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土着への処方箋——ルチャ・リブロの司書席から 18 「ワンオペ育児がつらい」

誰にも言えないけれど、誰かに聞いてほしい。そんな心の刺をこっそり打ち明けてみませんか。

この相談室では、あなたのお悩みにぴったりな本を、奈良県東吉野村で「人文系私設図書館ルチャ・リブロ」を開く本のプロ、司書・青木海青子さんとキュレーター・青木真兵さんが処方してくれます。さて、今回のお悩みは……?

〈お悩み〉ワンオペ育児がつらいです
時短勤務をしながら、2人の保育園児の育児中です。夫の仕事が激務で職場が遠方なこともあり、平日は毎日ワンオペになっているのがつらくてたまりません。
妊娠して以来、私は産休、育休、時短と育児を優先して働いているのに、夫は働き方をほぼ変えずに働けている。そのことにモヤモヤします。子どもが癇癪を起こしたり、家事が手一杯になったりと、うまくいかないことが続くと、夫の顔を思い出し、怒りの感情が湧き上がってきてしまいます。休日は積極的に家事育児にかかわろうとしてくれるのですが、それなら平日もっと早く帰ってきてくれれば……とつらくなります。
夫といると心が落ち着きますし、大切に思ってはいます。でもつい、もっと職場が近くて早く帰ってきてくれる人と結婚すればよかった、などと考えてしまう自分もいます。夫には何かとつらく当たってしまい、心ない言葉で傷つけていると思います。
ワンオペをしている自分に納得し、この状況を心穏やかに引き受けることができるような本があれば、ぜひ教えていただきたいです。
(SO・女性)


◉処方箋その1 青木海青子/人文系私設図書館ルチャ・リブロ司書

『やっかいな問題はみんなで解く』
堂目卓生、山崎吾郎編 世界思想社

個人の問題をみんなの問題に

本書のタイトルとなった「やっかいな問題(Wicked problems)」とは、正解を持たない、曖昧で終わりのない社会課題のこと。1960〜70年代に都市計画分野の人が用いたことから広まった言葉だそうです。
そうした「やっかいな」課題に取り組むためには、さまざまな知識、意見、価値観を持った人同士が交流し、各自の意識と行動を変容させていく「共創」が必要であり、その共創の実現のためには、「みんな」の力が必要だ、というのが本書の主旨です。
社会課題の解決方法を「みんな」で共に考え、行動に移した結果、コミュニティの風通しがよくなっていった実際の事例が、本書にはたくさん収められています。

お便りを読んだとき、SOさんは、子育てはご自身の家庭のドメスティックな問題であり、当事者は自分とパートナーだけと考えているのだな、と感じました。
確かにそれは問題の一側面でしょう。でも問題の蓋をガバッと開いてみると、別の側面も見えてきはしないでしょうか。「ある家庭のお母さんがワンオペ育児で大変な思いをしている」という状況は、みんなで取り組む社会の課題とも捉えられると思うのです。

こうして私たちに相談してくれたのも、開き方の1つです。でもせっかくなので、もう一歩進んで、いろんな人をあなたの子育ての当事者、「みんな」にしてしまおうよ、と提案したいと思います。
本書の中にも、地域の高齢者や学生など、一見子育てとは無関係な人たちが「みんな」に加わり、地域の子どもたちと交流するうちに子育ての当事者になり、風通しのよい地域になっていった事例がいくつか出てきます。そうした地域では誰もがとても楽しそう。

当事者が自分とパートナーの2人だけだと思うと、どうしても相手に求める気持ちが出てきて、追い詰められてしまいます。個人の問題を個人の問題のままにせず、「困ってます」「大変なんです!」と周囲に伝え、みんなを当事者側に引き入れてみる。そうすることで、気持ちが楽になるのはもちろん、ワンオペを引き起こしている原因さえも見えてきて、解決への糸口が掴めるかもしれません。
この本にはそんなヒントが詰まっています。ぜひ開いてみてください。

◉処方箋その2 青木海青子/人文系私設図書館ルチャ・リブロ司書

『家族は他人、じゃあどうする?——子育ては親の育ち直し』
竹端寛著 現代書館

馬車馬の論理とケアの論理、あなたはどっち?

