅が顔を上げる。
「ほんと……?」
 おそるおそる、といった風に問う。
「ああ」
 言って、微笑む。
「明美(あけみ)も寂しがっているだろうからな」
「母さんが?」
「ああ」
「ボクが行ったら……母さん寂しくなくなるかな?」
「ああ」
「ほんと?」
「当たり前だろう?」
 もう1度微笑む。
「母さんはお前の母さんなんだからな」
 電灯の光が何処か虚しく思える。
「お前に会いたがるにきまっているからな」
 だが表情とは裏腹に、神持の瞳の奥にはどこか寂しさが宿っていた。
 未羅はそれに気が付くことはなかっただろうが。



 キーンコーンカーンコーン……
 昼休みを示す、お決まりの鐘。
 一人の男子生徒がプリントの束を持って、日が差し込む階段を一歩一歩慎重に歩いていた。
 ……何せプリントの量が半端ではない。その男子生徒はプリントに邪魔されて前を見ることさえ出来ずにいるのだから。
「くっ……そぉぉぉぉぉ!!!」
 顔を真っ赤にして、 1mを超えるプリントを根性で一気に運ぶその生徒。……それは柄咲だった。
「柄咲ぁー。がんばれよぉー」
ムカツク……
「わ、たいへんねぇ」
 ……一部生徒が、柄咲の脇を嘲笑しながら去っていく。
 だが、無視して去ってゆく者の方がその20倍は多い。
 ……畜生!なんだって俺がこんなことをしなくちゃいけないんだ!

 ………………

 俺は……昼飯を食い終わって、窓際でボーっとしていた。
 昼休みの窓際での放心タイムは俺の至福の一時だ。
 ……ぼ~
 ……ボケー……
 ……グゥ……
 その時。

 ドサッ
「涼野ぉ、そのプリント職員室まで運んでおいてくれぇ」
 一瞬、事態が飲みこめなかった。
「じゃあなぁ」
 ……だれだ……おれの至福の一時を邪魔するのは……。
 ……うおっ!!!!? おおおおおお!!?
 そこには山と詰まれたプリントが……1メートル以上も積まれていた……。
 そして一番上のプリントに付箋紙が張ってあった。
『職員室まで運んでおくこと   木塚(きづか)』
「……あの野郎……」
 木塚は俺のクラスの担任。理科の教師だ。
 ……怖いことで有名な教師。
 ……そして女に甘い教師ということでもことでも多分この学校では言うまでもなく知れ渡っている。
 まあ、世の常として女に甘い男は同じ男にはいたって厳しい物なのだが……。
「……俺に恨みでもあんのかよ……」
 ……悪態でもつかないとやってられない。


 ゼェ……ゼィ……
 ひとつ階段を下った職員室につくころには、体中が悲鳴をあげていた。
 ……良く脳の血管が無事だったものだ。

 ガンガン!ゴッ…………ガガガガガッ

 俺は一応『足で』ノックしてその足でドアを開けた。
 しかし、今のはノックに聞こえなかったらしく、一斉に教師達の視線を浴びた。
 職員室に入ると、名前とクラスを言い、担任の木塚の机までプリントを運ぶ。
 すると 木塚はタバコをふかして隣の女性教諭としゃべっていた。
 ……木塚め……いつか地獄をみせてやるっ……!!
「先生……」
「ですからねぇ……」
「……先生!!」
「……なんですよーハハハハ」
「……こ……の……」
 俺の手はプルプルと怒りに震えていた。」
「木塚……先生ってば!!」
「で……ぉ?なんだ涼野か。ご苦労ご苦労……」
 ご苦労じゃねぇよこのクソ教師!!
 ……とでも言ってやれたらどれだけ爽快であったことか……
 とはいえそういうわけにもいかず、俺はその言葉を喉元で押し止めた。
 俺はさっさと職員室を出て行こうとした。
 だが、職員室とつながっている校長室の前で……そう。
 何かこの学校に似つかわしくない雰囲気を感じ取ったのだ。

 あの時と……似ている。
 校長室では校長と誰かが話していたので、
 俺はさっとドアの陰に隠れて聞き耳を立てることにした。
 なぜそうしたかは良く分からない。多分本能ってやつだ。

「……のように取り計らって頂きたいのですよ。文部科学省……育委員会に……話……」
「しかし……大丈夫……で……か?」
「……ええ……我々の……は……完璧……す」
「しかし……は……驚いたも……ですなぁ」
「これもひとえ……我々……成果……しか……くれ……極」
「そ……で……その……徒の名前は?」
 ……生徒の名前?
 ……しかし、上手く聞き取れないな……
「ええ、名前は…… 月……」



「おいコラ涼野、何をしている」
 俺はビクッとしてふりかえった。
 担任……木塚だ。
「何をしているのか聞いているんだ」
 険しい表情で木塚が問う。
 そこで俺は自分の行動を上手く説明するのが非常に難しいことを悟った。
「ははは……」
 一応笑ってみる。
 ……引きつっているのが自分でもよく分かったが……
 自分の行動に説明がつけられないというのは結構厄介な状況である。
 否、仮に説明できたとしても今回の状況では自分の立場が不利になるのは目に見えている。
「ええ……ちょっと忍者の修行を……」
「ほぉぉ……忍者の修行……をねぇぇ……」
 ニヤニヤとキモチワルイ笑いを浮かべる木塚。
 ……その笑い方はやめてくれ。
 いくらなんでもこっちの心臓に悪すぎる。
「ええ、先祖代代忍者の家系なもので……」
 我ながら苦しい言い訳だと思う。
 無理矢理笑顔をみせながら、
 何とかその場を逃れようと試みる。
「あははははははは……・」
「んふふふふふふふふふ……」
 空気が白い。
「……涼野」
「はい……」
「忍者の修行をするくらいなら、理科学の修行をしろ。……おまえ何本試験管割ったら気がすむんだ」
「……へぃ。」
「返事は『ハイ!』」
 でかい声で言わんでも聞こえるよ。
 木塚、あんたは体育の教師のほうが絶対似合ってる……
「ハイ!」
 お愛想で一応言ってやる。……ムカツク
「さあ次の授業は理科だぞ。今度試験管割ったらおまえの親に言って代金請求するからな」
 チキショウ!分かってるよ!余計なお世話だ!
 少し乱暴に扉閉め、俺は次の授業に挑むことにした。



 理科の授業が終わり、HRも終わる。
 そうなると帰宅部の俺はもはややる事が無い。
 やっぱり今日も何事もなく一日が過ぎていった。
 夕日を見ながらふと思う。
 運命というものがあるのだろうか。
 あるとすれば、日常とは何のために用意されているのだろうか。
 ……どっちにしろ、今日という日が二度と来ないのは、至極当然で、明白だった。
 まあ、どうせ明日は休みだ……せいぜいゆっくり寝ておこう。

 

1999 7/26 Complete

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