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「夫婦同氏は日本だけ」という批判が的外れな理由

 昨日の夫婦同氏制度合憲報道に際して、一部のメディアや著名人が夫婦同氏制が問題であるかのように主張しています。例えば下の記事の題名のようなものが当てはまります。

 「世界で日本だけ」というのは、選択的夫婦別姓推進派の常套句なのでそんなに驚きはしませんでした。

 しかし、日本だけ夫婦別氏にできないのはおかしいから別氏選択できるように、という批判は、はっきり言って間違っています。

そもそも名前の仕組みは国ごとに違う

 過去の夫婦別姓訴訟控訴審では、

婚姻を始めとする身分関係の変動に伴う氏の変更を含む氏の在り方が,決して世界的に普遍的なものではなく,それぞれの国の多年にわたる歴史,伝統及び文化,国民の意識や価値観等を基礎とする法制度(慣習法を含む。)によって多様であること(甲8の18頁から24頁まで。なお,そもそも氏を持たない国も存在する。)

(下のリンクより引用)

と判断されています。したがって、夫婦別氏を選択できないのがおかしい、日本だけ夫婦別氏にできないのがおかしいのでなく、日本が他の国の習慣に合わせて名前の仕組みを変えることこそがおかしいのです。

 一方で、他の観点から選択的夫婦別姓の是非について議論したり、改姓手続きの簡略化や旧姓使用を使いやすくしたりすることは大切だと思います。

 裁判長も、氏のあり方の制度については国会で議論されるべきだと言っています。

そもそも諸外国では「別姓選択可能」なのか?

 おそらく、同氏制は日本だけだと主張しようとしている人の中には、別姓が選べないのは日本だけ、と主張する人がいますが、これは間違いです。世界には、「姓」がない国もあります。ミャンマーには「姓」がありませんし、エチオピアやアイスランドの名前は、名前+父称(後述)です。

*補足(2021年7月1日)
アイスランドでは、父称以外にも母称を選択できます。ごく例外的な場合に、姓を認められるそうです。↓以下参照

別姓選択可能な欧州にも残る「家父長制」の名残

 選択的夫婦別姓推進論者には、夫婦同氏制は家父長制的だと訴える人がいます。

 しかし、男女平等という観点から夫婦別姓を認めた欧米諸国にも家父長制の名残があります。代表的なものには、元々は父の名前から作られ、○○の息子/娘を表す父称由来の姓があります。主な父称由来の姓には、

○○ソン(アングロサクソン系、北欧系)、○○セン(北欧系)、マク○○(アイルランド系)、オ○○(アイルランド系)、○○ヴィチ(ベラルーシや旧ユーゴスラビアなどスラヴ系)、-ov,-ev(ロシア系)

などがあります。なお、辻原康夫「人名の世界史」(平凡社,2005)によると、北欧では父称由来の姓を持つ人が過半数を占め、父称姓の割合が約3割の米国、約2割の英国(同上)と比較すると、圧倒的な多さです。

 ロシアなど旧ソ連圏には、氏名の他に父称を本名の構成要素とする国もあります。したがって、欧州では別姓選択できるからといって、家父長制から解放されているわけではないのです。↓こちらにも詳しいです。

 また、そもそも論として、家父長制(しかも、厳密には政治的な意味合いが小さい父系社会の方がより適切だと思われる)かどうかを決めるのは夫婦の氏(姓)ではなく、どちらかと言うと子供の氏(姓)です。中国や韓国などでは、子の姓は父の姓で、一生変わらない、つまり夫婦別姓でした。

 選択的夫婦別姓が実現したとして、子の氏が父であるケースが多いと結局「家父長制」的なままではないでしょうか?

まとめ

 したがって、「同氏制は日本だけ」、あるいは「別姓が選べないのは日本だけ」(事実に反しますが)という主張には、注意が必要です。

参考文献

越野剛「名字と語尾ナショナリズム」(岩波書店辞典編集部編「世界の名前」岩波書店,2016,p.81-83)

田付秋子「父祖のルーツを物語る名字」(岩波書店辞典編集部編「世界の名前」岩波書店,2016,p.65-67)

辻原康夫「人名の世界史」平凡社,2005

森安達也「人名」(川端香男里・他編「ロシア・ソ連を知る事典」平凡社、1989年、 p.286〜287)