福祉社会学の研究者としてバリバリ仕事をしていた著者の竹端寛さんが、娘の誕生をきっかけに、自分の中に知らず知らずのうちに根付いていた考え方や置き忘れたものに気づき、認め直していくというエッセイ集です。
連載時のタイトル「ケアと男性」も私は好きだったのですが、この「家族は他人、じゃあどうする?」というタイトルには、竹端さんの生活実感が込められているようです。

竹端さんは「はじめに」で、芥川賞作家・川上未映子さんのエッセイから以下の文章を紹介しています。
「出産を経験した夫婦とは、もともと他人であったふたりがかけがえのない唯一の他者を迎えい入れて、さらに完全な他人になっていく、その過程である」。
出産後、家事も育児もすごく頑張ってくれるけれど、食事だけは作れなかったパートナーとの生活にどこか孤独を感じ、家族はやはり他人であると書いた川上さんに共感を示しつつ、「だとしたら、他人との生活をどうしていけばいいのか?」という「その先」を書こうとしたというのです。

本書の中で私が心打たれたのは、竹端さんが自分はずっと「馬車馬の論理」の中にいた、と告白するところです。馬車馬の論理とは、自分に与えられた仕事が終わらない限り、長時間労働や休日出勤もいとわず、脇目も振らずにまるで馬車馬のように働くのがよいことだとする考え方です。
竹端さんはある朝、自分がこの論理にどっぷり浸かっていたことに気づき、ハッとします。慌ただしさが最高潮に達する平日朝の出勤・登園前。さあ出かけようというときに、娘さんが「トイレ(しかも大のほう)に行きたい!」と言い出します。竹端さんは思わず「なんで今!?」「こども園に着くまで我慢してよ」とイライラしてしまいます。一方の奥さんは、「いや、生理的欲求を我慢させるのはよくないよ」と平然とした態度で娘のトイレに付き合います。これを見て、竹端さんは衝撃を受けるのです。馬車馬の論理を内面化し、自分の仕事や都合を優先させる自分に対し、妻はケアを必要とする娘の都合、「せねばならないこと」より「してあげたいこと」を優先させる「ケアの倫理」に基づいて行動している、と。

あなたを取り巻く困難な状況そのものを変えるのは難しいかもしれません。でも、ケアの倫理と馬車馬の倫理の2つがあること、そしてそれを認識して自分を変えようと奮闘しているお父ちゃんがいることを知るだけでも、気持ちが楽になるのではないでしょうか。
できればこの本は、パートナーと一緒に読み合っていただけると、さらに効果があると思います。

◉処方箋その3 青木真兵/人文系私設図書館ルチャ・リブロキュレーター

『二十世紀の怪物 帝国主義』
幸徳秋水著 山田博雄訳 光文社古典新訳文庫

帝国主義の「非対称性」を引きずっていないか

幸徳秋水は明治時代の社会主義者です。少年時代に自由民権思想の影響を受け、日本で初めてルソーを訳した中江兆民に師事し、一時、日刊新聞「万朝報(よろずちょうほう)」の記者を務めます。日本で初めての社会主義政党である社会民主党を結成しますが、即日禁止に。その後も社会主義者として活動するのですが、1910年、明治天皇の暗殺計画が発覚したことを口実に、もともと目をつけられていた社会主義者たちが一斉に検挙され、取り調べや裁判もないまま処刑されるという世界的に悪名高い大逆事件の首謀者として、処刑されてしまいます。
本書は、そんな幸徳秋水が残した、徹底した平和主義に貫かれた反戦の書です。レーニンの『帝国主義論』に先駆けて書かれたという点も、すごいですよね。

なぜこの本をSOさんにおすすめするのか。それは、お便りの中にあった「この状況を心穏やかに引き受けることができるよう」になりたいという箇所に引っ掛かりを感じたからです。
今の状況にモヤモヤしているあなたは、同時に、この状況を心穏やかに引き受けたいと願っている。それはすなわち、この状況を仕方ないと認め、自分が変わるしかないと思っているということです。気持ちはわかるのですが、でも、本当にそれでいいのでしょうか?
パートナーは働き方を変えることなく、あなただけが変えることを余儀なくされている。この構造はやはりおかしいし、夫婦2人ともがしんどくなってしまうのはなぜかを考える必要があると思います。

