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土着への処方箋——ルチャ・リブロの司書席から 19 「変わりたいのに変われない」

誰にも言えないけれど、誰かに聞いてほしい。そんな心の刺をこっそり打ち明けてみませんか。

この相談室では、あなたのお悩みにぴったりな本を、奈良県東吉野村で「人文系私設図書館ルチャ・リブロ」を開く本のプロ、司書・青木海青子さんとキュレーター・青木真兵さんが処方してくれます。さて、今回のお悩みは……?

〈お悩み〉変わりたいのに変われない
私は、変わりたいと思っているのに、変わるのがこわくて、苦しい今からなかなか抜け出せません。今まで通りに日々をこなすことにも疲れているのに、他にどうすればいいのか、わかっていても実践できず、同じ毎日をずっと繰り返してしまいます。
自らの内側から変わろうと一歩踏み出せるようになるのを待つべきなのか、そのためにもがくべきなのか。満身創痍で、安心できる家への帰り道もわからず、途方にくれた迷子のような、心持ちです。心配されてしまうから、それでも大丈夫なふりをして過ごしつつ、悩んでいます。
なにかよい本があれば、処方いただけたらうれしいです。
(とある田舎の事務員・36歳)



◉処方箋その1 青木海青子/人文系私設図書館ルチャ・リブロ司書

『新月の子どもたち』
斉藤倫作 花松あゆみ画 ブロンズ新社

今の自分を殺さずに変化するには

なぎ町小学校に通う小学5年生の男の子、平居令(ひらいれい)が主人公のファンタジーです。
令にはいつも見る夢があります。その夢の中では令はレインという名前の死刑囚で、トロイガルトという国の牢獄に入れられています。トロイガルトの牢獄では毎朝、囚人たちのところに看守がやってきて、1人ひとりに「お前は死ぬ」と言い、囚人たちも「僕は死ぬ」「私は死ぬ」と復唱するのが習わしになっています。
ある日、「お前は死ぬ」と言う看守に、「私は死なない」と平然と答える女の子・シグが現れ、そこからレインの運命が動き始めます。トロイガルトにおけるレインが変わるのにしたがって、現実世界も少しずつ変わっていくというお話です。

夢の中のトロイガルトは、人々が死刑になって死ぬことを当たり前のように受け入れている世界です。そしてそれは、子どもの自分を殺してなんとか大人になろうともがいている、思春期の令たちの現実をより象徴的に表しています。
レインたちはトロイガルトの出口を探し始めます。それはすなわち、「僕は死ぬ」と言わずに済む別の世界へ行く方法を探すこと。令が子どもの自分を殺すことなく大人になる方法を探し始めたことを意味していました。

いただいたお便りからだけでは、あなたがなぜ変わるのを怖いと思っているのかは、正直わかりません。でも、令のように、今の自分、自分の「土着」の部分を殺すことなく変化する様子をイメージしてみたら、変わることへの怖さがなくなるのではないでしょうか。今の自分を殺さずに変化する。そのイメージを保つためにも、まずはこの本を読んでみてほしいなと思います。

◉処方箋その2 青木海青子/人文系私設図書館ルチャ・リブロ司書

『ダンス・ダンス・ダンスール』15巻
ジョージ朝倉作 小学館ビッグコミックス

自分の本当を問い直す

中学2年でバレエを始めた主人公・村尾潤平が、ライバルや仲間たちと高めあいながら才能を開花させていくというバレエ青春物語です。
9〜19歳の若手ダンサーが対象の世界最大の非営利国際バレエコンクール、ユース・アメリカ・グランプリの日本予選を、初出場ながら3位で通過した潤平は、ニューヨークで行われる本選に向けて、初めて本格的にコンテンポラリーダンスに取り組むことになります。
潤平がとり組むのは、自分の「道」をテーマにした作品。先生とのクリエーションは順調で、みんなからも絶賛されるほど仕上がってきたのですが、渡米直前になって、大きな迷いが生じます。
先生から「舞台に立つ理由」を聞かれて答えられなかったことがきっかけで、自分の道を本当に踊るには、自らを見つめ直さなくてはいけない。怖いからと変化を恐れてはいけないと気づき、自分と向き合い始める潤平。
自分自身と向き合うために彼がしたのは、それまでずっと目を逸らしてきた自らの記憶を紐解き、大量のメモにしたためることでした。部屋中が気持ち悪いくらいメモであふれるシーンは、衝撃的です。

あなたはなぜ変わりたいのか、変わるとは自分にとってどういうことなのか、変わらない毎日がどんな毎日なのか。もしかしたらまだご自分の中でも、ぼんやりしているのかもしれません。
まずはそれらを自らに問い直すことから始めてみてはいかがでしょうか。潤平のように、思いつくままメモにしてみるのもいいでしょう。楽なことではありません。潤平自身も、涙を流しながら必死で自らに向き合い、問い直していました。それくらいつぶさに自らの心の内を観察することは大変だけど、大切なのです

潤平は元来、明るくて前向きな人気者でした。「俺はハッピーボーイだ」というのが口癖で、闇なんてないと思われていましたが、実はそれは彼の本当の姿ではなかった。本当はすごく傷ついていたのに、笑ってごまかしていたことが、次第に明らかになります。
そうして苦しみながら自らと向き合った潤平の踊りが、コンクールでどう発揮されたのか……ぜひ作品を読んでみてください。

◉処方箋その3 青木真兵/人文系私設図書館ルチャ・リブロキュレーター

『民主主義』
文部省著 角川ソフィア文庫

究極の理想をものさしに整理しよう

これは、昭和23〜24年に上下巻で刊行された文部省の著作教科書を1冊にした本です。
太平洋戦争後、日本に民主主義を根付かせようということで書かれた教科書なので、良くも悪くも非常に理想主義的です。

