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土着への処方箋——ルチャ・リブロの司書席から・16 「父のことを知りたい」

誰にも言えないけれど、誰かに聞いてほしい。そんな心の刺をこっそり打ち明けてみませんか。

この相談室では、あなたのお悩みにぴったりな本を、奈良県東吉野村で「人文系私設図書館ルチャ・リブロ」を開く本のプロ、司書・青木海青子さんとキュレーター・青木真兵さんが処方してくれます。さて、今月のお悩みは……?

〈今月のお悩み〉父のことを知りたい
ふいに、父のことを何も知らない、知りたい、と思うようになりました。
離れて暮らしているので頻繁には会えず、会うときも1対1ではないので、当たり障りのない話ばかりしている気がします。声がハスキーすぎて電話では話が聞き取れないので、交換日記を提案したのですが、2ターン目に父の番で止まったきりになりました。
父も高齢ですし、今後思うように会えなくなるかもしれないと、焦りを感じます。この世を去ってから、遺されたものや周囲の人々から自分の知らない姿を発見する、そういう対話の仕方はもちろんあると思うのですが、せっかくなら後悔のないよう、生きているうちにこの心の距離を縮めたいのです。
親子とはいえ、人間関係はなるようにしかならない、とも思うので、次の一手をどうしたものか悩んでいます…。         (K・30代女性)

◉処方箋その1 青木海青子/人文系私設図書館ルチャ・リブロ司書

『とまれみよ vol.1』

よしのさくら著 私家版

歩きながら出てくる言葉

これは、宮崎県に暮らす著者が、自身のおじいさまの散歩に連れ立ち、歩きながら聞いた話を一冊にまとめたZINEです。おじいさんの語りがそのまま、挿絵とともに綴られています。

子どもの頃のエピソードから太平洋戦争の話まで話題はさまざまで、かつてを知る貴重な資料にもなっていますが、著者がおじいさまに向ける眼差しがとても優しくて、読んでいてとにかく心地がいい。

この冊子の一番のポイントは、歩きながらポツリポツリと語られたお話が掲載されている、というところだと思います。
正面から向かい合うよりも、歩くなど身体を使いながらのほうが話しやすく、言葉が素直に出てきやすいのではないかと常々思っているのですが、この本におけるおじいさんの語りにもそのことを感じます。

このおじいさんは、目が見えにくくなってきた中でも散歩は欠かすことがなく、「今の目標は筋肉を鍛えることだな」とすごく前向きに散歩に取り組んでいます。きれいな景色を見ながら足を動かす中で出てくる言葉には嘘がなく、おじいさんが思っていることがそのまま表れているんだろうな、という気がします。

よしのさんのおじいさんも、普段からこんなふうに話す人ではないでしょう。向かい合って「じゃあおじいちゃん、昔のこと聞かせて」とお願いしても、照れ臭くて、なかなか出てこないかもしれない。
孫と一緒に同じ方向を向き、同じ景色を見て身体を動かしながらだからこそ、意外と自然に話をすることができるのではないかと思うんです。

Kさんも、お父さんと2人になるチャンスがあったら、「歩こうよ」と声をかけて、散歩に連れ出してみてはいかがでしょうか。交換日記を書くのは文章を書き慣れていない人にはハードルが高いかもしれないけれど、散歩なら気軽に出かけられます。
声はちょっと聞き取りにくいかもしれないけれど、一緒に歩くことで感じるお父さんの呼吸やペースもまた、お父さんの大切な言葉として聞こえてくるかもしれません。

◉処方箋その2 青木海青子/人文系私設図書館ルチャ・リブロ司書

『見捨てられる〈いのち〉を考える――京都ALS嘱託殺人と人工呼吸器トリアージから』

安藤泰至、島薗進編著 晶文社

あなたの中にいるお父さんを訪ねてみよう

「社会における望ましさ」と「命の尊厳」を照らし合わせて考える本です。
医学や生命倫理、宗教の専門家が名を連ねていて、扱っている問題は深刻で重いものなのですが、私はすごく希望の持てる一冊だと思いました。今バリバリ働けている人や、これから社会に出ようとしている人に、ぜひ読んでほしいです。

お悩みを読んで、編著者の一人、安藤泰至さんがご自分のお父さんのことに触れている部分のことを思い出しました。
安藤さんは、自分が40歳や50歳といった節目の年齢を迎えるたびに、お父さんがその年齢だったときのことを思い出し、自分の中の「お父さん像」がどんどん変わっていく、と書かれていました。
安藤さんのお父さんはもう亡くなっているのですが、生きていようといまいと、家族とのコミュニケーションというのは言葉だけでなく、自分自身を媒介にしてもできる、自分を介して親のことを知っていくこともできるのではないか、とこの本を読んで思いました。

お父さんと話がしにくいというKさんも、自分が30代、40代のときのお父さんはどんなふうだっただろう、自分がすでに持っているもので、お父さんと共通しているものはないか、と自分を頼りに考えてみてはいかがでしょうか。

Kさんはお父さんとの心の距離が縮まらないことを心配していますが、無理に縮める必要はないと思うんです。気づかないうちに、お父さんからあなたが受け継いでいるものは、きっとたくさんあるはずだから。
焦って扉をこじ開けようとするのは、すでにそこに埋まっている宝箱に気づかずに遠い旅に出ることに似ている気がします。まずは、自分の中にいるお父さんを訪ねてみてほしい。お父さんの言葉を聞いたり、姿を見ながら育ったあなたの中にいる宝物に、気づいてほしいなと思います。