本書のテーマである「帝国主義」の本質は、資本主義です。SOさんの家庭では、夫が給料を稼ぎ、妻が子育てと生活を担うという役割分担がされていて、両者が同価値とされているところに資本主義的な問題があると僕は思います。
給料を稼ぐことは本来、子育てや夫婦の穏やかな生活のための一手段に過ぎません。それなのに、お金を稼ぐ、が目的になっている。それ自体が問題なのです。
あなた自身「夫の仕事が激務で職場が遠方なこともあり」「心穏やかに引き受けることができるようになりたい」と書いているように、給料を稼ぐことのほうを優先し、生活をその下に置いているように見えます。その結果、「給料を稼ぐ」ことの価値が不当に上がって、妻であるあなたが「生活」を一手に引き受けざるを得なくなっている。これは、帝国主義の本質と一致します

植民地に生産活動を押しつけ、帝国側は消費活動に専念する。これを意図的に行ってきたのが、帝国主義です。あなたの夫の場合は、意図的ではないにしろ、結果的に生産活動である「生活」を妻であるあなたに押しつける格好になっている。それは、現代社会の社会構造そのものが、2人の間にアンバランスを強いているからではないか——本書を読むと、そんな気がしてくるのです。

帝国主義は、非対称、アンバランスな構図を意図的に作り出して、人々を搾取してきました。そしてその構造は現在に至るまで続いています。
帝国主義時代には、植民地側が「帝国を倒せ!」と団結できたのですが、現代では、夫と妻のどちらが悪いのか、はっきり言えない状況になっているからややこしい。まずは夫婦一緒に、そもそもの社会構造自体が問題である、という共通認識を持ってみてはどうでしょう。その上で、現在の状態をどう是正していくかを話し合うほうが、アンバランスな状態のまま奥さんだけが「生活」を引き受け続けるよりも、ずっと建設的だと思うのです。

幸徳秋水が生きた明治時代は、西洋列強に開国を求められ、日本が大きく変革を強いられた時代でした。西洋列強は自分たちの市場を拡大するために武力で開国を求めてきたのですから、その時点で力関係は非対称になりますよね。
違和感を抱いた秋水は、20世紀の怪物「帝国主義」に対抗するため、武装するかれらとは正反対に、反戦を掲げて対応しようと、本書を著します。世界的視座に立ったスケールの大きな「人間のあり方」を描いた本なので、ぜひ読んでみてください。

〈プロフィール〉
人文系私設図書館ルチャ・リブロ 
青木海青子
(あおき・みあこ)
人文系私設図書館ルチャ・リブロ」司書。1985年兵庫県神戸市生まれ。約7年の大学図書館勤務を経て、夫・真兵とともにルチャ・リブロを開設。2016年より図書館を営むかたわら、「Aokimiako」の屋号での刺繍等によるアクセサリーや雑貨製作、イラスト制作も行っている。本連載の写真も担当。本連載を含む図書館での日々を描いたエッセイをまとめた『本が語ること、語らせること』(夕書房)が好評発売中。奈良県東吉野村在住。

青木真兵(あおき・しんぺい)
人文系私設図書館ルチャ・リブロ」キュレーター。1983年生まれ。埼玉県浦和市に育つ。古代地中海史(フェニキア・カルタゴ)研究者。関西大学大学院博士課程後期課程修了。博士(文学)。2014年より実験的ネットラジオ「オムライスラヂオ」の配信がライフワーク。障害者の就労支援を行いながら、大学等で講師を務める。著書に『手づくりのアジール—「土着の知」が生まれるところ』(晶文社)、妻・海青子との共著『彼岸の図書館—ぼくたちの「移住」のかたち』(夕書房)、『山學ノオト』『山學ノオト2』『山學ノオト3』(エイチアンドエスカンパニー)がある。奈良県東吉野村在住。

ルチャ・リブロのお2人の「本による処方箋」がほしい方は、お悩みをメールで info@sekishobo.com までどうぞお気軽にお送りください! お待ちしております。

◉奈良県大和郡山市の書店「とほん」とのコラボ企画「ルチャとほん往復書簡—手紙のお返事を、3冊の本で。」も実施中。あなたからのお手紙へのお返事として、ルチャ・リブロが選んだ本3冊が届きます。ぜひご利用ください。

◉ルチャ・リブロのことがよくわかる以下の書籍もぜひ。『本が語ること、語らせること』『彼岸の図書館』をお求めの方には、青木海青子さんが図書館利用のコツを語ったインタビューを収録した「夕書房通信5」が、『山學ノオト』『山學ノオト2』『山學ノオト3には青木真兵さんの連載が掲載された「H.A.Bノ冊子」が無料でついてきますよ!


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