実は僕も正直なところ、あなたがなぜどのように変わりたいのか、お便りからだけではよくわかりませんでした。もしかしたら、今ご自分が置かれた状況がいいものなのか悪いものなのかさえ、あなたはわからなくなっているのかもしれない。しかし本当にしんどいとき、人は暗闇の中にいるのです。
だとしたら、社会の最も理想的な状態を描いたこの本が、今自分がいる状況を少しでも照らしてくれるかもしれない、そう思いました。
理想的な状態をまずは把握し、そこと今の自分の状況を比べてみる。無理して変わる必要がないなとか、思っていたより危機的状況にあり、他人に手助けを求めてでも変わる必要があるとか。この本は、自分の現在地を具体的に知るヒントになるのではないか。

実際、本書は「はしがき」からして、心打たれる文章の連続です。

「民主主義とは一体なんだろう。多くの人は、民主主義というのは、政治のやり方であって、自分たちを代表して政治をする人をみんなで選挙することだと答えるであろう。それも民主主義の一つの現れであるに違いない。しかし民主主義を単なる政治のやり方であると考えるのは間違いである。民主主義の根本は、もっと深いところにある。それは、みんなの心の中にある。すべての人間を個人として尊厳ある価値を持つものとして取り扱おうとする心、それが民主主義の根本精神である」

「人間の尊さを知る人は、自分の信念を曲げたり、ボスの口車に乗せられたりしてはならないと思うであろう」

「同じ社会に住む人々、隣の国の人々、遠い海の彼方に住んでいる人々、それらの人々がすべて尊い人生の営みを続けていることを深く感ずる人は、進んでそれらの人々と協力し、世のため、人のために働いて、平和なすみよい世界を築き上げていこうと決意するであろう。そうしてすべての人間が、自分の才能や長所や美徳を十分に発揮する平等の機会を持つことによって、みんなの努力でお互いの幸福と繁栄とをもたらすようにするのが、政治の最高の目的であることを、はっきりとさとるであろう。それが民主主義である。そうしてそれ以外に民主主義はない」

後半になると、社会生活や経済生活における民主主義、さらには民主主義の学び方、日本婦人の新しい権利と責任などが続きます。
「民主主義と独裁主義」という章には、こう書かれています。

「民主主義の根本精神は人間の尊重である。人間は誰であろうとすべて生活の福祉を共有する権利を有する。それなのに真面目に働いている人が、人間として生きていくだけの衣食住に事を欠くようなことになっては、一大事である。だからすべての人間は、自分と自分の家族とのために働く権利を持ち、その勤労によって一家の生活を支えるだけの収入を得ることを平等に要求できるはずでなければならない。それが国民のすべてに対して等しく認められている基本的人権である」

「基本的人権を何にもまして重んずる民主主義が、経済生活のいろいろな弊害や不合理を除き去ることに努力するのは極めて当然のことであると言わなければならない」

いずれも『民主主義』文部省著 角川ソフィア文庫

全国民必読の書ですよね。読んでいると、「ああ、今自分はボスの口車に乗せられているんだな」とか、「基本的人権が守られない状況にあるから、ここからは離れたほうがいいな」と気づくかもしれない。変わるべきなのか、変わる必要がないのか。その指針を、まずは民主主義に求めてみる。
民主主義とは本書にあるように、人間を尊重すると言う考え方です。あなたがまずはご自分を、少しでも尊重できる方向にし、進んでいけるよう願っています。

〈プロフィール〉
人文系私設図書館ルチャ・リブロ 
青木海青子
(あおき・みあこ)
人文系私設図書館ルチャ・リブロ」司書。1985年兵庫県神戸市生まれ。約7年の大学図書館勤務を経て、夫・真兵とともにルチャ・リブロを開設。2016年より図書館を営むかたわら、「Aokimiako」の屋号での刺繍等によるアクセサリーや雑貨製作、イラスト制作も行っている。本連載の写真も担当。本連載を含む図書館での日々を描いたエッセイをまとめた『本が語ること、語らせること』(夕書房)が好評発売中。奈良県東吉野村在住。

青木真兵(あおき・しんぺい)
人文系私設図書館ルチャ・リブロ」キュレーター。1983年生まれ。埼玉県浦和市に育つ。古代地中海史(フェニキア・カルタゴ)研究者。関西大学大学院博士課程後期課程修了。博士(文学)。2014年より実験的ネットラジオ「オムライスラヂオ」の配信がライフワーク。障害者の就労支援を行いながら、大学等で講師を務める。著書に『手づくりのアジール—「土着の知」が生まれるところ』(晶文社)、妻・海青子との共著『彼岸の図書館—ぼくたちの「移住」のかたち』(夕書房)、『山學ノオト』『山學ノオト2』『山學ノオト3』(エイチアンドエスカンパニー)がある。奈良県東吉野村在住。

ルチャ・リブロのお2人の「本による処方箋」がほしい方は、お悩みをメールで info@sekishobo.com までどうぞお気軽にお送りください! お待ちしております。

◉奈良県大和郡山市の書店「とほん」とのコラボ企画「ルチャとほん往復書簡—手紙のお返事を、3冊の本で。」も実施中。あなたからのお手紙へのお返事として、ルチャ・リブロが選んだ本3冊が届きます。ぜひご利用ください。

◉ルチャ・リブロのことがよくわかる以下の書籍もぜひ。『本が語ること、語らせること』『彼岸の図書館』をお求めの方には、青木海青子さんが図書館利用のコツを語ったインタビューを収録した「夕書房通信5」が、『山學ノオト』『山學ノオト2』『山學ノオト3には青木真兵さんの連載が掲載された「H.A.Bノ冊子」が無料でついてきますよ!

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