◉処方箋その3 青木真兵/人文系私設図書館ルチャ・リブロキュレーター

『古代への情熱 シュリーマン自伝』

シュリーマン著 村田数之亮訳 岩波文庫

神話としてのお父さんを発掘する

シュリーマンは19世紀を生きたドイツ人の考古学者で、ギリシャ神話に登場する伝説の都市「トロイア」が実在することを発掘調査によって突き止めたことで有名な人です。

ギリシャ神話には、トロイア戦争で、守りが固くてギリシャ勢が攻めあぐねていた際、巨大な木馬に兵を忍ばせて相手を騙し、城壁内に入ってトロイアの街を陥落させたという有名なエピソード(トロイの木馬)があります。
その後の地中海文明を形作っていくもとになった重要な神話が事実だったことを突き止めたのですから、シュリーマンはすごい人だと思うのですが、一方で、「神話を現実だと思い込む人って、どうなんだろう」というのもあって。実際、実業家でもあったシュリーマンは「商人と考古学者の間のような人」と揶揄されることも多いんです。

Kさんのお悩みを読んで思ったのは、「Kさんにとってお父さんとは、神話のようなものではないか」ということでした。そして、ぼくに言わせればKさんは、その神話を現実ものとして探し求めるシュリーマンのようだ、と。

Kさんの中には、「お父さんはこういう人だ」という主観的な像があり、それを目の前のお父さんに当てはめようとしているところがあるのではないでしょうか。
お父さん自身は言葉を発していない一方で、Kさんはお父さんと心の距離を縮めたいと思っています。だから交換日記を提案するなど、アクセスする方法を模索している。アクセス方法さえ合えば、きっと話してくれるだろうと信じているからです。
でもその交換日記は2ターン目で止まってしまい、先方からのレスがない状態ですよね。

この状況は、歴史学と考古学の違いにもすごく似ています
言語による資料をもとに歴史を構成するのが歴史学なのに対し、考古学は物質をもとに歴史を構成します。歴史学の場合は「この人はあのときこう言った」と資料が向こうから言葉で語りかけてくるのですが、土器や遺跡といった考古学の資料は向こうからは語りかけてこないので、こちらから探しに行かなくてはなりません。

今回のお悩みの資料であるところの「お父さん」の性質は、どうも考古学的なのではないかと思います。
Kさんは今のところ「お父さんは語りかけてくれるはず」という前提であれこれ試していますが、実際にはこの「資料」はシュリーマンの扱った神話のようなものであり、かつ考古学的なものです。だとしたら、「お父さんからは語りかけてこない」ことを前提に、こちらから発掘し、調べる必要がある。

あなたが避けていた「残されたものや周囲の人々から自分の知らない姿を発見する」のほうが、この資料の声を聞くことには有効だということです。
もちろんそれ以外にも、お父さんが生きた時代状況や育った環境、勤めていた会社の様子など、お父さんを知るために調べられる要素はたくさんあります。
そうして調べた情報をもとに「お父さん、あの頃ってこうだったの?」と聞けば、何か対話が生まれるかもしれません。ぜひシュリーマン的アプローチを試していただきたいです。

さらにもう一歩踏み込んでのご提案を。
シュリーマンがトロイアを調査した様子を自伝『古代への情熱』に著したように、あなたがお父さんのことを調べていく過程を自伝的に描いてみると、すごくおもしろいんじゃないかと思います。Kさんによる『父への情熱』、読んでみたいです!(笑)

〈プロフィール〉
人文系私設図書館ルチャ・リブロ 
青木海青子
(あおき・みあこ)
人文系私設図書館ルチャ・リブロ」司書。1985年兵庫県神戸市生まれ。約7年の大学図書館勤務を経て、夫・真兵とともにルチャ・リブロを開設。2016年より図書館を営むかたわら、「Aokimiako」の屋号での刺繍等によるアクセサリーや雑貨製作、イラスト制作も行っている。本連載の写真も担当。本連載を含む図書館での日々を描いたエッセイをまとめた『本が語ること、語らせること』(夕書房)が好評発売中。奈良県東吉野村在住。

青木真兵(あおき・しんぺい)
人文系私設図書館ルチャ・リブロ」キュレーター。1983年生まれ。埼玉県浦和市に育つ。古代地中海史(フェニキア・カルタゴ)研究者。関西大学大学院博士課程後期課程修了。博士(文学)。2014年より実験的ネットラジオ「オムライスラヂオ」の配信がライフワーク。障害者の就労支援を行いながら、大学等で講師を務める。著書に『手づくりのアジール—「土着の知」が生まれるところ』(晶文社)、妻・海青子との共著『彼岸の図書館—ぼくたちの「移住」のかたち』(夕書房)、『山學ノオト』『山學ノオト2』(エイチアンドエスカンパニー)がある。奈良県東吉野村在住。

ルチャ・リブロのお2人の「本による処方箋」がほしい方は、お悩みをメールで info@sekishobo.com までどうぞお気軽にお送りください! お待ちしております。

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◉ルチャ・リブロのことがよくわかる以下の書籍もぜひ。『本が語ること、語らせること』『彼岸の図書館』をお求めの方には、青木海青子さんが図書館利用のコツを語ったインタビューを収録した「夕書房通信5」が、『山學ノオト』『山學ノオト2』には青木真兵さんの連載が掲載された「H.A.Bノ冊子」が無料でついてきますよ!

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